第2話
家に女の子が来て結構な時間が経った。
設定は思ったより少なかった。設定っていうよりかは互いに情報交換したみたいな感じ。まぁ、外部サーバーも無ければメーカー情報も無いからその設定項目が無いし、そりゃそうなんだけど。
「はい。オッケーです。ありがとうございます」
「やっと終わったわ…」
「えーっと…設定はこれで終わりです。」
「おっけーじゃあ001…?」
026がそう呼んでたから001って呼んだけど、合ってたかな。
「はい、001です。呼びにくいですよね…」
「そうだね…」
「ゼロイチとか、イチとかでも大丈夫ですよ」
それじゃあなんかなぁ…。
彼女の容姿を確認する。
………一つ思いついた。けど、安直すぎるとは思う。けど、これが一番シンプルかつ良いと感じる。
「『モモイ』…」
「はい?」
「『モモイ』っていうのはどうだろう?名前」
髪色がピンクで『モモイ』。流石にネーミングセンスの欠片も無い。
「私の…名前?」
「あぁ、機体番号チックというか識別番号チックだからさ、別の、もっとかわいい名前が良いなってさ」
「私自身に名前を…?」
そう聞き返すと、いてもたってもいられないと言うような表情を挟んでから笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます!」
「ううん。こっちもありがとうね」
多分、この娘―モモイ―がいなかったら俺殺されてただろうし、こちらこそありがとうだ。
「じゃあ…」
「そうだね。どうしよっか…」
あのキツ娘はどうしたものか…。金髪だしなぁ。色からとるのはやめよう。
辛口と言うか毒舌と言うか…いわゆるツンっていうやつか…?
「……『カンナ』はどうだろう?」
辛口のかと、ツンのん。なは組み合わせた時に女の子っぽいから。これまた安直だけど。
「『カンナ』…いいですね!女の子らしい名前で良いと思います。ね?」
モモイが後ろを振り返る。その先にはカンナが俺のベッドで随分とまあ偉そうな態度で寝ていた。
「勝手にして」
「あ、うん」
互いに愛想笑いに似た苦笑をする。なるほど、キツ娘―カンナ―は名前にときめかないっと。
「まったく…思春期の男の子ですか」
なにその例えわかりやすい。あとかわいい。
けど何はともあれ呼びやすくなったしかわいく女の子っぽくなったな。名前って大事だな~いつもゲームとかでは『ああああ』ってつけてたけど、識別だけじゃなくて可愛らしさもあらわすとは。あ、識別と言えば。
「そういえばさ、気になってたことがあるんだ」
「はい」
「確か…す、すたん…あろー戦闘…」
「『スタンドアローン型アサルト級戦闘オートマタ』ですか?」
「そう、それ。それの『アサルト級』ってあるけど、他にもなにかあるの?」
級ってことは他にも何かある可能性はある。まぁ、それを知ってどうなるわけじゃ無いとは思う。ただ単に好奇心で聞いた。
「はい、ありますよ。私は『アサルト級』という主に前線より少し後ろで戦うタイプのオートマタです。カンナは…」
「………『ヴァンガード級』」
カンナがぼそっと言う。
「『ヴァンガード級』は最前線で戦い、場合によってはアサルト級の通り道を作ったりするタイプです」
「へぇ…ということは二人とも何か差とかあるの?」
多分、分野で分けてるいるんだろう。
「処理能力に差はありません。知識とかの情報量に関してわからないことはその場で検索して調べますのでそこに関しても大した差は生まれないかと。
ただ違うことはやはり戦力差です。トータルではカンナの方が強いですが、カンナは武器を扱う能力に長けているため、今の状態では体術の能力に長けた私の方が強いです」
「今?」
「はい、今。つまり武器、防具が無いスキルのみで戦う状態です。本来、私達はナノマシンを吸収してそれぞれの武器や防具を生み出し、スキルを駆使して戦うんです。その武器や防具を私達は『モジュール』と呼んでいます」
あぁ、そういうことか。
「カンナのモジュールは武器なんだね」
「その通りです。かといって私もグローブとシューズなので武器っぽいですけどね」
そういうことか…だてに戦闘オートマタ語ってないな…。
「……人のモジュールとスキルをペラペラと…」
「た、確かに…それもそうですよね…すいません…」
そう言うと、カンナは立ち上がってベッドの上に転がっているコロコロするカーペットクリーナーを持つ。
