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徒然草から 相模守時頼の母

作者: 夏目咲
掲載日:2022/06/09

鎌倉幕府第五代執権の相模守時頼(北条時頼)の母は、松下禅尼といった。(その松下禅尼の家に、息子の)時頼を招待なされる事があったときに、すすけた障子の破れた所だけを、松下禅尼みずから小刀で(障子紙を)切り回しながら切り貼りしていたので、(松下禅尼の)兄の城介義景が、その日の世話役として控えていたが、「(その障子貼りのお仕事を)いただいて、誰か他の男にやらせましょう。そのような事を心得た者がおりますので」と申し上げたが、「その男(の細工)はよもや尼の細工に勝りますまい」と(松下禅尼は)答えて、更に(障子の破れを)一間ずつ張り替えていらっしゃったのを、義影が、「全部一気に貼り替える方が、はるかに簡単でしょう、(それに、そのやり方だと新しい所と古い所で)まだらになってしまうのも見苦しくありませんか」と重ねて申し上げたところ、「尼も、後にはさっぱりと(全て)貼り替えようとは思うが、今日ばかりは、わざとこうしているのだ。物は壊れた所だけを修理して用いるものだと、若い人(時頼)に見習わせて、注意させるためなのである」と(松下禅尼が)申されたのは、とてもありがたかった。


世を治める道は、倹約を基本としている。女性といえども聖人の心に通じている。天下を保つ程の人(時頼)を、子に持たれた(だけのことはある)、本当に、並の人間ではなかったということだ。



相模守(さがみのかみ)時(とき)頼(より)の母は、松下(まつしたの)禅(ぜん)尼(に)とぞ申しける。守を入れ申さるる事ありけるに、すすけたる明(あか)り障(さう)子(じ)のやぶればかりを、禅尼手づから、小刀して切りまはしつつ張られければ、兄(せうと)の城(じやうの)介(すけ)義(よし)影(かげ)、その日の経営(けいめい)して候(さうら)ひけるが、「給(たま)はりて、なにがし男(をのこ)に張らせ候はん。さやうの事に心得たる者に候ふ」と申されければ、「その男、尼(あま)が細工によもまさり侍(はべ)らじ」とて、なほ一(ひと)間(ま)づつ張られけるを、義影、皆を張りかへ候はんは、はるかにたやすく候ふべし、まだらに候ふも見苦しくやとかさねて申されければ、「尼も、後はさはさはと張りかへんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修(しゅ)理(り)して用ゐる事ぞと、若き人に見ならはせて、心づけんためなり」と申されける、いとありがたかりけり。


 世を治むる道、倹(けん)約(やく)を本(もと)とす。女(にょ)性(しやう)なれども聖人の心にかよへり。天下を保つ程(ほど)の人を、子にて持たれける、誠(まこと)に、ただ人(びと)にはあらざりけるとぞ。


徒然草より

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