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9.元神童、薬草集めクエストに挑戦する

「……く、くそ……!」


 静まっていたギルドに男の声が響いた。

 俺を殴ろうとした男が身を起こす。その顔は苦しそうに歪んでいて、手は腹を押さえている。


「な、なんだってんだ!? てめぇは何者だ!?」


「何者も何も……特に取り柄のない初心者だが?」


 俺の言葉に男が顔を真っ赤にする。

 他の冒険者たちがからかいの言葉を男に投げかける。


「おーい! 初心者に負けてんなよ!」


「まさか、本気じゃないよな?」


 真っ赤だと思っていた男の顔がさらに赤くなった。男が大声で冒険者たちに言い返す。


「うるせぇ! そうだよ、本気のわけがないだろ! ちょっと油断してただけだよ! イテテテ!」


 ……なるほど。やっぱり本気ではなかったか。

 危うく学生時代の成績が実社会でも役に立つのかと思うところだった。相手が本気でないのなら、今回はたまたまのマグレだろう。社会人がこんなに弱いはずがない。


「てめぇ、調子に乗るなよ! いいか、手を抜いていたんだからな、俺は!」


「もちろんだ。そんなに弱いのだから、手を抜いていたことは俺にもわかっている」


「く、ぬ、ぐぬぬ! この野郎……!」


 男が怒りを口から吐き出す。

 ……? 怒っているのか? いまいち男の反応がよくわからない。俺は男の言葉を肯定しただけなのだが。

 まあ、俺が悪いのだろう。

 やはり、通知簿に書かれていた協調性――共感性がないのは実社会で苦労するな……。学生時代の先生はなかなか観察している。

「ちっ、おら、見世物じゃねえぞ、お前ら!」


 男は冒険者たちに悪態をつきながらどこかへと消えた。

 さて、と。もともと俺の冒険者登録の話だった。受付嬢と話をしなければ。


「すまない、話を戻そうか?」


「え、あ、はい!」


 受付嬢が身体をびくっと震わせて反応した。


「……あの、本当に未経験者なのですか?」


「ああ」


 普通、学校の授業でやったことを経験があるとは言わないだろうしな……。


「特に経験はない」


「……本当なんですかねぇ……」


 うさんくさそうな目で受付嬢が俺を見た。

 そういう目で見られても困ってしまう。ただのニートなのだが……。俺はカウンターの上に書類をとんと指で叩いた。


「とりあえず、書類はすべて埋めた。これで仮登録されるのかな?」


「はい、そうです」


「本登録にはクエストをこなす必要があると聞いたけど? どんなのかな?」



「簡単なものばかりですよ。本当に冒険者を続ける気があるのか試すためのものですからね」


「なるほど」


 なら安心だ。


「どんなクエストがあるんだい?」


「そうですね……イルヴィスさまだったら――」


 うーんと考えてから、受付嬢はこう続けた。


「ハイオーガ狩りとかどうですか?」


「ハイオーガ?」


 俺はあまりモンスターについて詳しくはない、が……。


「かなり強くないか?」


 オーガとは人型の筋肉質なモンスターだ。人を食べる上に凶暴な性格で生半可な戦士では勝負にならないと聞くのだが。

 しかも、『ハイ』が付いている。もっと強いのでは?


「そうですね。中級冒険者でも危ないかもしれません」


「いやいやいやいや」


 死ぬ! さすがに死ぬ! 学生剣聖には荷が重すぎる!


「簡単なものばかり、という話はどこにいった?」


「イルヴィスさんならいける気がします!」


「いやいやいやいや」


 なんだその謎の信頼度は。この受付嬢は俺を殺すつもりなのか。


「もっと普通のにしてくれないか?」


「ええ? そうですか……なら、ハイトロールとかは?」


「まずハイって接頭語をどうにかしてほしいんだが……」


 俺はこほんと咳払いした。


「普通のやつで頼む。普通の仮登録の人間がこなすやつで」


「そうですか、もったいないですね……」


 残念そうな顔をした後、受付嬢は俺にこう言った。


「それでしたら、薬草集めなんてどうでしょうか?」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そんなわけで俺は薬草集めに向かった。


 帝都の近くにある大森林にはいろいろな植物が生えている。それらを採取して買い取ってもらう、というのはポピュラーな仕事のひとつだ。

 薬草は負傷を癒やす回復ポーションの作成や、さまざまな薬の原材料に使われるので需要が高い。

 薬草は自生力が強いので抜いてもすぐに生えてくる。採取を生業にする人間にとってはまさに金が生えているようなものだろう。


 だが、そう簡単に誰でもできるものではない。


 そもそも薬草は『草』でしかない。素人には普通の草と見分けるのも大変だろう。また、薬草なんて一言で呼んでいるが、それは総称でしかない。

 カールスグッド草、クリープフッド草、コルティース草など――数多くの種類がある。少なくとも代表的なものくらいは覚えておかないと、頑張って持ち帰っても実はただの雑草でした! なんてオチもありえる。


