Y07 魔王様はレベルが上がった……らいいなあ
ごちゃごちゃしたベッド下から、対談用に取り出された折たたみ式のちゃぶ台? を設置し、向かい合わせで座る女性と俺。
そして、これまた書棚に紛れていた湯呑みの埃を拭き取って使い、俺が淹れた緑茶が卓上に置かれる。
しかし、こういった俺のなじみある備品がこの異世界では普通なのだろうか?
まあ、天命館の職員が大変なほど各世界に送り出しているのだからその文化が流入していても問題ないかな。
そう思いつつ俺は一口すする。
うむ、悪くないが俺が馴染みある味だ。
なんか、ミルキー様のお茶が飲みたくなるな。
まあ、今は置いておこう。
「さて、話していただけますか?」
「う、うむ。よかろう」
あ、その口調は続けるんだ。
まあいい、俺は頷いて先を促した。
「ふっ、聞いて驚け。まず、我は至高にして唯一無二の存在、最強最悪の闇の支配者、堕落を極めし至高の女帝、4代目魔王パトリシア=ウィザードである。……まあ、お主なら我を愛称で呼んでもいいぞ?」
ここ一番のキレッキレのドヤ顔する自称? 魔王様。
うん、2回言ったとか、最悪ってそっちかよ、とか色々突っ込みたいが、ここはスルーがベターだな。
しかし、そんな期待に満ちた瞳で見られてもな…………ふむ。
「ではパットとパティ。どちらがいいと思います? 俺としてはパティの響きがオススメですね」
「パティか! むぅ、何やら含みある視線と物言いだが、そう呼ぶことを許そう。ぬふ、これからは我をパティと呼ぶが良い。ふははは」
高らかに宣言する小魔王パティ様。
これ以上、話が脱線する前に俺はサクッと切り出す。
「では、改めましてパティ様。俺を召喚した時と今のお姿が変化しているのは何故です?」
「う、まあバレてるし、いいか。……なんてことはない。我の変化スキルじゃよ、ほれこれが元の姿じゃ」
ぼふん、と変化したパティ様は少し小さくなり、手足も縮んだ。
恐らく俺の身長より拳ふたつ分ほど小さくなった。
そして、少し肉付きがよくなった、特にお腹がふくよかであった。
そこに視線を落とした俺は指摘する。
「少し、運動なされてはどうです?」
「うるさいな。これでも頑張っているのじゃ」
「具体的には?」
「食事を一日3食にし、間食は二回までに節制している」
「…………以前の食事回数が怖いので聞きませんが、もう少しがんばりましょう。俺はさきほど運動のことを言いましたが、究極的には摂取カロリーを絞らないと、痩せないのが常なのです」
「うぅ、なんて残酷な世界なのじゃ、神様なんていないのじゃ……」
「一応いるんですけどね。まあ、管轄外なんじゃないですか」
「ぐぬぅ、お主は冷たいのじゃ」
「まあ、それは自覚してますんで。さて、少しレクチャーしましょうか、パティ様?」
「お、お手柔らかに頼むのじゃ」
「では、食事の話ですが、私の世界でこんなことがありました……」
と承諾を得て、俺の世界で起こった不摂生のヤバい話を織り交ぜつつ、簡単な運動と健康的な食事を勧め、様々な雑談をする。
それを、俺は自身の苦労話を取り入れ、面白おかしく漫談にすると、食いつくように聞き入っていた。
そのせいか、パティ様の気持ちが少しほぐれたようで、楽しげに笑ってくれた。
そして、お返しとばかりに、パティ様が魔物の生態について話してくれた。
特にレア魔物の生態についは俺の心に刺さる興味深い内容だった。
そんな、実のある話題は次第に本筋へと移って言った。
語る知識から推測すると、パティ様はやはり魔王ということがわかったが、意外な問題を抱えているようだった。
俺は驚く。
「ではパティ様はイヤイヤ魔王の座を請け負ったのですか?」
「そうなのじゃ、まったくクソジィめ。そもそも魔王とは血脈じゃない、と何度も言ったのにクソジィが、全然聞き入れてくれなかったのじゃ!」
お茶を豪快にあおり、ちゃぶ台にタン、と湯呑みを置く。
そのタイミングで追加のお茶を注ぎながら続きを促す。
「ふむ、その辺を詳しくお願いします」
「いいぞぉ、そもそもクソジィというのは我の先々代の魔王、つまり二代目魔王でな、まあ我の実の祖父なのじゃ。だがな、祖父は初代魔王とその幹部を鏖殺してその座を奪い取ったとされる超武闘派論理思考なのじゃ。そんでな、この世界の魔物は、初代が創造したとされていてな。この世界の魔物に凶暴なモノが多いのは二代目の影響が残っているからだと思われる。まあ、我になってからは魔物も少し穏やかになったが、それでもまだまだじゃな」
「…………なるほど。つまり魔王という存在はいるだけで、魔物の性質に影響を与えるわけですね」
「そう! そうじゃな…………」
なかなか面白いシステムだ。
魔王がトップに君臨し、その配下に影響力を与える。
俺の経験で例えるならば、指示系統が、完全トップダウン方式のワンマン社長のような存在と言える。
まあ、この場合は魔王がAIに指示するオペレーターで、配下魔物が総指揮管AIの思考通りに動くドローン機体たち、と言った方がわかりやすそうだが。