「で、もう話しちゃったから言うけど、私のスキルは【all weapon system】。銃やナイフを最適に使えるスキル。だけど、もう一つあって…」
直後、部屋に風が吹く。カーテンがわずかに揺れた。
気づくとカンナはカーペットクリーナーを振った後の様子で立っていた。
「フライパンとか鉛筆みたいなありとあらゆる様々な物を武器として効率よく使うこともできるの」
動きが一切見えなかった。というか、動くと予見させるような動きさえも見せなかった。
「あ、言っとくけど、私に手出ししようなんて考えない事ね。私、まだあんたのこと完全に信用してるわけじゃ無いし。それに、モモイより体術で劣っているのは本当だけど、人間のあんたをヤるくらいはできるんだから」
そう言うと、ベッドに戻っていった。その言葉の最後はツンツンするのに関してはいつも通りなんですね。
けど、部屋で風を感じて、ビビッて目を微動だにする隙さえも与えない。こんな現実離れした動きを目の前で見ることになるとは思わなかった。
「カンナはやっぱり最前線で戦ってるだけあって強いですね」
「す、すごいな…」
「そうよ。だからあんたとの主従関係を逆転させることも全然できるんだからね。なんだったら奴隷にしてあげても良いわよ―」
「カ~ン~ナ~?」
「はいはい~…」
「まったく…」
「ははは…やられたら俺勝てないしそうなる日も近いかも…」
「そんなことないですよ!いざというときは私が助けますし、マスターも私のことを頼ってくださいね!」
「うん、ありがとうね」
本当にいい娘。おじさん泣けてきちゃう。おじさんじゃないけど。
「そう!そうです!もっと頼ってください!私のマスターがマスターでいてくれるために私も何かするってお約束したんですから!」
「あー、そういえばそうだったね」
でも、別に特にやってほしい事なんてないんだよなぁ。それに、何かしてもらう代わりにマスターになるみたいなことはこれっぽっちも本当は思って無いんだけどな…。
「早速ですが、何かしてほしい事とかありますか?……あ!教わりたい事でも良いですよ!空手カンフー少林寺拳法太極拳形意拳少林拳ムエタイなんでもござれ!」
「あ、え?……少林寺拳法二回出てこなかった?」
「違います!少林寺拳法と少林拳は別物です!」
「あ、あぁ、ごめん。でも、空手とか格闘系はいいかな…」
「そうですか……あ!じゃあファストドロウとかどうですか?」
「何それ」
「銃を素早く抜いて撃つ競技です。けど、実践向けにトレーニングしちゃいます!他にもロードタンジェントスピンとかスピードローダーを使わずに早く弾を込める方法とかも教えちゃいます!」
あ~それは何かカッコいいかも。ロードタンジェントなんとかと後半の何かは良くわからないけどカッコいい。
「それにここには適任者がいますしね!」
モモイが俺から視線を逸らした。俺もその方を見るとベッドの上でまたもやど偉い態度で寝っ転がっている金髪の方を見ていた。
「………私は教えない」
「まだ何も言ってませんよ…」
どうやら無理らしい。
「……あ!じゃあさ、一つしてほしいことがあるんだけど」
「はい!なんでしょうか?」
そうだった。オートマタを手に入れたら最初にやりたかったことはもう決めていたんだった。
それは。
「何か一品作ってほしい」
料理だ。
「りょ、料理ですか…」
さっきまで気合やる気充分だったモモイの顔が曇り始める。
「もしかしてできなかったりする?」
「そっ!そんなことないですよ!マスターにお仕えするオートマタとして料理の一つや二つできますよ!」
「そ、そう…」
その曇りようと弁明というか誤魔化し方からはできるとは思えないんだが…。
「では、何か作ってほしい物はありますか?」
「う~ん…特に無いかな…」
「冷蔵庫を見てきますね」
モモイは冷蔵庫を開けて確認する。
「う~ん…これでも一応作れそうですが、質素な感じになってしまいますね。それでもよろしいですか?」
「うん」
結局のところ、彼女の作った料理が食べたいのだ。
すると、着用していた上着が光りだし、形が変わり始めた。
「どうですか?エプロンです!」
光が治まると同時に、優しいピンク色で白のストライプが入ったエプロンの前側の両方の端っこをつまむようにして僕に見せる。
ふおおおおお!!
