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Y09 最後の惰勇者はフルスペック!?……夢か

「はぁ〜? 金持ってねぇだぁ?」



俺の話を聞いた途端、舌打ちをして腕を組み、あからさまに態度を悪くする店主。


煌めく頭皮と剛毛な髭面、特徴的な褐色の腕は丸太のような太さがある。


そんなカタギ? の初の異世界住人から俺はめっちゃ嫌そうな顔をされていた。


ここは街道沿いの宿場。


俺はここで初宿泊体験をしようと文無しのまま寄ってみたのだった。


別にバカになったわけではない。


俺なりの算段があったのだ。


そんな俺に店主が訝しげにこちらを見る。



「アンタ、見たところ、マレビトだろ? マレビトは強い力を持っているって聞くぜ? 一般人より上手く金くらい稼げるだろ?」



マレビトとは異世界転生者であることは既にリサーチ済みである。


俺は店主の問いかけに動揺することなく、あえて親しみを含めて話す。



「ええ、俺はそこそこ強いんですが、盗賊に襲われてしまいましてね。隙を突いて逃げ出したのですが、手持ちのお金は奪われてしまったのです。あ、でも代わりになる素材がありますので宿代としてはどうでしょうか?」


「……見せてみろ」



俺は右腕で闇箱スキルを起動させ空間から素材を思念する。


とりあえず、価値があってお手軽そうな魔獣の毛皮を5枚ほど取り出した。


店主が毛皮を手に取る。



「ほう、お前これってティタンベアじゃねーか。お前が倒したのか?」



一応、強さの基準は知っているも、およその共通認識でのソロハントや魔獣の脅威度が不確定なのである程度、謙遜を入れておく。



「ええ、幾重にも罠を仕掛けつつ、苦労して倒したのですが、疲れて倒れたところに盗賊に襲われたってわけです」


「はっ、お前素人かよ。素材採取は倒してからが戦なんだぜ。盗賊、仲間割れ、新たなモンスターなど、数え上げればキリがない。むしろよく生きてたなというレベルだぜ」


「はい、俺は運が良かったですね」


「まあ、これからは気をつけな」



どうやら怪しまれなかったようだ。


俺のことをおかしな存在ではなく、人間として接してくれているようなので、俺は本題に戻す。



「それで、この毛皮はいかほどでしょうか?」


「あん? こいつはダメだな。毛皮として肝心な頭がないのが3枚、残り2枚も傷も多い、何より剥ぎ取り方が荒すぎる。……そうだな銀貨3枚ってとこだな」


「3枚ですか……」



俺は肩を落とす。


ここの宿屋代が一泊銀貨2枚。


つまり、一晩しか止まれない。


しかも、食事なしの代金だ。


街道沿いの孤立宿場としてはミルキー様に聞いていた通りの相場だとは思うが、これでは思うような自活ができない。


レベルアップが目的で素材としての狩り方なんて考えずに倒していたからな、正直ぐうの音が出なかった。


俺は頷く。



「では、それでおねがーーーー」


「7枚」


「え?」



思いも寄らないところから声がかかった。


振り返ると白いセーラー服の様な服をまとった、綺麗な少女がこちらを見つめていた。


それは銀髪の褐色少女。


際立つ瞳は引き込まれそうな真紅色であった。


その女の子が続ける。



「ティタンベアはレア魔獣。頭がなくてもそこそこの価値はある。傷が多いと言っても劣悪な傷ではない。剥ぎ取りは上手くないけど毛皮が傷むほどではない。これから寒い地方の需要が増えるから相場は毛皮ひとつで銀貨3枚。手数料、勉強代としても毛皮5つで銀貨3枚はぼったくりすぎ。せめて7枚ってとこ」



