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Y00 プロローグ〜神々のお役所仕事〜

この小説は今回のような文体で進んでいきます。

楽しんでいただけたら幸いです。



「承認、次」



抑揚のない声が響く。


そこは見渡す限り、煌びやかな壁面彫刻と心奪われる天井画。


まるで欧州にある荘厳な大聖堂を彷彿させる造りだった。


しかし、そんな建造物神秘とは相反し、大広間の中央には世俗的な受付人たちが等間隔で並んでいる。


そして、その受付人のデスク越しにずらっと隊列を組んだ老若男女がひらすら順番を待っていた。


その中のひとりである、俺の名は佐藤虎徹。


気がついたら仕事のスーツ姿でこの場所に立っていた。


恐らく、俺は夢の中にいるのだろう。


こんなリアルな夢は子供のとき以来ですごく新鮮だが。


まあ、すぐに覚める兆候がないので、とりあえず夢の中だとしても、俺がここにいる理由を知りたいのだが、忙しく駆け回る職員に声かけても、「並んで待っていてください」の一点張り。


他の職員も同じ対応で、全く話ができない。


仕方がないので、俺は列に並ぶ。


それから1時間ほど並んでも余り進まないので、俺は一度列を抜けて、窓際のステンドグラスでも見にいこうかなと動くと、何故か列から抜けられない。


どうやら不思議な強制力が働いているようだった。



「はあ……、まあ良いや。夢か幻かわからないけど、覚めるまで楽しむか」



そう、俺は思考を切り替える。


そして、ただ並ぶだけという極めて気楽な時間をのんびりと過ごすこと10時間。


そろそろかと思い俺は意識と視線を受付に向ける。


俺が並んでいる列は無精髭中年男が気怠そうに、デスクの書類にサインをする。



「承認」



すると受付前の老人が足から消失し、蒼い火の魂になり天に昇っていった。



「次っ」


「は、はい」



俺の前に並んでいた制服少女が数歩進む。



真堂冷菓(まどうれいか)、14歳、7月7日生まれで間違いないか?」


「えっと、はい」


「死因によると、第3等転生者か。初転生で魂の重さも規定内だな。……よし、この書類を持って、あっちのイケメン事務員に対応してもらえ。はい、次」


「え、え?」



これぞ昔の役所、という事務的な説明で理解が追いついていないのか少女はその場で立ち尽くしていた。


少女が非常に困っている様子なので、俺は口を挟む。



「すみません、彼女困っているみたいなので最低限の説明をして頂けませんか?」


「あ? ……ああ、貴方の手続きが遅れますがそれでも良いですか?」


「構いません、しっかり説明をお願いします」



慇懃無礼vs営業スマイルは実利を取った方が勝つ。


基本方程式は実利−時間とか、この前アニメ化された「ニッチ営業とったどー」の切り抜き名シーンで言ってたな。


それはともかく、受付の男は嫌そうな顔をしながらも少女の方を向いた。



「で、何が聞きたいんで?」



急に話を振られた少女はびっくりした様子だった。


少女は不安なのかチラリと振り向いたので、視線のあった俺は意思を込め、ゆっくり頷いた。


本当に問題があればサポートしてやる気持ちで見守ると、少女は受付の男に話し始めた。



「え、えっと。あ、私って死んだのですか?」


「はい、基本時間マイナス15時間前、つまり昨夜9時頃貴方は自宅の浴室で亡くなっています。直接死因は心臓麻痺ですが、ネグレクトによる心身複合的衰弱とも考えられています」


「そっか、しょうがないよね……」



死んだという事実に少なからずショックを受けている少女を無視して必要な説明を続ける男。


恐らくこういったことに慣れ過ぎているのだろうが、仕事として見てもあまり良い印象を受けなかった。


しかし、少女に求められてはいないので俺は必要以上のお節介はしない。


受付の男の説明は続く。



「つきましては転生条件をクリアした貴方はこれより適正診断、担当者との面談、能力補正授与、転生者IDカード登録の後、異世界へ送り出されます。ここまではよろしいですか?」


「え、はい?」


「大丈夫そうですね、では、より詳しいことは担当の者に聞いてください。今、担当の者をお呼びいたします」



デスクに備え付けられたコールが鳴る。



「はいはーい」



トタトタと左奥の廊下からひどく可愛らしい声の子供が駆けつけた。


身長140センチ位のボブヘアーでディアストーカーハット、半袖、半パン、ぱっと見、中性的な容姿で性別がわからなくなる印象だ。


本能的に男の子だとは思うが、正直確証が持てなかった。


そんな子供が笑顔で話す。



「主任お呼びですか?」


「ああ、こちらの方を3課の……ガーネットだな。ガーネット担当官の元へお送りしろ」


「あの、主任?」


「何だ」


「ガーネット様は今週だけでも6件の新規転生者を抱えていますが……」


「それがどうした、アイツのスペックなら後10件はいけるはずだ。それに同色同系列の転生者を任せているんだ。それを考慮した負担軽減と効率化出来ないアイツが未熟なだけだ、行け」


