Y02 初めての異世界ではやりたいことは大抵できない
気がつくと俺は荒野にいた。
上には青空、下には赤土、砂塵突風吹き荒れる最果てのような無人世界。
うん、確証は取れないが、俺は無事異世界に転生したのだろう。
軽く周囲を見渡すが、動植物を含めた生命を感じない。
というか、生きるのに必要な水源すらない。
まあ、逆に考えれば死に絶えた大地なら凶悪生物もいない訳で、すぐに外敵に襲われることはないだろう。
問題は不可視の有毒ガスや、未知の呪い等の危険もあるが、現状逃れる術はない。
まあ、回避不能なリスクは受け入れて、すぐに次善策に切り替える。
今行うべきは、自己メンテと周辺調査、後は女神様との連絡手段だな。
早速、俺は女神様に連絡を試みる。
そのいち。
密かに憧れていた念話って奴が出来ないかと心で念じてみる。
(女神様、聞こえますか? ……こちらブラック02応答せよ)
反応なし、失敗。
そのに。
某勇者動画のように女神様の顔が上空に出現しないかと試みる。
両手を空に掲げ、全力で叫ぶ。
「天命館のミルキーウェイ様、聞こえますかー!!」
風が止んだ、失敗。
そのさん。
「…………」
海外ドラマのように、ボディランゲージをフルに使い、侵入ジェスチャーや突撃ハンドサインしてみる。
空が陰ってきた、失敗。
とまあ、その他にも思いつく限り色々試行錯誤しながらやってみたが、応答はない。
まあ、ダメ元で試しただけなので、問題はない。
それにあの女神様ならこの状況を放置はしないと思うので、向こうからの連絡を待っているとしよう。
さて、最低限やることやったので本日のメインディッシュへと勤しむ。
本当はこれをやりたくてウズウズしていたのだが、流石に未知の環境での通信確認は基本だからな。
どかっと地面にあぐらをかき、右腕を前面に突き出し、左手を軽く添える。
そして、右手に意識を集中させ、高らかに宣言する。
「ステータスオープンンンッッ!!」
全身全霊かけた、久方ぶりの大声。
異世界行ったら、やってみたかったシリーズの掛け声を誰もいないことを良い事に最大限試してみた。
その声は静寂を切り裂き、岩石に染み入るような響きが荒野中を駆け巡る。
それだけだった。
「………あれ?」
何も起きない、というか俺詰んだ?
「パラメータ表示ッ! スキル展開ッ! 佐藤ですッ!…………」
ダメだ、確認出来ない。
これはあれか、ID発行しないと使えないパソコンみたいな。
そう、朝イチで仕事に来たのに、パソコン使えず終了みたいな……。
「マジか……」
連絡手段なし、スキル不明、装備品なし、現地調達不可とか……。
ふと思ったけど、新作ゲームの初回プレイでヘルモードを選択する人っているのかな……あ、そうか、大抵ヘルモードは初めから解放されてないか。
俺はしばらく落ち込んで、動けなかった。
十数分後、俺は気を持ち直し、残された選択をする。
俺ができることは、あと周辺探索くらいだが、下手に動いて体力消耗しても良いものだろうか?
俺は女神様に健康面を重視してくれと告げていたので、恐らく何かしらの体力恩恵は受けていると願いたい。
現状想定する中で最悪なのは、俺の転生が仮登録や中途契約などで能力付与されてない場合である。
まあ、そうなったら潔く天運に身を委ねるしかないが。
「さて、こうなった以上仕方がない。多少のリスクを負って調査するか」
とりあえず足掻いてみる事にする。
せっかく異世界ファンタジーを体験しているはずなのに、異種族もモンスターも冒険者も騎士も魔王も勇者も見てないのでは死んでも死にきれん。
…………女神様は見たけど。
うん、今度会う時は羽衣正装した姿を見せてもらおう。
「えっと、確か俺の適正は闇関連だったよな。職業恩恵は知らないが、ファンタジー知識から推測するとデバフ、隠密、即死系ってところか? どれも対象がいないと確認できないな。はあ、やることないし周辺調査しながら試してみるか」
俺はとりあえず起点となる大岩を中心に半径2キロほど探索する。
途中、動かせそうな岩をどかしたり、地面を可能な範囲で掘ってみたが、なんの成果も得られなかった。
なお、岩石へのスキル発動を試みたが、変化はみられず、俺は調査を切り上げ帰還する。
そして俺が大岩に戻る頃には太陽が地平線に沈もうとしていた。
岩石を背もたれにして、体育座りをしながら、俺は太陽が見えなくなるまで、ただぼーっと眺めていた。
とっぷり世界が闇に落ちて、俺は思ったことをぽつりとこぼす。
「太陽はひとつ、昇ってきた月もひとつ、風もあり、重力もある……自然法則も変わらず。なんか異世界にいる自信がなくなってきたな〜」
そこまでぼやいて、俺はふと気づく。
「ちょっと待て、俺寒さを感じてない?」
こんな荒野で日が沈めば明らかに気温は下がる。
防寒対策してない俺は当然その変化を感じるはず。
だが、俺は寒さにも日中の暑さにも気づかなかった。
気温の変化に俺の身体が適応してる?
