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Y01 運命の担当者

続きです。


「ここですね、少しお待ちください」



綺麗なお辞儀をし、子供案内人のアモンくんが部屋へと入っていく。


部屋には第2課書庫というネームプレートが記載されているのだが、間違いないのだろうか?


少し聞き耳を立てていると、中から声がする。



「ミルキーウェイ様、どこですか、返事をしてください」


「あ、その声はあっくん? ちょうど良かった、少し手を貸して」


「あっくんではありません、アモンと呼んでください。で、どうしたのです?」


「え〜とね、いつも通り書庫整理してたんだけどね、すっごく気になる書類があったの。それでちょっと解読解析かけたらね、極秘書類だったらしくてね、ちょびっとトラップにかかっちゃった。それで今のいままで無限迷宮に閉じ込められたの。……ちょっと、ヤバかった」


「ちょっとと言えば罰が軽くなる訳ではないですよ。はぁ〜、色々言いたいことはありますが今は仕事です。ミルキーウェイ様、本日新規転生者1名お連れいたしました」


「え、転生者?」


「はい、3分で担当官としての準備を済ませてください。その間にこたびの問題行動の事後処理は済ませておきます」


「あっくん、ありがとう。3分ね、え〜と書類と魔道具? あ、私汚れてる? 臭くない? その前に女神としての威厳ある?」


「後、2分45秒」


「あわわわ」



俺は目頭を数回揉むと、扉から少し離れた。


何かそうすることが正しいように思われたからだ。


そして、待つこと3分。


扉が開き、アモンくんが出てきた。



「準備が整いました、それでは佐藤様、私はこれで失礼いたします」


「ああ、アモンくん。助かったよ、ありがとう」


「こちらこそありがとうございます。……佐藤様、どうかミルキーウェイ様をお願いいたします」


「ん?」



俺は、アモンくんに初めて顔合わせをする担当官との体裁を整えてくれたことに感謝の意を含めたのだが、アモン君も含みのある表情をしていた。


そこで俺の直感スキル(ブラックサーチ限定)がざわつく。


まあ、ざわつくが、回避スキルは持ってないというか、そもそもそんな都合の良い能力は存在しない感覚的なモノなので、俺は構うことなく担当官と対面する。


静かに入室し、軽く見渡す。


すると、書庫の一画に設けられた事務デスクの前で、紺色のスーツを着こなした妙齢女性が微笑んでいた。


俺は彼女に近づき、会釈する。



「貴方が私の担当官ですか?」


「はい、初めまして。私は貴方の転生サポートさせて頂く担当官の女神、ミルキーウェイです。よろしくお願いいたします」


「ミルキーウェイ様ですね、私は佐藤虎徹と申します。転生までよろしくお願いいたします」


「はい、それではサトー様。まずは適正診断を行いましょう」


「……お願いします」



若干名前のイントネーションが違ったが、まあ、些細なこと気にせず進める。


女神様はガサゴソと大型紙袋から占い師の持つような水晶玉を取り出し、ガチャガチャと首を傾げながら何度も設置したり、分厚い書類を確認しながら魔法陣を1から描いているが、まあよくあることだ。


