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6.パワハラ会議

「378番は不採用――失格だ」


 フォニックは想像外の言葉を聞いて己の耳を疑った。

 フォニックだけではない。全員が予想していない言葉だった。誰も口を開かなかったが、会議室の空気が大きく揺れたのは確かだった。

 オルフレッドが沈黙を破る。


「どうした? 何か不満でもあるのか?」


「……不満ではなく、疑問が」


 フォニックは口を開いた。

 こんな言葉を吐くだけでフォニックは背中に冷たいものを感じてしまう。


 クランマスター、オルフレッドは決して優しい性格ではない。むしろ甘さとは対局にある厳格さの持ち主だ。生半可な質問や意見はオルフレッドの冷笑や失望を買うのが常だ。

 そもそもオルフレッドに真意を問うこと自体が無謀だ。

 オルフレッドの頭脳はとんでもなく優秀で判断に間違いはない。彼の業績がその証明になる。だからこそ今も冒険者としての頂点に立ち、これほどの大クランを運営できている。

 ゆえにオルフレッドの決定は絶対。


 フォニックが緊張するのはそれゆえだった。


 だが、それでもフォニックは口にせずにはいられなかった。試験会場で見た若者の強さと才能はたしかに本物だった。その才能を捨て去ろうとするオルフレッドの考えがまったく理解できない。


 それはこの場にいる全員がそうだろう。

 だからフォニックは質問した。もしこの場でオルフレッドに意見ができるとすれば、8星の自分かカーミラだけだろうから。


 いや、それ以上に――

 フォニック自身が納得できていなかったからだ。


「378番は間違いなく強者です。きっとクランの強力な戦力となるでしょう。なぜ不合格に?」


「あってはならないからだ」


 短く、揺るぎない響きだった。

 フォニックには理解できなかった。


「……あっては、ならない……?」


「そうだ。帝都最大クラン『黒竜の牙』が誇る精鋭、8星の2人が無名の新人ごときに打ち破られた――そんな事実があってはならない」


 オルフレッドが淡々と続ける。


「今回の試験、王族である第三王女フレアさまがご観覧されていた。我々を力と頼む王族の前でそんな情けない事実を認めることができるか? 最強である我々『黒竜の牙』にそれは許されない。よって、そんな事実は『あってはならない』のだよ」


 フォニックはオルフレッドが言わんとしていることを理解した。

 一言で言えば『組織としてのメンツ』だ。

 くだらないプライド――そう簡単に笑えるものではないことをフォニックは知っている。ナメられてはいけない、という指針は社会において確かに有用なのだ。

 人も組織も印象が全てなのだから。


「すでにフレアさまには不正があったと報告している」


 会議室に動揺が走った。

 本当にオルフレッドは敗北の事実を消し去ろうとしていたのだ。この状況で378番を合格させることはできない。

 フォニックは頭で理解していた。王族からの信頼を守ることと、優秀な若手を採用すること。オルフレッドは組織を守るために前者をとった。その考えは――正しいかどうかは別として『あり』だろう。

 だが、それでも。

 フォニックは言葉を重ねずにはいられない。なぜなら、彼が見た才能の輝きは本物だったから。


「し、しかし!」


「フォニックよ、であれば問おう」


 オルフレッドは淡々とした声で言う。


「ふらりと現れた新人にあっさり負けた。本当に実力で負けたのかね? 私にはそう思えないが?」


「……武人として言い訳はしたくありません。私は確かに負けました……」


「なるほど、立派だ。武人としての誇り、大いに結構。だが、我々には守らなければならないものがある。帝都最大最強クランとしての誇りがな。それは君のものよりも重い。では、謎の新人にあっさり負けた8星の君に問おう。どう責任を取るつもりかね?」


「……責任?」


「そうだ。8星とは我がクランを代表する最高戦力だ。それが新人に負けた。そんな事実は『あってはならない』。なので、私は君を守るために378番の実績を抹消した。君を守るために。だが、君は自分ではなく378番を取れと言う――」