うん、可能性はある。
スキル風に言うなら、状態異常無効ってやつか?
もしそうなら、俺はスキル恩恵を受けている事になる。
「少しだけ希望が見えてきたな」
ちょっとだけ、ほっとして、俺は地面に横になる。
体感的には体力面は問題なさそうだが、高揚した精神負担を軽減するために仮眠を取ろう。
転生から今まで異常なかったことから、1時間ほどの仮眠ならリスクも少ないはず。
そう思い、瞳を閉じると俺は意識を手放した。
「ん?」
俺は目を開けると同時に立ち上がった。
眠ってから、体内時計では45分ほどしか経っていない。
自慢ではないが俺の時間感覚は鋭く、一日中時計をみなくても誤差10分程度でおさまる。
特に仮眠にかけてはスペシャリストで1時間と決めたらジャスト1時間仮眠が取れる。
そんな俺の体内時間がズレるとなると、ここの時間軸が狂っているか、もしくは……。
「俺が警戒スキル持ちで、そのスキルが発動したかだな」
とっさに後ろの岩石に背中を預ける。
そして、周囲を把握した瞬間、全身から冷や汗が滲み出た。
俺がみたものはーーーーーー。
見渡す限り溢れかえる死霊の群れ。
大小問わず、実体のないガス状の生命体ガスト。
オーソドックス形態の骸骨、ゾンビ。
浮遊するゴースト、エネルギー体のウィルオウィスプ。
魔導士ローブ姿で彷徨うリッチやデスウィザード。
見た目から勝手に名付けたが、この可視化した死の行進はさすがに凄まじい。
無限の死霊たちは、地面から染み出すように出現しては、自然に透過して消失を繰り返している。
幸い、俺に敵意を向けてくる死霊は現状いない。
しかし、息を殺して注意深く観察してると、一定確率で争っている。
死霊ごとにテリトリーみたいのがあるのかと思ったが、至るところで戦闘が勃発しており、場所、種族ともに規則性がない。
無秩序のランダムエンカウントならば、いずれ俺も巻き込まれる。
どうしても戦闘が避けられないのであれば、俺にできることはただひとつ。
逃げて、逃げて、逃げまくって生き延びることだ。
もちろん今の俺でも倒せるのなら倒していくが、この異世界の常識や俺自身の実力が不明な内は無理はしない。
この場合の勝利条件は朝まで生き延びること。
そのためには、明らかに俺では勝てない、強力な死霊だけは遭遇しないこと。
俺のスキルなのか不明だが、異常な威圧感を放っている死霊の存在をちらほら感じる。
そして、それ以上に近づくことすら憚られるプレッシャーを背中の岩石越しからビリビリ伝わる。
正直ここを拠点をしていたいが、後方の死神がいつここを死地に誘うか予測できない。
ならば、可能な限り距離を取る方がいい。
更に、後方の死神が異世界で伝説級の強さなら、その脅威に一番遠いところに生物がいる可能性が高い。
故に、俺の向かう先は前方。
昼間の太陽と月の動きから前方を南方面と仮定し、意を決して歩き始める。
肌がひり付くほどのプレッシャーを浴びながら、精神力を対価にして、可能なリスクをあえて試み、警戒感を最大限に引き上げる。
それによりわかったことがある。
死霊は触れる位置まで近づいても気づかないのか過ぎ去っていくモノが多い。
仮に気づかれても敵意がなかったり、死霊から遠ざかっていくモノもあった。
そうやって歩き続けること3時間。
景色に変化は見られない。
その光景に、俺は少し焦っていた。
と言うのも、このままでは俺は夜明けまで持たないからだ。
メンタル削ってリスクを負い、新たな発見はあったものの、打開策は生まれず、何も成果はない。
