Y08 新スキルとレベルアップの幕間
午前の日差しを浴びながら、俺は目一杯に酸素を取り込む。
「ふぁ〜ふ。……………………平和だなあ」
グシュッ。
俺は新たなスキルで小岩ほどのファイヤースパイダーを潰しながらぼやいた。
粘液、体液を避けながら俺は使える毒液と足先だけを素材として採取する。
そして、これまた新スキルでその素材を保管したのだった。
なぜ、こんなことをしているのかというと、事はパティ様との邂逅までさかのぼる。
あの後、小魔王パティ様と俺で闇鍋パーティをしながら、飲み食いし、明け方まで話し合い、互いのやるべきことを確認した。
その結論として、俺はパティ様と一旦別れて、互いに自分自身の課題に取り組むことにした。
まず、パティ様は魔王復帰のために運動、食事、睡眠、と規則正しい生活を心がける。
そしてパティ様が自分でできることは自分でやる。
だが、どうしてもできないことは城の配下に直接指示を飛ばすことをパティに託した。
指示の出し方の例としては、サキュ町まで行って鍋に入れるニンニクと白菜? を買ってこい、というような細かな指示を与える。
配下に裁量の余地をなくすことで任務を達成しやすくするのだ。
そして、本来、統率に必要な信賞必罰だがこれはまだ時期尚早とし今回は取り入れなかった。
まずはじっくり、土台を作ってから俺と共に魔王軍を再編していこうということになった。
「ふふっ、どうなることやら」
パティ様には、本当にどうしようもなく困った時に呼び出すようにと念を押している。
頼れる存在と依存する存在は違う。
俺はパティ様にもっと自信を持って欲しいと思う。
そうすれば、いずれ魔王としても女の子としてもひとつ成長できると思っている。
「苦しい時、ひとりで辛い時に頼れる人と繋がっている意識って結構大切だからな」
かつての俺が持ち得なかったモノ。
同じ辛さを歩もうとする小さな後輩を少しでもいい方向へ導けるのは俺としても嬉しいものだ。
そう考えると、自腹切った俺の選択も決して間違ったモノではないのだろうと思う。
というかそう願いたい。
「まあ、小魔王を導く者として、大言吐くならば俺も相応の力をつけないとな」
導く者ならば努力は当たり前、己の成果も当たり前。
その上で、教え子の数倍の理解熟練度を持って初めて教えることができるモノだ。
だから、俺は人気のない魔獣の森に戻った時、ミルキー様とコンタクトを取り、俺の中級種への昇格再臨をお願いしたのだった。
なお、俺からの連絡手段は転生者カードに念じれば、担当女神様から映像付きで念話がつながるという仕組みである。
いや、このカード本当に便利なので絶対無くさないようにしなければな。
少し話が脱線したが、一応俺が魔王様と接触したことを伝えようとしたら、ミルキー様が笑顔で、
「全て把握しています」
とだけ話された。
その後、俺の提案をミルキー様は全てを受け入れてくれたのだが、……………………なんだろう、創作物ではよく見るけど、いざ目の前でその言葉を告げられると結構怖いモノがある気がする。
主にヤンデレモノとか……………………イヤイヤ、ないないあのミルキー様にかぎって……………………ないよな?
