触れた人の未来が見えてしまう俺が、犬から助けた美少女小学生に触られたら、その子と将来結婚している未来が見えた!?
「邪魔だ、どけ!」
「痛ッ!?」
とある朝の通学路。
欠伸を噛み殺しながら歩いていると、サラリーマン風のオッサンに、後ろから無理矢理押しのけられた。
余程急いでいるのか、オッサンは息を切らせながら駅のほうに走って行く。
「――!」
その瞬間、俺の頭の中に映像が鮮明に浮かんだ。
『うわぁッ!?』
それは、オッサンの横を通り過ぎた車が水溜まりを跳ねて、オッサンが全身ずぶ濡れになってしまう映像だった。
あーあ、ご愁傷様。
「うわぁッ!?」
直後、今見た映像と寸分違わず、オッサンはずぶ濡れになった。
ドンマイ。
気の毒だけど、見えちまった以上、誰にもその未来は変えられねーんだ。
――俺には子どもの頃から、触れた人間の未来を予知する特殊能力があった。
見える未来は数秒後だったり数年後だったりとまちまちだが、一つだけ共通しているのは、見えた未来は絶対に変えられないということ。
中学の時、うっかり触れてしまったクラスメイトが、高校受験で失敗している未来が見えてしまった時は、何ともやるせない気持ちになったものだ。
だからこそ俺は普段、極力人には触れないように気を付けているのだが、今みたいに不可抗力的に他人の不幸な未来が見えてしまった時は、何も悪いことはしていないのに、罪悪感でほんの少しだけ胸が重くなる。
とはいえ俺に何かができるわけでもない。
俺は胸の重みを溜め息と共に吐き出し、今日もいつも通り学校に向かった。
「うわぁぁん!!」
「――!?」
その日の放課後。
人通りのない帰り道を一人で歩いていると、前からピンク色のランドセルを背負った小学校高学年くらいの女の子が、泣きながら走って来た。
見れば女の子は、いかにも獰猛なドーベルマンに追い掛けられている。
あ、危ないッ!?
「大丈夫!?」
「っ!」
俺は咄嗟に女の子とドーベルマンの間に割って入り、女の子を背に庇いながらドーベルマンと相対した。
「グルゥゥウウウ……!!」
ドーベルマンは地獄の底から聞こえてくるかのような唸り声を上げている。
クソッ、マジ怖え……!
こんなのに頸動脈食い千切られたら即死じゃね?
「うぅぅ……、ふえぇぇん」
「――!」
が、俺の背中で震えている女の子のためにも、ここで逃げるわけにはいかない……!
クソッ、いざとなったら、刺し違えてでも……!
「コラッ!! ポチッ!! 何やってるのッ!!!」
「「っ!!」」
その時だった。
ドーベルマンの飼い主と思われるOL風のおねえさんが、鬼の形相で駆け寄って来た。
「ク、クウゥゥン」
その途端、ドーベルマン――いや、ポチはそれこそ借りてきた猫みたいに大人しくなってしまった(犬なのに)。
「ああもう、お怪我はありませんでしたか!? この子ったら、ちょっと私が誤ってリードを放してしまった隙に逃げ出してしまいまして!」
おねえさんは壊れたオモチャみたいにブンブン頭を下げながら謝罪する。
「あ、ああ、いや、俺は別に大丈夫だったんですけど、この子は追い掛けられてとても怖い思いをしたみたいです」
俺は背中の女の子にチラリと目線を向ける。
女の子の目には、依然として大粒の涙が浮かんでいた。
「ああそうだったのね!? お嬢ちゃん、本当にごめんなさいね!? 私がうっかりしたばっかりに!」
「う、うぅ……、ぐすん。だ、大丈夫、です……」
袖で必死に涙を拭きながら、気丈にそう答える女の子。
くっ、何て強い子なんだ……!
本当は怖くて堪らないはずなのに……!
おねえさんは女の子に何度も何度も頭を下げた後、ポチと一緒にとても気まずそうに帰っていった。
やれやれ、何はともあれ、大事に至らなくてよかった。
一歩間違えば明日の朝刊に載っててもおかしくなかったからな。
……さて、と。
「大変な目に遭ったね。本当に怪我はない?」
女の子と目線を合わせて、様子を伺う。
初めて真正面から女の子の顔を見たが、絵画から飛び出たんじゃないかと錯覚するくらいの美少女だった。
ひょっとしたらポチは、この子の美貌に引き寄せられてしまったのかもしれない。
「う、うん、本当に怪我はないよ。えへへ」
「――!」
さっきまでの泣き顔から一転、天使のような笑みを浮かべる女の子。
――守りたい、この笑顔。
「助けてくれてありがとう、おにいちゃん!」
「っ!?」
その時だった。
不意に女の子に、思い切り抱きつかれた。
あっ、ダメだよッ!
俺に触ったら――!
「――!」
その瞬間、俺の頭の中に映像が鮮明に浮かんだ。
『ねえヒサトさん、来週の結婚記念日、二人で食事でも行かない?』
『ああ、いいな』
――なっ!?
そこには大人の色気をこれでもかと撒き散らした、妖艶な美女が映っていた。
そしてその隣にいるのは、ヒサトという名前からして――明らかに大人になった俺だった。
はああああああ!?!?!?
「? どうしたの、おにいちゃん?」
女の子が小首をかしげながら、キョトンとした顔を向けてくる。
「あ、ああ、いや、何でもないよ、何でも。ハハ……」
今見えたのは、当然この子の未来だろう。
つまり俺とこの子は――将来結婚するということ……!?
「そっかー。……ねえおにいちゃん、私、一人で帰るの怖いな」
「――!」
女の子は宝石のような瞳を潤ませながら、上目遣いを向けてきた。
――くぅっ!
「……じゃ、じゃあ、俺が家まで送ろうか?」
「ホントッ!? やったぁー!」
と思えば一転、太陽みたいな満面の笑みを浮かべる女の子。
まさか今のは噓泣きか……!?
クソッ、これは今から先が思いやられるな……。
「えへへ、ねえおにいちゃん、手繋いでいい?」
「あ、ああ、いいよ」
シワ一つないぷにぷにの柔らかい手を、そっと優しく握る。
よもやまたこの子との未来が見えるかもと身構えたが、案の定何の映像も浮かばなかった。
一度未来を見た相手からは、しばらくの間未来が見えなくなるのだ。
これじゃ俺とこの子が、具体的にいつ付き合い始めることになるのかはわからないな……。
……ただ、一つだけ確かなのは、今俺がこの子に手を出したら、俺は社会から抹殺されてしまうということだ。
「ねえねえ、おにいちゃんの名前は何ていうの? 私の名前は瑠璃だよ!」
「あー、俺の名前は寿人だよ」
「そっかー。これからよろしくね、寿人おにいちゃん!」
「あ、うん、よろしく」
俺の手をギュッと強く握ってくる瑠璃ちゃん。
確かにこれから俺と瑠璃ちゃんは末永くよろしくすることになるのだが、それを今知っているのは、地球上で俺だけだ。
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