淡々と論破する女の子に店主がカウンターから体を乗り出してくる。



「このガキ、テメェ! …………俺の商売にイチャモンつけるなら出てってもいいんだぜ?」


「もちろん、明日には出ていくから問題ない。……食事はいらないから」


「はん、本当に忌まわしき勇者様だな。さっさと魔王を倒せってんだ」



吐き捨てる店主の嫌味に答えず、いうだけいうと少女は2階へと上がっていく。


それを見送る前に俺は店主に、早口で告げる。



「店主、売値は銀貨5枚ってとこでいい。そして、その5枚で宿代と食事をふたつ準備して俺の部屋まで持ってきてくれ」


「ちっ、いいぜ。ほら、これが鍵だ」


「ありがとう。ではまた後でな」



感情を乗せず、適当に礼を述べると、俺は先程の少女を見失う前に2階へと駆け上がっていった。


階段を上がりきると、少女が一番奥の部屋に入っていくのが見えた。


少女を訪ねる前に、先に自分の部屋の位置を確認する。


すると、俺の部屋は少女の部屋の向かい側だった。


俺は部屋の確認を済ませると、少女の部屋の扉をノックした。



「誰?」


「先程助けられた者だ。お礼と少し話したいことがあるのだが、時間を取れるか?」


「ええ、でも今は眠いから時間をおいて。3時間後にまたノックして」


「わかった」



俺は自分の部屋へと戻る。


そして、旅の埃を払い、ベッドに転がったのだった。



「勇者と魔王か……」



魔王には既に会っている。


仮に少女が勇者というなら、人々のために戦う尊敬されるべき存在のはず。


しかし、先程の少女に対する店主の態度。


尊敬の浅い物言いに、何やらきな臭さを感じていた。


まあ、今は考えても仕方ないので俺も仮眠を取ることにし、ゆっくりと意識を落としたのだった。






瞳を開ける。


窓の外を見ると、既に夕刻に差し掛かっていた。


体内時間ではきっかり3時間。


俺は右耳の剣型イヤリングに触れる。


このイヤリングはミルキー様から受け取った宝剣が形を変えたモノである。


俺は価値の高い宝剣を周囲に晒すよりも、高級装飾品として、隠し帯刀することにしたのだった。


こうすれば、武装しててもわかりづらいし、暗器としても使える。


ましてや、これから少女の部屋にいくのだから、その辺は特に配慮しなければならない。



「さて、どうなるかな」



俺は椅子にかけていた背広に腕を通して、準備を済ませる。


そして、再び少女の部屋へと向かったのだった。







既に部屋前に2人分の食事が置かれていたので、俺はそれを持ってノックをする。



「入って」


「失礼する」



少女の部屋の扉を開く。


どうやら鍵はかかってなかったようで、すんなり入れた。


部屋の作りは俺の部屋と同じでベッドと小型テーブルと椅子二脚。


それ以外は手元照明と本当に簡素な家具しかない。


唯一、俺の部屋と違うのは大きなクローゼットがあるところだった。


これで、銀貨2枚という暴利が成り立っているのだから、あの店主はかなりのやり手なのだろうな。


まあ店主のことなど、どうでも良いがな。


俺は意識を切り捨て、椅子に座っている少女に注目する。


俺が入ってきたにもかかわらず、少女は警戒する様子もなく自然な視線を向けてきた。


視線が絡み合うと、先に少女の方から話し始めた。



「それで話って何?」



抑揚のない声色で少女は俺に問いかける。


その姿に敵意はない、俺も緊張を解き自然な感じで喋り出す。



「ああ、まずはアドバイスありがとう。おかげで飯にありつけることができた。君のもあるからお礼として受け取って欲しい。食事は食べるよな?」


「ええ、食べさせて」


「ん?」


「いえ、他には?」


「ああ、こっちが本題だが君のこと……勇者のことを少し聞きたいんだ」


「……………………」



少女は無言で俺を見つめ続ける。


いや、正確には俺の瞳を伺っていた。




日陰が少し伸びる。


どれほど時が経っただろうか。


何かを訴えかけている少女はおもむろに視線を外すと、



「いいわ、食事をしながら話しましょう」



と、答えてくれた。









「それではいただきます」



俺は礼節を持って食事を開始する。


店主から運ばれてきた食事はパンとスープのみ。


これが銀貨1枚分なのだからほんとつくづくである。


まあ、スープの具材が多種にわたっているのがせめてもの救いではあるが。


ひとくち啜る。


スープは薄い塩味だが、悪くないのでゆっくり食しつつ、俺は少女に話始めた。



「さて、俺は佐藤虎徹という。いわゆるマレビトの旅行者だな。まあ、気軽にサトーと呼んでくれてもいい。君の名は?」


「リエリアス。リエリアス・ベアトリーチェ、勇者をやっている旅人。気軽にリエリーと呼んでもいい」


「ああ、その内なリエリアス。ところで勇者というのは君の職業かい?」


「そうとも言える。私の種族はハーフバンパイアだから本来種族と職業の明確な分類はない。でも私は勇者の職業を授かってしまった」



彼女の暴露に俺は驚く。


リエリアスはいきなり、自分がハーフバンパイアであることを告げた。


以前も言ったが、人間と魔物は魂レベルで違う存在だとされ、獣人、亜人の中でも、バンパイアは魔物寄りとされている。


そして、魔物は基本討伐対象だから少女の立場がかなり複雑なモノだと俺は理解できた。


しかし、



「素性をいきなり明かしてくれるとは思わなかったよ」



と、正直な感想を俺は述べた。


直感だが、彼女から妙な信頼を寄せられているのを感じている。


初対面の俺に何故? と、逡巡していると先に少女が答えを示した。