一抹の疑惑を残しながら、俺は不安を振り払う。
そして、俺は再び魔獣の森にこもり、レベルアップを測っていたのだった。
時間にしておよそ7日間、夜の生態系や戦闘熟練度も高めたかった俺は完徹ぶっ通しで、魔獣狩りに励んでいた。
メンタル以外の疲労はそれほどないため、魔獣は俺が着実に成長していく糧となった。
そのおかげで、俺の中級レベルは25まで上がっていた。
パティ様によれば、ベテラン冒険者の及第点は中級レベル30とのことでもう少しで追いつきそうである。
この魔獣の森はレア魔獣でもレベル32までなので、ここでのレベリングもそろそろ卒業である。
因みに俺の種族属性はハイエンドデミゴーストとなっている。
この名前から察するに、完全に人間と魔物の境界がなくなってるよね。
むしろ、魔物よりになっているような気がする。
会得しているスキルも完全にゴーストスキルだし、実際魔王配下だし、もはや人じゃないと言われたら否定できないな。
「はぁ〜、本当に人間と会う時は注意しないとな」
下手にバレて町単位総出で討伐クエストを出されたら二度と町に入れなくなる。
最悪、情報が伝達され、周辺の施設も一切立ち入り禁止になったら夢の異世界旅行が破滅エンドを迎えてしまう。
それだけは是が非でも避けたい。
だから、面倒ごとは回避できるだけのスキルを持って、人に魔物と疑われないような実力をつけていこう。
とにかく修練あるのみだ。
俺は最後の調整に入った。
今日の調整は新スキル3種の確認と熟練度を高めることである。
そのスキルとは中級基本スキル、念動力とドレイン、そして魔王スキル闇箱である。
この闇箱というスキルはパティ様から教わったスキルで元々俺が闇属性であったことと、パティ様の魔王スキルとのシナジーが高かったこともあり、無職の(個人的には不本意ではあるが)俺でもなんなく覚えられた。
ゴーストスキル以外の初スキルだったので、年甲斐もなくヒャッハーしてしまったが、正直かなり嬉しかったのだ。
魔王スキルは他にも会得できそうなモノがあったが、俺はこれしかないと選んだ。
スキル闇箱は、簡単に言って空間スキルだ。
このスキル発動すると空間を歪め、別空間との接続が可能となる。
つまり、熟練度を上げていけばテレポート、瞬間移動の真似事ができるのだ。
いつどこに召喚されるかわからない俺からしたらまさに最高なスキルと言えるだろう。
そして更に俺の心を躍らせるのが、低熟練度でも俺だけが使える闇次元空間につなげることができることである。
この闇次元空間は俺の所有するアイテムボックスと同じ原理みたいで(むしろ、アイテムボックスの原型はこのスキルらしい)簡単に説明すると出し入れ自由、無限収納、品質劣化なしの、某4次元ポケットと同じといえよう。
さすが魔王スキル、実用性が半端ない。
パティ様が真面目に運動してたら、今度低カロリー甘菓子を持っていってやろう。
「グギィ、グチャっ!!」
むっ、そうこう戦っている内に中級スキルの確認が終わった。
念動力、これはサイコキネシスのように、空間力学作用なので、中々座標固定が難しい。
だから、理論計算よりも、感覚思考に切り替えて、俺の腕から伸びていく不可視の腕で掴むイメージで今は使っている。
コツを掴めば、自分の腕と同じことができるようになるだろう。
今はひとつだけだが、これから先、熟練度が深まれば複数の腕を伸ばせるかもしれない。
そして、ドレイン。
これも恐らくチートに近い凶悪なスキルだろう。
今は、エナジードレインしかできないが、魔力、スキルなどドレインできる種類が増えるかもしれない。
ドレイン量の調整しながら今後も模索していこう。
さて、現レベルは、29か。
まあ、もういいだろう、さすがに魔獣狩りも飽きてきた。
「これ以上、狩り尽くして森の生態系を狂わせるのも良くないし、そろそろ移動するかな」
最後に狩ったレア魔獣デススコーピオンを解体し素材を採取する。
そして、食料をアイテムボックスへ収納する。
俺は別に潔癖症ではないが、未知の毒虫、羽虫など馴染みない素材と口に入れる食材を一緒に入れておくのは心理的にも引っかかる。
それに、上位互換があるからって、ミルキー様の贈り物を蔑ろにするようなことはしたくない。
そんな訳で、食材と完全分離して、他素材は闇箱へ送り、回収できるモノは全て回収して俺はようやく森を抜けたのだった。
暗かった森林から、陽の当たる街道へと移る。
この世界で営む人々が作った街道を歩き、その整備された道を踏みしめる。
舗装されていない、ただのならされた道ではあるが、足裏から伝わるその感触。
それが、これから起こる、初異世界人間との交流に胸を弾ませている足音であるのを俺はひしひしと感じていた。