「はあ、分かりました。では、真堂様でしたね。こちらへどうぞ」


「あ、はい。あ、えっと、ありがとうございました」



子供に手を握られ、慌てて歩き出した少女は、急いで俺の方を向き、ぺこりと感謝の意を伝え奥の廊下へと去っていった。


何はともあれ、ひと段落だな。


そう、ひとりごちる俺に向けて言葉が飛ぶ。



「さて、佐藤虎徹だったか? ハッ、しけた顔してんな」



受付態度を変えた、と言うより素に戻ったのか、明らかに受付の男に意思が現れた。


それを受け取り、俺は返す。



「それはお互い様でしょう。死んだ瞳で見えるモノなんてたかがしれてます」


「言うねぇ。ま、気がそれたから一献付き合え」



デスクに『休憩中』のプラカードを掲げ、受付の男は俺の後続を強引に他の列に押し付ける。


非難轟々されながらも、そのトラブルを手際良く落ち着けると、受付の男はどかっと椅子に座り、盛大にため息を吐く。


そして指を鳴らし、突如現れた拳大の黒渦の空間に手を突っ込み、どこからともなく二つのワンカップを取り出すと、デスクに並べる。


それを見た俺は、



「……病院行った方がいいのでは?」



と突っ込むと、受付の男が口角をあげる。



「アホ、酒中毒者でも依存者でもねーよ、これは本部御用達のソウルドリンクだ。摩耗した魂を修復する、ま、お前の世界でいうエナジードリンクみたいなモノだよ。最近はここでも色々と規制が厳しくてコーヒーすらも迂闊に飲めない。正直、やってられんな」



と、受付の男はやれやれと首を振りつつカップをすする。


それを見て俺も少し気を緩めカップに手を付ける。



「激しく同意しますね、まあ、私は魂が消滅する前に転職できるので、ある意味幸運なのかもしれませんね」


「全く羨ましい限りだ。さて、飲みながらで良い。どこまで理解した?」


「ここが夢ではなく、私が死んだこと、転生機会を与えられたこと、担当所属手続きと能力付与して頂くことは先程の会話から何となく分かります」


「なるほど、一応確認するが、死因聞くか?」


「いえ、いいです」


「あっさりしてんな、ま、そんなものか」


「ええ」



ブラック企業勤めの天涯孤独の独り暮らし。


残せる資産もなければ相手もない。


思い入れもないから、25年間で幕を閉じてもあちらに未練はない。



「そうか、なら、俺の仕事は担当者に引き継ぐことだけだな。因みにどんな女性が好みだ?」


「なぜ?」


「いや、お前俺よりも枯れてそうだから」


「喧嘩売ってます? クレーマーとして居座りますよ」



その気になれば3日3晩完徹でいけるぞ、と付け加えようとしたら、男はさっと片手を突き出し心底嫌そうな顔をした。



「やめろ、少しこうしてるだけでも視線が物理的に刺さりそうなんだから」



物理的にの意味が不明だが、確かに受付手続きがひとつ止まったせいで他の処理が詰まり始めている。


頃合いだろう。


カップを飲み干し、俺は頷く。



「じゃあ、そろそろお願いします」


「わかった。担当官は俺の偏見で見繕う。詳しい説明はそいつに任せるが、俺に聞いておきたいことはあるか?」


「そうですね、強いて言うならこの場所と貴方の所属と名前ですかね」


「ああ、言ってなかったか。ここは天命館。転生者となりうる魂を蒐集し、天界、冥界、地獄界、異世界へと送り出す殿上人の裁定機関だ。俺はここの総務主任をやっている、ヴァイス・ロックってヤツさ」


「わかった。ありがとう、ヴァイス。最後にひとつ。仕事に入れ込むのは良いけど、年下の子には丁寧に接しないとモテないぞ」



決め台詞を吐き、颯爽と踵を返す俺。


すると、とんでもない言葉が飛んできた。



「俺は良いんだよ、カミさんと娘にモテてれば十分だ」



その瞬間、脳を穿つ凶悪な言葉に、俺はフリーズする。


そして、意味を理解した俺は引き攣った笑顔をヴァイスに向けて、力一杯バッドサインを叩きつけた。



「ハハハ、ヴァイス。俺の今までのシンパシーを返せ、そして地獄へ堕ちろ」



俺が初めて剥き出しの感情を見せたことが嬉しかったのか、ヴァイスが最高の笑顔を見せる。



「アホ、ここが地獄だ。これ以上堕ちん。それに愛する者がいれば俺は何度でも立ち上がるさ。フハハハハ」



妙なスイッチが入ったのか、ヴァイスが立ち上がり高らかに笑う。



「ったく、食えないオッサンだな」



互いの瞳に生気が戻った事を互いに自覚して互いに笑う。


数年ぶりに感情を取り戻す、そんな嬉しいことがあったんだー、と酒場で語れれば素晴らしい。


しかし、ここは職場。


職場とは戦場であることは言うまでもない。


そして、退路を忘れ、ラインを越えた尖兵は死地へと至る。


ヴァイスを囲むように数人の事務員が集まり、互いを確認すると全員が一言一句違えず告げた。



「主任、今日の事は全て人事部の娘さんに報告しておきます」



告げられた瞬間、ピタリと静止するヴァイス。


せっかく取り戻した瞳のともしびが揺らぎまくり、どんどん顔色を失う。



「え、何で? やめて。俺この前娘から直々に減給処分言い渡されたんだから。これ以上愛娘からあの視線を向けられたら俺、本気で別の扉開いちゃうから。本気で目覚めちゃうからーーー」



そんな断末魔を後にして、俺は先程の子供案内人に導かれ、美人?担当者へと会いに行くのだった。


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