Y03 死の狂想舞踏会〜覚醒
遠くの雷鳴が聞こえる。
感覚では地平線の遥か彼方の音だ。
音は微かで、本来は聴こえるはずのない音。
保有スキルか、耳がイカれたか、まあ、今の俺には些細なことだ。
ただ、生き延びたら、この死の世界以外の景色を見てみたい。
そう、思った……。
「ッ!!」
無尽死霊群の危険地帯を切り裂くために、出来るだけ身をかがめ、目測即断、瞬時に迂回経路を割り出し、最短距離で疾走する。
途中、ゾンビとゴーストの腕が俺の腕と頬をかすめるも敵意なしと即断し、更に加速する。
不規則に動き回る死霊どもの周辺情報をいち早く予測し、接敵衝突を避ける。
そう、この行動は昔、俺が出向してた頃会得した都内通勤ラッシュの歩行スキル(駅構内限定、走ってはいけません)を思い出したからだった。
「あの密度に比べれば、これくらいはどうってことはないッ!」
瞬く間に密集地帯を抜け出し、目的対象を捕捉する。
そして、俺は速度そのままに骸骨剣士を屠るため一撃必殺の意思を込めて拳を放った。
グシャーーーー。
砕ける音がする。
その音を辿った先は、ーーーーーーーー骸骨の肘関節だった。
「ギッ」
声帯のない骸骨が蟲の様な呻きを漏らす。
奇襲は成功したようだ。
混乱した骸骨はそこに至って初めて敵意を見せたが、手元に武器がない、というか肘関節から先がなくなっていることに気づき、攻撃動作が鈍くなる。
そこに、追撃の拳を叩き込む。
ガシャ!
俺の拳が完全に骸骨の横っ面を捉える、…………が、頬骨が少し砕けはしたものの破壊するまでには至ってない。
そして、撃ち抜けなかった、中途半端な衝撃は拳にもダメージがフィードバックされる。
「痛ぅーーーー、膂力はそんなにないのか! 我慢して繰り返せば倒せるが、その前に俺の拳が潰れるな。となればッ!」
よろめいていた骸骨が体勢を立て直す。
そして、骸骨は剥き出しの殺意を俺に向けて振り返る。
ザンッ。
視線を交わすと同時に俺は手に持つショートソードで骸骨を切り裂いていた。
武器奪取、これこそが生き抜くための秘策である。
両断された骸骨は塵芥のように霧散していった。
そして、俺の手元には奪ったショートソードだけが残される。
「イケる、次っ!!」
連動するように俺はショートソードをゾンビに振るう。
切り裂きの抵抗力なく、ゾンビの身体を滑らかに横なぎにした。
「当たりだな」
開戦相手と武器を幾重にも分析し、慎重に選別したとはいえ、俺に剣の良し悪しはわからない。
できることといったら、錆ついてないか、刃こぼれしてないか、歪んでないか見た目で判断するくらいだ。
だから、奪った剣がなまくらで使い物にならなかったら、俺は拳を潰して終わっていた。
ひとつの賭けには成功したといえよう。
だが、油断はできない。
剣には耐久性がある。
いずれ限界を迎える前に、次の武器を奪い取る。
武器がメインだが、利用できそうな防具、装飾品も隙あらば掠め取る。
恐らく高価な装飾や武具を身につけている奴は貴族や指揮官クラスだろうから、相対的に強いはず。
だから、今倒せる限界値の相手を見極めつつ、確実に仕留めていく。
正直、思考と行動が完全に野盗そのものだが、俺の職業どうなるんだろ?
