Y06 異世界散策ときどき召喚はもれなく曇天でしょう
「♪〜」
「グェッーー、ピギャーッ!!」
「そいっ」
「グギャーーーー!!!」
と、断末魔を聞きながら、俺は陽気に獲物を狩る、狩る、狩る!!
…………いや、言い方が悪かった。
俺は決してサイコなわけじゃない。
ただ念願の魔物とのファンタジーバトルで俺のテンションが最高潮なだけである。
お前は異世界転移当日に死霊と戦ったじゃないか、という意見もあるとは思う。
だが、俺が求めていた異世界冒険譚とはチュートリアル付きで楽しく成長していく物語だ。
決して、心身壊れるサバイバルホラーではない。
まったく、解釈違いもはなはだしい。
あんな忌々しい記憶はさっさと封印して忘れてしまおう。
「これで最後っと」
俺は魔獣ティタンベアの首を落とす。
これで、今日の目的は達成した。
一応断っておくが、クエスト依頼で魔物を屠っているのではない。
俺は俺の理由があったのだ。
ひとつ。
俺が持つふたつのスキルの調整と確認。
手始めに試したのは、透過スキルがどこまで魔物に通用するかだった。
これは、正直いって凄いスキルである。
条件さえ揃えばチートと言っても差し支えないほどだ。
つたない俺のスキル練度でさえ、野鳥に近づいて手掴みできた。
これから更に熟練度を上げていけば、高レベルの魔物に対しても気配遮断できる可能性がある。
ゆえに、自分が更なる高みに登ったときが非常に楽しみである。
そして、もうひとつのスキル憑依だが、これも中々面白い。
捕まえた野鳥に憑依スキルを発動したところ、俺は野鳥に同一化していた。
これも俺のスキルが未熟なせいか、野鳥の身体の支配権までは奪えなかった。
しかし、野鳥の五感情報は俺にも伝わってきた。
野鳥の視点で見渡す世界は素晴らしく、ドローンとはまた違って野鳥も飛びながら意識して見ていることがわかったのは、新しい発見だった。
遊覧飛行は時間にしておよそ3分ほどで俺は野鳥からはじき出された。
練度を上げていけばもっと長い時間憑依できると思われる。
これも伸び代多く、楽しみなスキルだ。
そして俺自身の能力? というかゴーストなので、浮遊できる身体がある。
基本、森の大樹の高さ以上に浮遊するときは闇エネルギー(魔力かもしれないが、俺にはこの例えがしっくりくる)を結構消耗する。
そして、上昇スピードは歩く速度と同程度であるため、使い所は限られてくる。
なお、下降速度は調整可能なので、ゆったり落下から自重落下以上の急降下もできるのだった。
これが分かっただけでも成果ありと言える。
そして、ふたつめ。
食事の確保。
今の俺には食事不要だが、楽しみとしての食事はモチベーションにもつながる大事なルーティーンだ。
それに、異世界でジビエ肉の探求というのも中々おつである。
「ふっ」
俺は笑う。
どうやら、趣味と実益を兼ねているモノを好む性格は死んでも変わらないらしい。
そして、ラストそのさん。
これが、俺のテンションを爆上げにした最大の理由であるーーーー俺だけの靴とショートソードである。
まずは靴。
これは俺が異世界から来た時履いていた革靴にミルキー様が加護を与えてくださって改良された靴である。
革靴なのにスニーカーのような走りやすさで靴擦れも皆無なフィット感、防水汚染耐久力も向上している。
これから異世界中を踏破する俺としては本当にありがたいモノである。
そして、この宝飾の付いたショートソード。
この剣はあの魑魅魍魎の死地から得たモノではない。
あそこから持ち帰ったモノは左指のリングのみ。
他のモノは破片に至るまで、全て消失していた。
だが、まったく得たものがないわけではない。
レベルと戦闘熟練度である。
俺のレベルは70、ここいらの魔物の平均は15前後とのこと。
まれに出現する特殊な高位魔物でない限り、俺が遅れを取ることはない。
そして、あの死闘で俺は魔物がどういった動きをするのかが、なんとなく判断できるようになっていた。
もちろん、俺以上の経験や未知の戦法を使う敵には通用しないだろうが、ここはそんなこともなく、安心安全平和そのモノである。
そんな中で、ミルキー様から譲り受けた宝剣を嬉しさの余り、使いたくて、使いたくて、鼻歌まじりに魔物を屠るのも仕方ないと言えるだろう。
うん、そして大注目のミルキー様の宝剣は、銘が無いらしいが、性能は特級品である。