 受付嬢は簡単だと言ったが、それほど簡単な仕事でもない。

 ……薬草集めは駆け出し冒険者にとっての貴重な稼ぎとも聞く。これくらいで音を上げるようだと見込みがないのだろう。


 とはいえ、俺には問題ない。 

 なぜなら俺は学生時代『園芸委員』をしていたからだ。基本的な植物の知識はすべて覚えてしまっている。

 おかげで俺は早々に薬草のひとつ『カールスグッド草』を見つけ出すことができた。


 得意げになりそうだが、いかんいかん。……学生時代にかじった程度の知識だ。社会人のプロフェッショナルに比べれば実に恥ずかしいレベルという自覚は持っておかないとな。


 俺はカールスグッド草に近づいた。


 クラスメイトは薬草を見つけるなり力づくで引き抜いていたが――

 俺はそんなことはしない。


 園芸委員で植物の世話をしていたときにいろいろと実験をして、俺なりに薬草を引き抜くときの最適解を見つけていた。

 カールスグッド草に手を当てる。

 魔力を展開した。

 まずは魔術で引き抜く薬草に土壌にある栄養を集約する。つまり、植物を栄養素でぱんぱんに満たすのだ。引き抜いた瞬間から薬草は栄養の補給路を失う。その前にたっぷりと溜め込んでおくわけだ。

 それから薬草を引き抜くわけだが――

 もちろん、それで終わりではない。

 別の魔力を展開する。

 今度は引き抜いた薬草の表面を魔力でコーティングする。これによって水分や栄養素の脱落を防ぐ。

 ようは、これで『鮮度がいい薬草』になったわけだ。


 俺は腰につけたホルスターから立方体の箱を取り出した。

 アイテムボックスと呼ばれるものだ。この小さな箱に結構な容量の荷物が詰め込める。もちろん、無限に入るわけではない。アイテムボックスは所有者の精神とリンクするためか容量の限界は人によって異なる。

 俺はアイテムボックスを引き抜いたカールスグッド草に近づけた。

 取り込め――

 と念じた瞬間にカールスグッド草がアイテムボックスに消えた。


「よしよし」


 その後も順調に薬草集めをし、俺は冒険者ギルドへと戻った。ギルドに薬草を持っていくと買取をしてくれるのだ。

 さすがに薬草はポピュラーな代物で売買も活発なようだ。専用の買取カウンターがある。


「おいおい! この買取価格はないだろ!? もっと色つけてくれよ!?」」


「ダメですね。こんな低品質なもの、買い取ってもらえるだけでも感謝してほしいくらいです」


 冒険者たちと買取員の激しいやりとりが聞こえてくる。

 少しでも高く売りたい人間と少しでも安く買いたい人間のぶつかり合い。……う! 胃が! 胃が痛い! 人がいいんで値切るとか交渉事は苦手なんだよね……。

 そう思いつつ、俺は空いているカウンターに立つ。

 若い女性の買取員がにこやかに俺を迎えてくれた。


「買取ですか?」


「この薬草をお願いしたい」


 とりあえず、俺はアイテムボックスから1束の薬草を取り出した。


「どうだろう?」


「鑑定しますね。少しお待ち下さい」


 買取員が俺の薬草を手に取る。だんだんと作業が進むにつれて鑑定員の表情は興奮気味になっていく。動作のひとつひとつに慌ただしさが増していく。

 ……うん、どうしたんだろう?


「え、嘘……どういうこと?」


 そう独り言のように言った後、

「ええええええええええええええええええええ!?」


 周りの人間がびっくりするような声を買取員が上げる。そして、まるまると開かれた目で俺を見つめた。


「こ、このカールスグッド草、まれに見る最高品質なんですけど、どどど、どうしたんですか!?」

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shoei


文庫1巻、発売します(2022年5月25日)! 
第0章『神童、就活してニートになる』を加筆。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「元園芸部員ドラゴン」の匠の収穫… [気になる点] >「まずハイって接頭語をどうにかしてほしいんだが……」 >>では「スーパー」とか「グレート」をご所望ですか。 [一言] ここまで丁寧に…
[良い点] 普通のやつで頼む [一言] もっといい依頼を(ry
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