よくあることなんだが、何だろう、異世界ファンタジーに片足突っ込んでいるのに、この妙な既視感は……。


まあ、準備が整うまで暇なので、目の保養をかねて不躾に彼女を眺める。


うん、一言でいって現実には存在しないくらいの美人さんだと思う。


スーツ姿だからこそ目を惹く健康的な四肢に、一般男性が抱く理想的なプロポーションに2割増しの艶やかさ。


無機質な彫刻美では絶対表現できない、魅惑の美貌を揃えているのはさすが女神だな〜とも思う。


印象的なストレートロングは光の反射で淡いピンク色に見え、サラサラと背中まで伸びている。


伝記書物にあるような高飛車な女神の印象は少なく、見た感じ仕事には取り組んでいるし、普通なら他人と大きな軋轢は生まなそうだ。



「準備出来ました。では、サトー様、こちらの水晶玉に手を触れてください」


「ああ、どうかな」



俺は右手を伸ばす。


寝室替わりの漫画喫茶でよく見た異世界モノではここで、俺の隠れた才能が発掘され、称賛されるシーンだが……。



「え!?」


「あ」



互いに声が漏れる。


2人の視線の先には真っ黒、余すとこなく深淵の闇に染まった水晶玉が鎮座していた。



「凄い……。私こんな一筋の光も通さない濃黒色は見たことも聞いたこともありません。文献知識には自信のある私ですら初めての体験です」


「いや、黒って………」


「恐らく、極み職である暗黒魔術士、ネクロマンサー、ダークマスター、アサシンロードにも到達できるかもしれません。闇属性自体レアなので、可能性の話ですが、確認されていない未知の職業にだってなれる可能性がありますね。素晴らしい才能です」



そう嬉しそうに俺の手を握り、少し興奮している女神様をよそに、俺は不安を隠せずにいた。


何だろう、通称俺TUEEEE作品以外、この職業ってたいてい裏方社畜か反社奴隷、もしくは世間一般で非難対象のような気がする。


まあ、異世界の常識は俺の常識とかけ離れてて、これら職業も受け入れられていると良いのだが。


それはともかくそろそろ突っ込もうか。



「ミルキーウェイ様? そろそろ先に進みましょう」


「え? あ、すみません。それでは手早く能力付与を済ませましょう」



パッと俺の手を放し、若干恥ずかしそうにする女神様はやや乱れた髪や裾元を正してこほん、と咳払いをする。


そして楽しそうに微笑み、また1から魔法陣を描き始める女神様。


既にこの部屋来てから3時間が経過していた。


……うん、霊体ってのは思いの外悪くないな。


お腹も空かないし、眠くもならない。


まあ、就職内定もらった学生気分でのんびり楽しもう。


女神様の邪魔にならない程度に話を振りつつ、お茶を啜る。


なお、お茶は女神様の持ち込み品で許可を経て飲んでいる。


霊体でも飲食OKなのは中々面白い体験だった。


さて、話をしてわかったことだが、どうやらこの女神様はほぼ第2課書庫で過ごしているらしい。


役職は主任特務補佐という。受付ヴァイスのおっさんの下あたりだと推察するが、資料整理、調査解析、文献解読などがメインの仕事らしい。


まあ、経験則からそこまで聞いて俺はあえて深入りしなかった。


そこで話の雰囲気を変え、女神様の趣味嗜好、色恋沙汰の雑談に切り替える。


正直文献などのかなりヤベー神様恋愛を知る俺としては是非ともリアルの声を聞いてみたかったのだ。


しかし、18禁限界突破の大人の刺激満載、キャハハ、ウフフの楽しい会話になるはずが、ぽつぽつと情報開示される度に、次第に言葉数が少なくなり、いつしか沈黙が流れていた。


何を言っているかわからないと思うので一部分だけ抜粋する。


その、仕事スーツしか着ないので同系統をローテーションコーデしてて……女神の羽衣? はい、今は使わないので後輩に貸してます。他には? あ、部屋着としてジャージは持ってます。まあ、最後に着たのはいつだったか覚えてないのですが。え、洗濯とお風呂ですか? え〜とですね、服も一緒に浄化される魔法というものがありまして……。あ、下着にはこだってますよ、ちゃんと履き替えてます。まあ、見せる相手(友人も含む)も居ないのですが……。