まず、剣の伸縮規格が自由である。
俺が手に取った瞬間、俺が最適に使いやすい柄、幅広、長さに変化した。
そして、俺の意思で大剣にも、ナイフにも変化できるのが特徴である。
だから普段はアクセサリーのように小さく携帯することで、無防備を装うことも可能だ。
まだ、続く。
この剣は俺の闇エネルギーの伝導率も高く、熟練度を上げてエネルギーを乗せて振れば闇の斬撃を飛ばせるようになると思われる。
うん、闇の斬撃とはロマンのある響きだ。
どうやら厨二の病が完治していなかったようである。
まあ、どうでもいいが。
そして、この剣最大の特性は俺の闇エネルギーを喰らって、自動修復、自動成長して所持者オリジナルにカスタマイズされていくことである。
もし、俺がこの剣に見合う成長を遂げたときは、この無銘剣に名をつけようと思う。
これまた楽しみが増えたものだ。
「さて、魔物……この場合は魔獣かな。解体は初めてだが、中々やれば出来るものだ。まあ、俺のアイテムボックスは食材しか詰め込めないからほとんど意味ないがな」
俺の目の前に出現させた宝箱型のアイテムボックス。
この中に入れれば、あら不思議、食材は容量制限なしで異次元保管できるのだ。
なお、このアイテムボックスは、これまたミルキー様からいただいた物である。
本当はもっと凄いボックスを渡そうとしてくれてたのだが、それはあまりにも貰いすぎると辞退した。
それでもとミルキー様は言うので俺は制限式アイテムボックスという1品目だけ入れることのできる比較的安価なアイテムボックスに決めたのだった。
その品目を食品に限定した俺は解体した魔物をブロックにして放り込んでいる。
他の雑品と交えない、食品限定にボックスセットしたので品質保証付きでオートカスタマイズされるのでボックス内の肉はまったく鮮度が落ちない。
ただし、食用とみなされないとボックスに入れられないのが悩みどころであるが。
まあ、野外キャンプは不便を楽しむものである、とどっかの凄い人が言ってた気がするので、きっといいのだろうな。
そんなこんなで最後の魔獣の解体作業に取り掛かろうとしたとき、俺の足元に突如魔法陣が出現する。
「っ! 召喚かッ!!」
俺はとっさに宝剣を触る。
たとえ何があったとしても、この宝剣だけは離さないと誓っている。
これはミルキー様との縁の剣。
それをしっかり握りしめて、覚悟を決めた俺は召喚陣の中へと消えていったのだった。
「ここは?」
俺は少しの転送酔いを感じながらあたりを確認する。
そこは、一言でいうと奇妙な寝室だった。
部屋周りはかなり広く、どこぞの貴族の部屋という作りだ。
奥には巨大な寝具が設置され、豪奢な造形美であるのが俺でもわかる。
そして、執務室も兼ねているのか、機能的なデスクと書棚がある。
俺は視線を下ろす。
高価な赤絨毯に魔法陣の紋様が焦げ付いていた。
「ついに呼び出されてしまったか……………………ん?」
おかしいな、俺を呼び出した者がいない。
この前、ミルキー様に呼び出された時は目の前にいたのだが。
「う、くふ」
「ん、後ろか」
俺は振り返る、するとーーーーー。
「クフフふふ、貴様が我に呼び出されし、下僕か!! 中々面白いヤツじゃないか。 早速命じてやろう、我を起こせ……」
と、お尻を突き出したまま、床に力尽きている女性がそこにはいた。
入り口の扉の方からなら、スカートの中が見えてしまいそうな体勢である。
うん、多分コイツが俺を呼び出したヤツで間違いないだろう。
とりあえず話を聞くか。
俺は抱えるように女性を立ち上がらせる。
「おい、大丈夫か?」
「う、む。ようやく落ち着いてきた。感謝する。が、貴様はなんなんだ。我の魔力をほとんど飲み込みおって、魔物召喚で力尽きたことなど一度たりてなかったのに。…………ん、人間……か?」
「一応だかそうなるな」
「に、に」
「に?」
「にぎゃあーーーー、ひ、人じゃないかぁーーーー!!!」
ありえない速度で壁際まで退く召喚者。
ワタワタしながら、お腹に両手を置き丸く屈んでいる。
「ん? お腹?」
「見るなぁぁーーーー!!!」
「…………ああ、すまん。とりあえず俺は外に出ていた方がいいか?」
「できればそうしてもらうと助かります」
「了解した。準備ができたら声かけてくれ」
そうして、俺は部屋を後にする。
しばし待つこと5分。