そこまで考え、俺は首を傾げる。
「しかし、これなら魔王として君臨するのに問題なさそうな気がしますが、パティ様はなぜ困ってらしたのです?」
そう、そこが一番の問題である。
いちいち指示をしなくても、魔王の意思と性質で、配下が自ら考え動くのなら魔王がやりたいことをやっていれば、周りは魔王のために動くはず。それなのに、困っているという、…………パティ様が前に会話で漏らしていた言葉から俺なりに推測すると恐らくーーーー。
俺が答えに辿り着く前に、パティ様が、か細い声を漏らす。
「我が怠けていたから……………………みんな我のことを雑に扱うようになってしまったのじゃ」
とのことだった。
それを聞いた俺はかなり頭痛い悩みで、思わずこめかみを抑えた。
そして俺は遠く優しい瞳でパティ様を見つめるーーーー。
「そんな可哀想な子供を見るような目で見るな! 我だってなぁ! 初めのときはめっちゃめっちゃ頑張っていたのじゃ!! だけど、どこまで頑張ればいいのかわからない、どこまで続ければいいのかわからない、誰も評価してくれない、誰も我を褒めてくれない、誰も、誰も、誰も我をみてくれないのじゃあーーー!!!」
俺の視線が琴線に触れたのか、突如として繰り出された、弾けるような言霊。
滲む瞳で俺を睨み、その剥き出しの魂の叫びで牙を向ける魔王に俺は目を見開き、衝撃を受ける。
そうか、そうだったのか……………………。
俺は勘違いしていた今までの考えを改め、初めてしっかりとパティ様をみた。
髪は長めのツインテールで黒曜石風のツヤがあるも毛先が乱れている。
そして運動不足を具現化した不健康そうな見た目。
年は不明だが、見た目は少女と女性の間くらいで未だ成長期な雰囲気を見せている。
瞳は眠たげかつ自信なさげで、ありながら奥底には明確な意思が灯っている。
普段の挙動は横柄で思いつくままの言動は不審者そのものだが、仕草の切れ目に震える指先。
臆病な態度が見て取れる。
なるほどな、魔王という存在はそこに「アル」だけでいいのなら、言ってしまえばどんな人格でもいいわけだ。
そこに生物としての尊厳はない。
完全に機能化した歯車と同じである。
その在り方が無性にムカついて、俺の心に突き刺さる。
そして、ひとつ大きくため息を吐くと、俺はパティ様にひざまずき、宣誓した。
「魔王様。改めて私は魔王様の下僕であるということを誓いましょう。私は極めて異質な存在です。私の中で既に一番は決まっておりますし、常にお側にいることはかないません。ですが、貴方が望んだ時に遠慮なく私を呼び出してください。私が貴方の願いを叶えましょう」
「………………………………………………………………え?」
それは思ってもない言葉だったのだろう。
漏れた言葉はなく、紡ぐ言葉もない。
恐らく彼女にとって今の言葉は思っても見なかった言葉だったのだ。
そして、沈黙の中不安そうな瞳で俺を見つめる魔王様。
まあ、散々な扱いされてきたんだ。
すぐに信じてもらえるなんて俺も思ってはいない。
だから俺はとある呪いをかけることにする。
「魔王様。魔王様は召喚者として私との繋がりが感じとれますか?」
「う、うん、しっかりとわかる」
「では、こうするとどうです?」
俺はスキル透過を最大限に発動した。
「あ、繋がりが消えた!?」
それを聞いて俺は確信する。
このスキルは俺以外の全てから気配遮断することもできる。
つまり、他者との繋がりも限りなく見えなくするモノとなるのだ。
なぜ俺がこれを確認したかというと、
「魔王様。貴方が未来において、自分に自信が持てるまで、自分が好きになれるまで、私は可能な限り、この繋がりを保ち続けます。そうですね、私もこのスキルを使わないと死んでしまう危機に陥ることもあるかもしれません。ですので1時間。仮に私との繋がりが途切れたとしても1時間で繋がりを回復させます。これは絶対です。そしてこの誓約は俺が生きている限り守りますので、魔王様もこれからの俺を信じてください」
という、俺自身への制約をぶちまけたのだった。
我ながら悪手だとは思う。
だが、不器用な俺にはこうする他に手段を思いつかなかったのだ。
「繋がってていいの?」
「もちろんです、パティ様。あ、でも、私はあくまでサポートですよ。言ってみれば執事みたいな役割です」
「うん、それでいい。ありがとう、え〜と、…………名前なんだっけ?」
「あ〜、そういえば名乗ってなかったですね。私は佐藤虎徹です。まあ、気軽にサトーと呼んでください」
「わかった、これからもよろしくなのじゃ、サトォーーー!!」
と、飛びついたパティ様。
俺の首もとにしがみ付き、邪気の払えた満面の嬉しさを向けられては、俺としても笑顔で返すしかない。
「ああ、よろしくなパティ様」
と、俺は異世界に来てから、人里に近づくことなく何故か魔王の配下になってしまったのであった。