「めっちゃかわいい!」
思わずテンションが上がる。
「えへへ。この上着、ナノマシンでできてるんです。なので形状変化させてエプロンにしてみました!それじゃあ作りますね!」
料理に戻ろうと振り向いた瞬間、違和感が生まれた。
ピンクにしてはやけに色が薄いし、エプロンってそんなに布の面積狭かったかな?というか布というより紐だし、ほぼ無い様なものだし……。
…………これ………後ろだけ裸じゃね…?
っっ!!
「ちょ!モモイ!後ろ!」
「敵襲ですか!?」
「違う!モモイの体の後ろ!体自体!」
「体…?」
手で自分の背中を触る。と、みるみる顔が赤くなっていき…。
「ひぃやあぁぁぁ!!」
気づいた様だった。
「マ、マスター!」
「はい!」
「み、みみみ、見てませんよね!?」
「見てないです!」
両手で顔を覆って見てないアピール。いや、見てないとモモイに後ろががら空きですよって伝えらんなかったんだけどさ。
「…ぷっ」
なんかベッドの方から笑われた様な気がする。
「ベッドに白いシャツがあった気がするからそれ着て」
「は、はい」
トタトタと足音がして、布の擦れる音が聞こえる。音がひと段落するとトタトタと足音が来た方向に戻っていった。
「えーっと…もう手を下げても大丈夫ですよ」
何秒かぶりに見た時にはモモイは裸エプロゴホンゴホン…無防備な姿から白い無地のシャツを着てその上からエプロンをしていた。
「で、では!気を取り直して作っていきますよ!」
「お願いします」
モモイに不安を抱いているわけじゃ無い。けど…意外とドジだしどこか抜けてるし…………やっぱり不安だなぁ…。
冷蔵庫から卵を二つ取り出し、キッチンの空きスペースに置いてあった買って三回くらいしか使った覚えのないフライパンを温めだした。
「ふわふわとプルプル、どっちが良いですか?」
卵だけ取り出してフライパンを温め始めた時点で気づいていたが、目玉焼きでも作るのだろうか。
「じゃあ…ふわふわで」
目玉焼きは半熟が好きだ。ふわふわが半熟なのかはわからないけど、それっぽいからふわふわにした。ん?じゃあ、プルプルってなんだ?
「わかりました」
たぶん、ふわふわとかのオノマトペは人間の感覚に由来するものだから、オートマタにはまだ理解が難しいのだろう。だから、半熟をとろとろと言わずにふわふわと言ったんじゃないか。知らんけど。
とか考えていたら、卵をフライパンに落としてジュワ~と良い音がしだした。
目玉焼きなんて久しぶりだ。卵はインスタントラーメンに生卵でいれるか、かきたまとして入れるかでしか使わないからすっごい久しぶり。
「ん~…意外と難しいですね」
「ん?ああ…そうだな」
目玉焼きが難しい…。たぶん、半熟にするのに苦戦しているのだろう。
「よし!できました!」
「おぉ~」
楽しみだなぁ…ぁにこれ…。
ちゃぶ台の上にコトンと置かれた皿の上に盛られたそれを見た時、一瞬何なのかわからないかった。いや、一瞬って言うけど今もわかってない。
「どうですか!玉子焼きです!」
あぁ!玉子焼きね!目玉焼きじゃ無かったか!………玉子焼きってこんなどす黒い色になったっけ?
何か匂いというか臭いというか、変な感じする…。
「醤油とバターがありましたので、人間が愛してやまないというバター醤油で味付けしました!」
これバター醤油だったのか…。え、俺、今からこれ食べるの?……………自己暗示しとくか。
わ、わぁ!俺、バター醤油大好き!こんなバター醤油初めて!