「我が下僕よ、入れ!」
一応、廊下を見渡すと他に誰もいない。
よって下僕とは恐らく俺のことだろう。
何やらこの召喚者は面倒くさいイメージがするが、仕方がない入るか。
「…………失礼します」
室内に入る。
すると、目の前には仁王立ちした先程の女性の姿があった。
居室内は変わったことはない。
寝具も書棚も焼け焦げた絨毯もそのままである。
ただ、一点を除いては…………。
俺の視線は自然と女性のお腹に集中する。
黒服で決め込んだ衣装はショート丈トップス、ロングジャケット、ミニスカート、ハイニーソが特徴的だ。
そして、おへそが出ているのは変わりない。
だが、そのお腹は先ほどとは違い実にスリムなボディになっていた。
すると、他の部分も気になってくる。
身長も少し高くなった? 女性の二の腕、太ももが心なしか、細くなっているような気がする。
上から下まで、そこまで見つめ、俺はじっくり考えて、
「それで貴方様は私の召喚者であってますか?」
と、全てをなかったことしてやり直すことにしたのだが、
「そこまでジロジロ見ておいて何も言わないのかぁーーー!!」
と逆にキレて枕を放り投げられた。
その枕をキャッチしながら告げる。
「いや、触れちゃいけない話題であると判断し、スルーしたのですが」
「あんな、ありありとガン見しておいてスルーするなぁ! 気を遣うならもっと根本からさり気なく行えぃ! むしろ逆に恥ずかしくて死にたくなるわ」
「それは失礼しました。ではお腹の理由を聞いても? 正直、女性にこのことを聞いても聞かなくても、大変失礼だとは思いますが?」
「ダイレクトか! 己にはデリカシーというものがないのかっ!」
「それは重ねて失礼しました」
「………………………………」
沈黙が続く。
俺的にはどちらに転んでも失礼に当たるのなら知った後で改善していけばいいと思う。
といってもこれ以上俺にはどうしようもないので返す言葉がない。
というか俺、帰っていいかな、いいよな。
「待て、なんで退いている。まさか帰ろうとしてないだろうな」
「いやいや、本日はお日柄が悪いので改めて伺おうかと思いまして」
「ふっ、やはり人間は愚かだな。この魔王城は高山にそびえ立つ天空城と名高いのだぞ。貴様など城から出た瞬間に凍え死ぬわ」
「お気遣いありがとうございます。ですが問題ないです。俺は半分死んでますし、飛んで帰れますので」
「ふ、そうであろう、そうであろう…………な、ぬ?」
ゴーストである俺は外気の変化には適応できるし、酸素が薄くても問題ない。
飛んで帰れるは少し誇張したが、ここが高山なら、空をゆっくり浮遊下降していけば、かなり距離を稼いで、遠方まで移動ができる。
まだ、人里に行ったことがないので、これを機会に目指してみるのも悪くはない。
「では、そういうわけですので失礼します」
「え、ちょっと」
俺は答えを待たず、営業スマイルで一礼し、素早く踵を返しさっと扉を開ける。
そして身体が廊下に出たら、閉まる扉の前で最後の会釈をすーーーー、
「ゔえぁああああああん!!!」
ガッ!!
ぐっ、反射的に足を突っ込んでしまった。
むっちゃ痛い、だがそんなとこじゃない。
俺は再び扉を開けて、挟まった足先をひき抜くと、躊躇いながら室内へと戻ったのだ。
ああ、失敗したな〜、と心の中で思いながら部屋の中央に歩む。
「うぐぅ、お前もか、ひっく、お前もなのかっ!! ゔぁ、私が召喚したのに、えっぐ、お前は私のモノなのに、なんでみんな…………私は魔王なのにーーーー!」
魔王? この子が?
発された言葉に少し驚くも、今はそうじゃない。
俺はペタリと座り、泣きじゃくる女性の前にしゃがみ込み、目線を合わせる。
そして胸ポケットからハンカチを取り出すと、女性の涙を染み込ませた。
「ふえっ?」
「何かわけがあるのでしょう? それを聞かせてください。少なくとも俺が納得するまではここにいますから」
「………………そこは我が納得するまでじゃろ?」
「いいえ、俺が動くときは自分のためって決めているのです。ですから貴方は俺を上手く動かすためにも、まずは涙を拭いてください」
「ん……」
女性は俺のハンカチを受け取って目尻の涙を拭く。
そして、
チーーーーん。
と鼻かんでいた。
「はぁ〜、魔王か……………………大変なことになりそうだな」
と、俺は恒例のため息をはいていた。