この状況を例えるなら、規則性も法則性も見出せない地雷源をオンボロ探知機で果てのない道を進んでいるようなものだ。
いずれ破綻する。
わかっている。
頭では何度もこれしかないと判断している。
それに初めに決めた方針でもある。
倒せるならば倒して進むと。
でも怖さがあった。
恐怖に背を向け、染み付いた仕事モードでいくら感情を封じても、いたるところから発せられる未知の殺意が心の防壁を簡単に破壊していく。
その葛藤をどれほど続けたのだろうか。
怯え、逃げ続け、埃と汗まみれになった俺にやがて諦観の念が押し寄せる。
覚悟を決めるときがやってきたのだ。
大きく深呼吸して意識を切り替える。
それは今までやってた切り替えじゃない。
最善策、次善策、など理論で武装し、着実に利益を得ようとするのと真逆の理論。
いや、理論を度外視したゼロサムゲーム。
自分自身を毎回オールベットして、果てなき賭け金を釣り上げていく。
辿り着くのは双璧の極地、オールオアナッシング。
デッドオアアライブとも言えるだろう。
正直なんでそうするかわからない。
多分今の俺は少しおかしくなっている。
長時間、あまりにも膨大なストレス負荷がかかり過ぎたのかもしれない。
いつもの俺なら無謀過ぎると絶対自重する。
しかし、もう止まれないし、止まるつもりもない。
蹂躙される圧倒的弱者の立場から俺は、なぶられる獲物じゃなく、生き残る狩人であることをここで示す。
なのに。
「クッ」
笑みがこぼれる。
嘲笑だ、もっともその対象は自分自身に対してだったが。
どうやら、ここに至っても、セーフティ思考の回転が止まらない。
覚悟を決めて、安全重視の理論武装してた今までのやり方をぶっ壊そうとしても、脳が脊髄反射で稼働する。
自棄と無茶は違うと訴えている。
「……仕方がない。俺は俺のやり方で最後まで逝くか」
俺は、自己を含めた取捨判断を開始した。
まず、ここまで歩いてきて、ある程度統計が取れた。
大まかだが、死霊の中でも種類比率とランク比率があった。
ガス生命体が最多で大きさ、形状、ランクともにバラバラで予測が難しい。
ただ、戦闘生命体なのかは不明で、あまり動かず回避が容易いのは幸いだ。
対して、数が一番少ないのは魔導士形態のリッチやデスウィザードだが、未知の魔術やスキルを使う可能性が高い。個体ランクも他より高い可能性がある。
だから、これらはまず避ける。
次に考えるのは、浮遊体。
ゴーストとウィルオウィスプからは相対的に威圧感は少ないが、対空戦が厳しいのと透過しているので俺の攻撃が通じないかもしれない。
よって現状回避がいい。
残るは数の多い骸骨とゾンビ。
判断が難しいが、骸骨は硬さがあり、ゾンビは感染毒があるだろう。
俺に状態異常無効があるならば、ゾンビ。
拳で骨が砕けるならば、骸骨。
どちらも戦ってみなければわからないが、骸骨はかなり個体差がある。
具体的には装着武具の多様性だ。
そしてそれが、俺に戦う決断をさせた。
歩くのをやめ、周囲に溶け込み、獲物を厳選し、機会を待つ。
鼓動の高鳴りを無視して、荒ぶりそうな呼吸を無理やり鎮め、はやる気持ちを抑制し、ただ、倒す意思だけを構築し幾重にも強固にしていく。
一度始めれば、止まらない。
俺が戦うことでどのような状況になるかはわからない。
ゴクリ、と唾を飲み込み、大きく息を吐く。
そして、次の迷いの波が来る前に、
「逝くぞッ……」
俺は、全力で駆け出していった。