…………せめて真っ当に働ける選択肢が残っているといいな。
剣戟を繰り返す。
繰り返す、繰り返す。
敵を砕き、奪い、屠る。
何度も、何度も。
繰り返す、繰り返す。
死霊とはいえ、屠ることに初めはあった抵抗感がなくなる頃。
既に戦闘ステージは飛躍的に駆け上がっていた。
「はぁッ!!」
戦闘範囲は近接一帯の死霊たち全てに広がり、俺が近づくだけで、攻勢をとるようになっていた。
死霊の同士討ちもあるが、ほぼ1対多数の戦場だ。
前世でもまともに喧嘩したことのない俺が、未知の多数戦はキツすぎる。
どんだけ無茶を重ねても、当然、未熟な俺では無傷な訳が無い。
まず、ゾンビ。
特に警戒していたのに、背後と地面から襲われ、腕と足を噛みつかれた。
幸い、肉は持ってかれなかったが、毒の後遺症がないか、気が気でない。
次に、ウィルオウィスプ。
近接武器では届かない上空からの魔法攻撃。
属性は火と光で、単発直線攻撃の魔法弾を繰り出してくる。
魔法弾の火力は低いが、被弾すると体勢を崩されるし、強敵対策として、奪取した武器を、戦闘区域一帯に使えそうな武器を散らして設置したのに、その武器を破壊するまで執拗に攻撃している。
そして、投擲以外の対空戦ができない俺は、常に追い回されていた。
なお、骸骨討伐は、現在、骸骨弓兵を極力回避し、剣盾骸骨中心に屠っている。
弓兵は厄介だが、攻撃範囲に踏み込まなければ、脅威度は下がる。
そして、無理に倒して、弓矢の装備を奪取しても俺には使えない。
割りに合わない利益は関わらないに限る。
逆に、最大利益を持たらす剣盾骸骨は、剣盾両方とも奪取したときは美味しすぎる。
剣盾骸骨の剣筋は個体差あるも、ほぼ素人の俺でも全力で無理をすれば対抗できる程度であり、なるべく一騎打ちに持っていき、奇襲と崩しの搦め手を必ず入れて倒している。
剣盾骸骨ひとりあたりの戦闘時間は他の死霊に比べて一番長く、消耗も激しい。
戦闘後、致命傷はないが、全身至る所を切り刻まれている。
ただし、確率でレア武器が手に入るので、積極的に挑んでいる。
そして、狂乱死宴で汚れきった精神と心が麻痺している内に、死なないために、生き残るために、なりふり構わず、より高みに這い上がるために、死ぬ物狂いでトライアルアンドエラー繰り返したところ、俺にできることとできないことがわかってきた。
大剣は振るえるが、膂力が足らず扱いづらい。
ロングソードは使えるが、反撃や速い連撃に向かない。
ショートソードが思い描く動作がしやすく、俺には一番しっくり来る。
投剣なども唯一の対空予備武器として面白いし重宝している。
特に原理はわからないが物理法則以上の破壊力を持った武器がちらほらあった。
これがこの世界の魔剣の類いなのだろう。
使用制限などがあるかもしれないし、今以上の強敵対策として極力使わずにいたい。
そして、盾の存在。
これが俺に一番の恩恵をもたらせた。
分かったことだが、防具の装着時間はほぼない。
具足など装着に足を止めるのは論外である。
指輪や首輪などは装着できるが、不安感が勝る。
防護のアミュレットならいいが、呪いデバフだったら目も当てられない。
だから、絶体絶命の死地で他に生き残る選択肢がない場合以外は使いたくない。
それらを踏まえて出した最適解が盾だった。
まず、盾を奪取して、その場に設置。
そこにウィルオウィスプがその盾を破壊するため魔法弾を放つ。
すると、低確率だが、魔法障壁を展開する盾がある。
それが、魔力を帯びたレア盾である。
もちろん、耐久力も他とは群を抜いて高い。
更に、装着者に追加バフが付与されるのか、身体が軽くなったり、体調が回復したりと調子が良くなる。
未熟な剣術で全身に傷を負いここまで生きていられるのも、盾の恩恵が大きい。
その最大利益を享受した俺が、一気に夜明けの生存まで駆け抜けるかと思いきや、そううまくはいかない。
ゴーストである。
こいつらは遠隔射撃はなく、近接攻撃もしてこないが、ゴーストの霊体が俺の身体に触れたとき、不可解な影響を受けている。
恐らくデバフ系だと思われるが、俺は状態異常なら、無効化できるはず。
だが、実際少なからず影響を感じる。
となると、単純にレベル差なのか、保有スキルの無効化系統と属性が範囲外なのか、
そうでないならば、俺を支えてきた根底の無効化スキル保有の仮説すら覆ってしまうのか。
俺が積み上げてきた理論と検証。
その全てがただの妄想として俺を打ち砕くのか。
初めは一針ほどの疑問だった。
しかし、ゴーストとまみえる度に、反証余地が肥大していき、俺の自信を揺るがせる。
迷うことは雑念、余計が増えれば、判断が遅くなる。
そして、決断すべき時期を過ぎれば、取り返せない致命傷になる………………のだが。
「あーーーーーー、もう、めんどくさ!!!!」
と、積み上げた感情を自分から唾棄した。
「はぁあ!? なんだこれ、なんだこれッ! 全ッっっっ然楽しくないっ!!! 異世界転生って! こう、なんというか、違うだろーーーーーー!!!! 何で異世界来てまでブラック仕事の延長みたいなことしてんだ。存在すら封印してた無知で未経験な俺が招いた放置OJTの新人奴隷の頃を思い出したわッ!」