「貴方からは私と同じ匂いがする。黒い魔物の匂い」



それは勇者としての本能か、ヴァンパイアとしての共鳴か。


リエリアスはお前もだろ? と暗に問いかけている。


流石に、ここまでされて誤魔化すのは気がひけるので、俺は素直に話した。



「……………………正解だ。俺はハイエンドデミゴーストというまあ、魔物寄りの幽霊という存在だ。その点では君に近しい存在だな」



一度スプーンを置き、俺はこれまでの経緯を軽く話した。


始まりの記憶。


そして、転生時のトラブル、女神様のこと、魔王のことも話した。


全てを話すのに時間はかかったが、その間少女は静かに聞いていて、数言だけ質問した。


俺は、それに答えるように簡単に補足していった。


ほぼ俺が喋るだけではあったが、食事が終わる頃には少女のことも少しだけわかった。


リエリアスは人間とバンパイアのハーフではなく、妖狐とバンパイアのハーフであるらしい。


その証拠としてケモ耳、もふもふ尻尾をぽふん、と出してきた。


自立した生き物のように揺れ動くケモモノに俺の心が湧き上がる。


ケモノ感の出し入れ自由とは素晴らしいと、席を立ち、叫びそうになった俺は正義である、と確信しつつ、咳払いして座り直すと、リエリアスのケモ成分をしまい、話に戻る。


リエリアスは本当に魔物寄りなので、幼年期は人里から離れた辺境村で家族とひっそり暮らしていたらしい。


いくばくか経過した、少女時代のある日、村の祠で祈っていたリエリアスに神託がくだり、勇者の素質が開花してしまったとのこと。


そんな奇跡がたとえ辺境村の片隅であっても、流布する噂は止められず、勇者顕現の情報は瞬く間に王都教会まで届いてしまった。


そして、運命の日。


神輿として担ぎ上げられたリエリアスは、両親から引き離され、教会庇護下で勇者の仕事を始めることになったということだった。


そして、程なくして、両親の住む村が何者かに焼き滅ぼされたのを旅路の教会から知ることになるのだった。


それから、300年。


リエリアスは戦った。


勇者として存在し、勇者として生き、勇者として人々と接してきたらしい。


しかし、時の流れは環境を変化させる。


初めは持て囃した人間も300年魔王を倒せず、放浪する勇者をいつしか忌避する対象となっていた。


既に、リエリアルを擁護していた教会は完全に世代交代されていて義務化された定例報告以外の接点はない。


勇者として使命を果たせず、帰るべき場所も既になく、世界の営みからこぼれ落ちたリエリアルはただ、世界を彷徨っていたのだった。



リエリアスが告げる。



「私が、勇者が人々から受け入れられない根本的理由がある。それはーーーー、」



言葉を中断し、リエリアスは窓辺にかけた杖と武具を掴む。



「どうした?」


「敵がくる…………、私は用事ができたから帰って」



話は終わりとばかりに外への扉に向かうリエリアス。



「いや、手伝おう」



俺も、追従して彼女を見る。


すると、少しだけ眉を潜めたがリエリアスは一言、



「ついてきて」



とだけ答えて歩き出した。


そして俺たちはひっそり宿屋を出て、街道を走り出す。



「早いなっ」


「ついてこれなきゃ置いてく」


「ああ、ペースはこれで構わない。気にせず駆けてくれ」


「ん」



弾丸のように疾走するリエリアスに俺は全力で追い縋る。


ここ最近、鍛えていたが、リエリアスのレベルはその遥か上にある。


恐らく最上職なのだろうな。


そんな目指すべき到達点の戦いがみれるとあって、俺は少し昂っていた。


街道を外れ、整備されていない地面を突き進む。


草原とはいえ走りづらいはずなのにリエリアスの速度は加速していく。


それになんとか食らいつくこと10分。


速度を緩め丘を登ったリエリアスが目配せする。


俺は頷き、少し小高くなった丘から窪んだ眼下をみる。


そこにはゲシャ、ゲヒャと騒ぎ立てるゴブリン、オークの群れで埋め尽くされていた。


俺は呟く。



「これは壮観だな」



そんな言葉にリエリアスは俺を見つめる。



「意外に驚かない。なぜ?」


「ああ、死霊の群に殺されかけたっていったろ? だから慣れたのかもな。あと、リエリアスがいるから心強いってのもあるな」



あの戦いで俺の戦闘感情は突き抜けてしまっている。


無感情ではなく、湧き上がる自然な感情を制御できるようになったのだ。



「足を引っ張らない程度に参戦するから、もしもの時は頼むよ」


「ん」


「じゃあ、いくかっ!」



俺の合図でリエリアスが頷き、眼下の群れに飛び降りる。


そして、いきなり高密度エネルギーを放った。



「ブリザードバレット!」



杖の先端からエネルギー紫電を放射し、逆巻く暴吹雪が吹き荒れる。


リエリアスが着地した周囲数十メートルの敵が薙ぎ倒された。


そのまま、彼女は杖を抜刀する。



「仕込み杖か」



リエリアスの背後に着地した俺が告げる。



「ええ、私の自慢の宝杖。歩く時も便利」


「ん?」


「私はこのまま、鏖殺するからサトーは討ち漏らしをお願い」


「あ? ああ、了解した。可能な限り援護するから蹴散らしてくれ」


「わかった」



会話はそれだけ。


少し奇妙なことを言っていたが、問題ない。


俺にとっては初のパーティ討伐だ。


初見の俺がどこまで、人と合わせられるか、どんな攻撃ができるか試す絶好の機会で、正直楽しんでいた。


そして、魔物にとっては死のカウントが始まり、俺にとっては無双乱舞が始まったのだった。

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