 オルフレッドはこう続けた。


「寛大な私はそれを認めよう。ならば、君はどう責任を取る? 378番が間違いではないとするのなら、8星である君が間違えていることになるのだが」


 即答できないフォニックにオルフレッドがさらに言葉を重ねる。


「このままだと君は8星失格となるな。8星の座を返上するか? いや、出ていくか、このクランを?」


 フォニックは奥歯を噛んだ。

 なら辞めてやる! とフォニックには簡単に言えなかった。

 フォニックにも『黒竜の牙』で積み重ねた年月がある。信頼できる仲間たちもいる。8星に選ばれた日の興奮は今でも思い出せる。

 そんなものを投げ出せるはずがない。


「わ、私は――!」


 何かを言おうとしたが、フォニックの喉は息が詰まったかのように音を発さなかった。


「く……!」


 フォニックは胸に苦しいものを感じた。どの言葉を口にすればオルフレッドは納得するのだろうか。すべてが丸く収まるのだろうか。

 沈黙が、部屋を包む。

 それを破ったのはオルフレッドの声だった。


「……実力で負けたのかね? 全身全霊を尽くして負けたのかね? 本当に君ほどの使い手に勝機はなかったのか? フォニックよ、私にはそう思えないのだがな?」


 オルフレッドは救いの手を差し出してくれた。フォニックはそれを理解した。そして、それを逃せばもう後がないことを。


「……い、いえ……まだ、実力で負けたわけでは、ありません……」


「そう、それでいい。378番を捨てて終わりだ」


 満足気にうなずくと、オルフレッドは沈黙を保っていた女魔術師カーミラに視線を送る。


「カーミラ、お前はどうかな?」


「……もちろん、オルフレッドさまの意を尊重いたします。すべては『黒竜の牙』のために」


「よろしい。諸君らも異論はないな?」


 オルフレッドの言葉に返事をするものは誰もいなかった。


「では、この件については終わりだ」


「……申し訳ございません。ひとつだけ教えていただきたいことが」


 フォニックは口を開いた。反論も疑問も言うつもりはなかったが――どうしても最後にひとつだけ確認したいことがあったから。 


「何かな?」


「378番がいずれ大成し、この『黒竜の牙』をも凌駕りょうがする未来がありはしないでしょうか?」


「はっはっはっはっは!」


 オルフレッドは大笑いした後、こう続けた。


「ない。どんな偉大なる才であろうと、個は組織に勝てぬ。その男がどれほど力を積み上げようと、私が作り上げた『黒竜の牙』に対抗できるなどあるはずもない」


 これにて、378番――イルヴィスの不採用は確定した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 試験から数日後、俺は合否発表を確認するため家を出た。

 合格した受験生の番号が『黒竜の牙』本部の入り口に貼り出されているらしい。


『黒竜の牙』本部は――かなりデカい。


 帝都でも王城に次ぐ大きな建物で、見上げてしまうほどだ。もちろん、大きさだけではない。建物から伝わってくる格式とか品格も王城と同じくらいすごい。

 要するに立派な建物ってことだな。

 さすがは帝都最大クランの本部。もし合格したら、こんな場所で働けるのか……。

 合格したら、だけど。

 そんなことを思いつつ掲示板を覗くと、案の定――


 俺の受験番号は掲示されていなかった。


 掲示板の末尾には『応募いただいた皆さまの、今後の活躍をお祈り申し上げます』と書かれている。

 万が一の可能性を信じてきたのだが、やっぱり結果は変わらないか。


 ……魔術の試験で試験官を吹っ飛ばしてしまったんだから仕方がない。心象も悪いだろう。威力を見せつけて俺SUGEEEEE! なんて喜んでいるのは学生のうちだけだ。社会人として超えちゃいけないラインってのは守らないとな……。


 就職本にも書いてあった。『学生時代のノリが続くとは思うな。みんな命がけで仕事をしている』と。

 俺はまだまだ甘いなあ……。

 さて、帰るか――

 俺が人だかりから離れて歩き出すと、誰かが俺に話しかけてきた。


「少しいいか」


 振り返ると、そこには青い髪の優男が立っていた。


「あなたは――」


 確か、流星の剣士フォニック。

 妙なのは魔術師のようなローブを羽織っていて、フードをかぶっていることだ。近くで見なければフォニックだと気づけないだろう。


「……君と話しているのを見られるとまずいのだが、どうしても伝えたいことがあってな」

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― 新着の感想 ―
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[気になる点] オルフレッド「無惨とは何だ、無惨とは!!」
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