おわかりいただけただろうか。


そんな女神様を救いあげるべく的確なフォローが出来ないのは、俺もほぼ同じ生き方をしていたからだった。


何だろう、このやるせない気持ちは。


そう、強いてい言うなら、娯楽アニメの何気ない日常シーンなのに、突然子供キャラが視聴者にもダメージを与えるゲリラセリフを発したとき以来の衝撃だった。


俺は女神様を何も出来ず見守っていた。


そんな闇を抱える女神様はその後愚痴を漏らすことなく、魔法陣を描き上げると元の笑顔に戻っていた。



「それではサトーさん。能力付与していきますね、何か希望はありますか?」


「そうだな、最重要としてメンタル含めた健康面は大切にしたい。後はやっぱり言葉の壁がないと良いな。ああ、せっかく異世界行くんだからチート能力のひとつは持ちたいな。まあ、無理にとは言わないが」


「いえ、任せてください! 今のご要望にあった能力付与をフルスペックで授けます」



俄然やる気に溢れる女神様。



「そうか、お願いします」


「はい」



そう頷き、パタパタと作業を進める女神様を観察する。


一心不乱に見目麗しい女性の働く姿は見てて飽きない。


そういえば、後輩も同じような感じだったなー、といつかの記憶もよぎる。


正直、俺に指導癖が染み付いているのか、この女神様を放って置けないのかはわからない。


俺としても、ここまで接してきてひとり頑張る女神様のことを少しでも把握したから任せるけど、それでも、ひとつだけはお節介をやこうと思う。



「ミルキーウェイ様? 貴方がずっと持っているその書類ってマニュアルですよね?」



一瞬女神様がビクッとなる。


そして絞り出すように返事をする。



「はい……」


「最後に新規転生者を送ったのはいつです?」


「ずっと前です」


「その時、指導者はいましたか?」


「監視官はいました」


「放置OJTか、まあ、それは置いておきましょう。ミルキーウェイ様、大切なことをひとつお伝えします。貴方の持っているのはマニュアルではないです」


「え? でも確かにここにマニュアルって」


「はい、確かに書いてあります。ですが、先程見た正式書類と比較すると、その書類は公文書体ではなく、公式サインもない。恐らくですが、OJT先達者が独自解釈で記載したマニュアルのマニュアルだと思われます」


「え!? じゃあ、この手順は間違い?」


「一概にはそうとは言えません。しかし、記載した人の善悪知れず、性格、能力不明の書類をなぞるのはリスクが伴いますね。因みに先程要望したチート能力いくつ付けました?」


「え? 調整しつつ出来るだけ入れたよ」


「ありがとうございます。ですが世界バランスを崩壊させるこういう特典には大抵制限がついてます。法則の抜け穴を利用するまではグレーですが、逸脱しすぎると大きなペナルティを背負います」


「じゃあ、取り消……」



突如、強風が吹き荒れる。


そして、女神様の持つマニュアルが光の濁流を垂れ流し始める。


それに伴い、マニュアル自体が意思を持つかのように、俺の異世界手続きが自動的に進んでいく。



「と、止まらないっ!」



必死に制御しようとする女神様。


しかし、ペラペラとページが捲れ、次々と承認されていく。


俺は罠? と思ったが、どこまでが誰に向けての罠なのか一切情報が足りないので、この思考を瞬時に切り捨てる。


そして、俺は女神様に告げる。



「ミルキーウェイ様、俺が異世界に送られた後も連絡手段はありますか?」



ゆっくりと穏やかに語りかけ、動揺していた女神様を落ち着かせる。


すぐに把握した女神様は、こくこく、と全力で頷いてくれた。



「はい、貴方の担当官は私なので、絶対にどんな手段を使っても連絡いたします!」


「了解しました。それではIDカードの発行などは事後処理としてお願いいたします」


「はい、はい、どうか死なないでっ!」


「大丈夫です。これくらい大したことありませんから」



本心からの言葉だった。


結果的に異世界に行けるのだから、俺にとっては目的達成と言えるだろう。


そして事後処理、復旧、調整を怠らなければいつかは手元を離れる問題案件だ。


それよりも久しく味わう異世界ロマンに夢を抱きながら俺は光と共に消失していった。


お疲れ様でした。

気が向いたら評価をお願いします。

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