「どうぞ!召し上がってください!」
「うん。ぁりがと」
ダメだ。声に出すな。本心では、本能では食べちゃいけないって言われてる。でも、それでも他人を傷つけちゃいけない。
箸を握った瞬間、モモイがこの小さいちゃぶ台に両腕で頬杖をついて向かい合わせに座ってきた。はぁ~ニコニコしてる顔もかわいいな。けど、この娘から生み出された手料理がこれって…。
もう一度モモイの方を見る。ものすっごいニコニコしてた。
……すぅ……食べますか…。
「いただきます」
よぉし、彼女が作ってくれた手料理だ!美味しくないはずが無い!
…。
……。
………。
「どうですか?」
「おぃ…しぃよ?」
「…嘘ですね」
流石にバレるか。表情と発音でバレた。味は想像した通り。
「私は料理できない女みたいですね」
「そ、そんなことないよ」
「いえ…初めてとはいえ、マスターに料理の一つも満足に振舞えないのは私の落ち度です…」
モモイは激しく落ち込んでいた。というか、ここまで自分を責めるなんて。
「所詮、私は戦闘オートマタの身分…。マスターのお役には立てそうにないです…本当にすいません…」
俺とモモイで料理の重要さがズレているだけかもしれない。けれども、彼女がここまで自分を責め立てるとは思っていなかった。
「その…自分が情けなくて。料理という安全かつ低リスクな《《任務》》をこなせない自分が情けないです…」
「……あはは」
「ぇ?」
「いや~ごめん。モモイはそこまで真剣に考えてくれてたんだね」
「真剣に…?」
「うん。でも、そんな任務みたいに大袈裟に考えないでいいんだよ?」
「ですが、ミスを犯してしまったのは…」
「いや、別にいいけど」
そう伝えた瞬間、モモイの顔が驚き困惑したような顔に変わる。
「ほ、本当に言っているのですか?」
「ほんとほんとマジマジ」
モモイは俺を鬼教官か何かと勘違いしているのか?
「そんな、失敗は許されない!とか無いから大丈夫だよ。戦場じゃあるまいし」
「戦場じゃない…」
モモイの顔がまた曇った表情に変わった。
「あ、嫌なこと言った?ごめん」
「いえ…戦場じゃない。ですか…」
しばらくしてモモイが言った。
「良い言葉ですね」
「当然のこと言っただけだよ。カンナとモモイでスキルが違うようにモモイにも得意不得意はあるんだからさ。だからさ、何回失敗してもいいよ」
言葉を言い切った瞬間、一瞬モモイが思い出したかのような顔をしてから表情が明かるくなる。
「マスター、ありがとうございます」
「あはは、俺そんな大層なこと言ってないけどね」
「私、マスターがマスターで本当に良かったです」
「ありがとね」
「私、マスターに喜んでもらえるよう頑張ります!」
「おう。モモイも俺の事頼ってくれな」
「はい!」
「甘いわねぇ…恋物語見てる気分」
さっきまで黙っていたカンナの当然ボソッと言った言葉に頬が熱くなる。対してモモイの方を見ると、モモイも同じような感じだった。
「い、いいよな!戦闘オートマタでも機械でも恋の一つや二つしてもいいよな!?」
「こ、恋…」
モモイの顔が更に染まる。それを隠す様に両頬を覆う。
あ、これはフォローの仕方間違えたな。これじゃあまるで、もう俺とモモイが恋仲みたいな…。
「あ!いや!恋愛すること自体良いっていうことだよ!」
「恋…愛…恋愛…」
もう顔から湯気が出そうだった。フォローの訂正で墓穴を掘ってる模様。
「あ、あぁ!…えーっと、そうじゃなくて…」
「マスター!」
「な、何?」
「末永くよろしくお願いします…」
「…はい……え…?………はい…」
多分、恋愛的な意味じゃなくて、マスターとしてこれから末長く宜しくお願いしますってことだろうな!うん!そうだと思う!自意識過剰になるのもよくないよな!
「……ぷっ…ククク…」
またもベッドから笑い声が聞こえた。