黒電話
昭和の終わり頃、僕は中学生でした。
当時15歳の僕が、自分の将来を見据え、必死で受験勉強に励んでいたかというと、
そんなことは、決して、まるで、じぇんじぇん、無くて、
僕の頭の中は「女の子の体のしくみ」。ただそれだけでした。
当時、今の携帯電話のような手軽な移動型の通信手段は無く、
ポケットベルなんてアイテムが出始めるのも、もう少し後のこと、
思えば、当時の移動型通信手段と言えば、
建設現場や警察などの職場で使われる「トランシーバー」。
または「伝書鳩」。
または「糸電話」。
または「大声で叫ぶ」。
ぐらいのもんだった。あはは。
マトモな通信手段と言えば「固定電話」だけだ、バカヤロー。
いえでん、または公衆電話だ、コノヤロー。
メールもラインもへったくれもねーぞ、コンチキショー。
ちなみに、うちは、ずーっと黒電話。
じーーこ、じーーこ、の黒電話。
さて、そんな通信手段しか無い、当時少年少女だった我々の「恋愛の辞書」に、
「プライバシー」なんて文字は、探せども探せども、これっぽっち無く。
当時お付き合いしていた彼女と、夜分にお話したいなぁ~、なーんて時も、
自宅のお茶の間にある黒電話を、コードが引きちぎれんぱかりに隣の部屋へ引っぱり込んで、
襖を閉めて、親が寝静まるのをひたすら待ち、
ぴりっぴりした厳戒態勢のなか、大好きな彼女の自宅へ電話をかけるのです。
毒蛾とハエのたかる裸電球の下、じーーこ、じーーこ、とダイヤルを回すのです。
んでもって、その先には、更なる難関があって、
それは「電話口に、タイミングよく彼女が出るか? 否か?」というもので、
これも固定電話にまつわる恋愛ならではの、「あるある」だったわけです。
※ ※ ※ ※ ※
じーーこ、じーーこ、じーーこ、じーーこ、じーーーーこ……
ぷるるるるるる
あれ? 出ねえな。
ぷるるるるるる
……、ち、○○子のやつ、今晩電話する約束、忘れてんのかな。
ぷるるるるるる
ぷるるるるるる
ガチャ
よし、出た!
「もしもし」(野太い男の声)
(うわ、やっべえ、オヤジ出ちゃった。)
「……もしもし?」
あ、あの、もしもし、僕、○○子さんのクラスメイトで、Q輔と申しますぅ。
「……」
その~、○○子さん、おみえですか?
「……おりますが、どのような御用件でしょうか?」
いや、つまりその、コーラス大会の実行委員同士で、いろいろと打ち合わせしたいことが……。
「コーラス大会?」
はい、歌い出しの音階「ファ」でいっとく? それとも「ラ」にしちゃう? なんつって、あははは。
「……」
ははは……。
「……え? 彼氏? 付き合ってる?」
あり得ないっす!
「……」
ぼ、僕は、コーラス大会の実行委員としての任務を遂行するためええ!
「……」
○○子さんと「ファ」と「ラ」の未来について、熱いディスカッションをおお!
「……分かりました、少々お待ちください」
(へん、ちょろいぜ、オヤジ)
「おーーい、姉貴、電話ああああ!」
お、弟かーーーーーい!




