7.いずれ伝説となる歩み、その一歩目
「……君と話しているのを見られるとまずいのだが、どうしても伝えたいことがあってな」
俺と話しているのを見られるとまずい?
どういうことだと俺は考えたが、すぐに気がついた。
フォニックは俺に便宜を図ろうとしてくれた。言ってみれば不正だ。である以上、確かに俺との接触は避けるべきだ。
フォニックは口を開いた。
「君は結果に納得していないだろう。詳細は言えないんだが――すまない。君をかばいきれなかった」
――!?
そ、それはつまり……。
俺は感動してしまった。不合格は俺のミスなのに、それでもフォニックは謝ってくれた。そのミスを超えて、俺を合格へと導けなかったと謝ってくれたのだ!
さすがは帝都最大クランで試験官を務めるほどの男。器が大きい。
「気にしないでください。お気持ちだけで充分です。俺も反省するべき部分がありますから。この結果は仕方ないですよ」
「……!? 我々の判断を――許すと!?」
判断を許す?
マジックアローで試験官を吹っ飛ばしたのだから、当たり前だと思うのだが。
「もちろん、許しますよ。同じ立場なら、俺だって同じ判断をするでしょうからね」
「我々の立場まで理解してくれているのか……君という男、なかなか計り知れないな……。ともに戦えなくて残念だ」
フォニックが手を差し出す。
「またいずれ、君とは違う形で出会いたいものだ」
お? また便宜を図ってくれるのだろうか。ラッキー。俺から断る理由はないな。
頼みますよ、本当に頼みますよ?
「そうですね。またいずれ」
俺たちは握手をして別れた。
家に帰り着くと、妹のアリサが待っていた。
「お帰り、お兄ちゃん!」
「お前、仕事は?」
「休んだ! どうせ、そわそわして仕事にならないし!」
アリサが目をきらきらさせて俺を見ている。
そんな目で見られると、落ちましたよ! とは言いにくいな。うーん……試験が終わった後に「たぶんダメ」とは言っておいたんだが。
身内的には1ミリくらい期待してしまうものなのだろうか。
まあ、隠しても仕方がないのですぱっと言おう!
「落ちたよ」
「そっかー」
アリサは軽く受け流してくれた。顔に浮かぶ明るい表情も変わらない。
「だけどさ、気にしないでよ! わたしはね、お兄ちゃんすごく頑張ったと思ってるから!」
「そうかな?」
「そうだよ。曲がりなりにも仕事を探そうとして、採用試験まで受けたんだから。前と同じはずがない。お兄ちゃんは前に進もうとしてるんだから!」
アリサの心遣いが嬉しかった。
たぶん、アリサは俺の合格を期待して待っていたのではないのだろう。落ちてしまった俺が、1人で落ち込まないように待っていてくれたのだ。
「ありがとうな、アリサ」
心の底から俺はそう言った。
そう簡単には受からないだろうとは思っていたが、それでも「お前はいらない」と言われた事実は気持ちのいいものではない。そんなとき、誰かと話せるのは本当に助かるものだ。
「あのね、お兄ちゃん。今回の不採用って、逆にラッキーだったって思うのよね」
「そう? どうして?」
「お兄ちゃんさ、ぜーったいに『黒竜の牙』に合わないよ?」
「えええええ? 冒険者は俺に向いているって言ってたじゃなーい?」
「違う違う! 冒険者は別にいいんだけど、クランがね。最大手だけあって、あんまり自由度がなくて厳しいらしいよ」
おー! それは確かに落ちてよかったかもな!
俺、協調性ないしね!
なんだ、冒険者ってみんな自由じゃないのか。自由を求めて冒険者になるのに、組織のしがらみに囚われてちゃ本末転倒ってやつだ。
「アリサ、どこでそんな情報を?」
「え? 仕事の知り合いだよ?」
アリサの仕事――俺も詳しくは知らないのだが、冒険者ギルドと取引があるらしい仕事なので、そのツテだろう。
ちなみに、肉親なのに妹の仕事を詳しく知らないのは……その、えと、俺がニートなので気まずくて仕事関係の話をしていないからだ……。そういう話題は避けていたからな……。
「あとさ、その知り合いから教えてもらったんだけど、すごい受験生がいたそうだよ」
「すごい受験生?」
「うん。『黒竜の牙』って8星が有名じゃない?」
「そうだな」
俺だって知っている。『黒竜の牙』が誇る凄腕集団だ。
「その8星を試験で倒した人がいるんだって!」
「えええ!? 8星を!?」
心底から驚いた。そんな受験生がいるのか!?
……俺もフォニックたちをぶっ飛ばしたが、あの手応えのなさからして一般の団員だろう。
同じ『ぶっ飛ばした』でもかたや団員、かたや8星。世の中にはすごい人間がいたものだ。
「お兄ちゃんも精進あるのみだね!」
「はははは……8星を倒せるようになるなんて何年先だろうな……」
どこまでも遠い道のりだと俺は感じた。
だけど、それは悪くない目標だと思えた。ここを目指す――その意志こそが人を高みへと導いてくれるのだから。
よし、8星に肩を並べるのを目標にしてみるか!
どれくらい先になるかはわからないけど……。
「まずは業界になんとかして入らないとな。まだ冒険者ですらないし。またどこかのクランを探さないと」
「思ったんだけどさ、フリーの冒険者になったら?」
「フリー?」
「うん。クランに所属しない冒険者のこと」
そんなのがあるのか。……そっちのほうが俺には向いているかもしれないな。なんせ協調性とやる気がゼロの男だから。1人で気楽にやるほうがいい。
「そうだな。そっちで考えてみよう」
とりあえずニートは卒業できるか。
次の行動が決まったのはありがたい。やや途方に暮れていたからな……。
明日からは冒険者の登録について調べよう。
アリサが俺の右手をとってくれた。そして、満面の笑みを浮かべて言う。まるで俺を祝福するかのように。
「お兄ちゃん、最初の一歩おめでとう!」
「……ありがとう。だけど、まだまだ何も始まっていないよ」
「そうだね。でもね、わたしは始めることを選んだだけでも偉いと思うよ。一度でも立ち止まったら――また動き出すのは本当に大変だもの。でもね、お兄ちゃんは歩こうと決めて、本当に歩いてみせた。それがね、わたしには嬉しくて誇らしいんだ!」
アリサの言葉のひとつひとつが俺の心に沁み込んだ。
アリサは本当に心の底から俺を祝福しているのだろう。それだけ俺の一歩が嬉しかったのだ。逆に言えば――立ち止まったままの俺についてずっと悩んでいたのだろう。
……心配をかけたな……。
「大丈夫だよ、アリサ。俺なりにやってみるから」
「頑張ってね、お兄ちゃん。応援しているから!」
「ああ、アリサの期待に応えられるよう頑張るさ」
こうして俺の止まっていた時間は動き出した。
まだまだ本当に最初の一歩目で――それもうまく着地できたのかわからない一歩目だったけど、ともかく俺は歩き出した。歩くと決めた。
だから、俺はくじけることなく二歩目を踏み出そう。
この歩みが俺をどこに導くかはわからないけど――
きっと俺の人生にとって無駄ではないのだから。
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