止められない理不尽な怒りのまま悪態ついて剣を振るいまくる。
新人時代は俺の中で一番の暗黒時代だ。
頼るべきモノのないまま、社会人になり無知の制裁を受ける日々。
その日を生きるのに必死で、顧みなかった人との縁。
退路どころか進む先も見出せず、光を失った心。
俺にとって、その生き方は苦痛しか生まないと今の俺自身が全力で叫んでいる。
「クソ! クソ! クソ! クソ!! クソ喰らえだッ!! 頑張ったのなら! 苦しんだのなら! せめて、それに見合うだけの報酬を受け取るまでは死んでも死にきれんッ!!!」
俺は、自分はこういう人間なんだと自分で決めつけ振る舞っていた。
しかし、知らずに我慢していた感情、封印していた想い、人間として必要な欲望、それらが決壊し、もう、ぐちゃぐちゃになっていた。
「俺は生き延びる、何がなんでも生き延びる! 生きるんだッ! だから、邪魔するなぁッッッ!!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ギ、ギ、ギ」
「クソ、ここまでか……呪ってやるから全員くたばれ」
俺は最後の悪態をつく。
あの後、激情のまま繰り広げた死闘は、視界に踏み込むことすら避けていた最強どものリッチやデスウィザードも巻き込み、範囲魔法の爆炎、雷撃、氷結入り混じる、無秩序混沌の戦場とかしていた。
被弾、打撲、斬撃、矢傷、刺突、火傷、痙攣、凍傷、その他擦過傷や状態不明の傷を加えれば、ゆうに千を越えるだろう。
しかし、俺はその数倍の敵を屠ってやった。
全身武装騎士や死霊を統括する強者もいたが、もう俺には関係なかった。
使えるものは何でも使い、一般常識すらも取っ払った。
結界を張る盾が壊れるまで、その盾で一方的に殴ったり、持ち手に武具を括り付けて重量を増した大剣を全て投擲したり、壊れる寸前の魔剣を魔法発動直前に投擲し誘爆させたり、自身を囮にありったけ敵を釣り上げて皆諸共爆撃魔法の餌食にしたり、思いつく限りの方法で敵を屠ってやった。
もちろん、禁忌としていた装飾品も俺は惜しみなく装着した。
それぞれ効力はあったようだが、何が良くて何が悪かったかも分からないまま、戦いの中、尽く砕け散っていった。
ただ、ひとつを除いては……。
唯一無傷なのは無地の金リング。
これだけが残っていたのは、単純に装着できなかったからだ。
俺が指に嵌めようとしたら、謎の力で弾かれた。
嵌められないのでは、どうしようもない。
使えない力は、呪いにも劣る。
俺は指輪を地に捨てた。
手元にはひび割れた魔剣と破壊された盾の破片。
それと、戦闘の内に砕け散った装着品のナニカが至る所に飛散している。
対して、周囲の敵は相当数減ったものの、依然健在である。
まあ、考える時間すらなかった、戦場で死ぬ猶予があるくらいには頑張ったな。
俺は微笑う。
「ハッ、仕舞いか。まあいい、生まれて初めて……いや、二度目の人生まで通して初めて本気で楽しめた。満足には程遠いが、俺には十分だ」
肥大していく魔力の熱を感じる。
それを捉えるため、まともに開かない左目で俺は見つめる。
重装備した厳つい死霊騎士が弓矢を構えている。
矢にはドレイン効果があるのか、周囲のデスウィッチたちの魔力を吸い上げているようだ。
その凄まじいエネルギーは雷電放射するほど増幅されている。
「おいおい、オーバーキルだろうが。何をそんなに……」
そこまで言って、俺は気づく。
おかしい、コイツらは今まで、どんな状況でも過剰攻撃をしていなかった。
いたぶっているのか、舐めているのか、効率重視なのか不明だが、これまでの死霊どもの行動全てを統合すると俺の中で、ひとつの考察が出来上がっていた。
こいつらは、全て統制されている。
それは何者か?
そんなモノは決まってる、始まりの岩石の向こうにいた死神だ。
魂に刻まれるくらい、初めにあれだけのプレッシャーを浴びせておきながら、俺が戦い始めたらピタッとなりを潜めてた。
一切理由はわからない。
だが、今の俺は不思議とどんなに隠しても死神の波動を感じることができる。
いや、今なら視える。
目の前の処刑人はあの死神と同じ気配を持つ死霊騎士。
他の奴らは全て、目の前の死霊騎士から連動するように魔力が流動伝達している。
つまり、コイツが起点だ。
ならば、まだ、やれることがある。
俺は、残った膂力を右腕に込め、ひび割れた魔剣を握りしめる。
あまりにも強固に力んだせいで、どこかの骨が折れる音がした。
あらゆる痛みは感じない。
そんなモノはとうに通り越している。
そして、魔力が充電されていく、弓矢だけに俺の全意識を傾ける。
チャンスは一回。
やり方は奇しくも実演済みだ。
俺はただ、タイミングを見て投擲するだけだ。
堪える時間が続く。
瞬きする刻が永遠のように思われる。
その間も右腕に俺のありったけを集めている。
そして、研ぎ澄まされた精神が閉じかけた瞳で俺を射抜かんとする指の動きを刹那に察知する。
「ッあ!!」
最速の投擲。
乾坤一擲の一撃。
それが、弓矢のエネルギーに着弾の瞬間、あらゆる世界が反転した。
最後に捉えたのは、押し潰すほどの激しい轟音と尋常でない光の爆風に飲み込まれ、俺の意識はそこで途切れた。