54.元神童、隕石すらもどうにかしてしまう
イー・チェルニにはお帰り願ったが、まだ問題は残っている。
頭上の隕石だ。
おそらくあと数分で地表に着弾するだろう。俺がどんなに速く走っても隕石の爆撃範囲から逃れることはできない。
「イルヴィスさあああああああん!」
フィオナが俺の名前を呼びながら走り寄ってきた。
「勝ったんですか!? 勝ったんですか!?」
「ええ、まあ、なんとか」
「すごいですよ!」
「そうですかね?」
実際、本当にすごいのか俺にはあまりわからない。なぜなら、イー・チェルニがどれほど強いのか不明だからだ。そいつ以外はただのスケルトンやゾンビばかりだったし。門を閉じたのだって、別に赤い宝石を持っていれば誰でもできるんじゃないかな……。
「まあ……でも勝利の余韻に浸るのは早いですよ。目下のところ、我々はまだ死にそうですから」
俺が空に指を向ける。
つられてフィオナは顔をあげて――
「え、え、えええええええええええええ!? なな、なんですか、あれ!? え!?」
「どうやら、どこかの誰かが緊急事態だと知って隕石を落としてくれたそうです」
「ええええええ、いらないお世話!」
「そうですね、まったく」
「もう逃げるってレベルじゃない感じもしますけど、どどど、どうするんですか、イルヴィスさん!?」
「なんとかなりますから、任せてください」
そう言って、俺は空を見上げた。
隕石はそこまで迫っている。
……ま、これくらいでいいか。
俺は赤い宝石を隕石に向かって掲げる。
さっき、俺は宝石の力を解析して、閉じる力を発動させた。今度は逆――開く力を発動する。
「門よ、開け」
俺の言葉と同時、ギン! と金属的な音ともに再び門が開いた。
上空から落ちてくる隕石と相対する形で。
俺の狙いは単純。
あの門の中に隕石をぶち込もうという算段だ。あっちの世界に被害は出るが――まあ、イー・チェルニの話によれば死なないらしいから別にいいだろう。
これがうまくいくかはギャンブルだが、俺には自信があった。
なぜなら、俺が放ったマジックアローは見事に吸い込まれたからだ。やや論拠が荒っぽいのは認めるが、これしかすがる方法がないのも事実だ。
さて、どうなるのか。
隕石と門が激突する。
かくして――
すべては俺の想定通りにことは動いた。
ずずずずと隕石が門の中へと埋まっていく。それは実に不気味な光景だった。遠くから見れば、門という地平線に隕石という太陽が沈むような感じだろうか。
「すごい! すごい! イルヴィスさん! 何が起こっているのかよくわかりませんけど、なんだかすごいです! こんなの見たことありません!」
「俺もないですねえ」
やがて、隕石はすっぽりと門の中へと消えた。
終わった――
今度こそ、本当に終わった。
「閉じろ」
赤い宝石に意思を込める。同時、再び門がガラスのように砕けた。
残ったのは俺たち2人と静かな夜の林だけ。月から降り注ぐ柔らかな光が闇をほんのりと照らしている。
5人組に襲われる前以来の、静かな時間だ。少ししか経っていないと思うんだが、ずいぶんと長く感じるな――実質6日間くらい慌ただしかった気分だ。
やれやれ、勘弁して欲しいね。
フィオナが口を開いた。
「……今度こそ助かったんですかね、イルヴィスさん?」
「今度こそ終わりましたよ、フィオナさん」
「おおおおおおおおおおおおおお! やったあああああああああああああ!」
フィオナが両手を上にあげて大声で喜んだ。
……それだけ怖かったんだろうな。依頼主が喜んでくれている姿を見て、俺は素直に気分が良かった。
「もう心配しないでも大丈夫ですから」
俺がそう言ったときだった。
ぱきり。
何かがひび割れる音がした。音の出元は俺の左手。握っている赤い宝石を見ると、大きな亀裂が入っていた。
「ああ!」
フィオナが驚きの声をあげる。
亀裂は次々と広がっていき、あっという間に全体を覆う。その直後、まるで破裂するかのような勢いで宝石が砕け散った。
文字通りの木っ端微塵になり、赤い粒子がキラキラと闇の中で踊っていた。
「砕けちゃい、ましたね……」
「はあ……すみません、フィオナさん……」
たぶん、門を閉じたり開いたりとやりすぎたんだろうなあ……。フィオナの研究対象なのに壊してしまうなんて。
「いえいえいえいえ! そんなの大丈夫ですよ、イルヴィスさん! 死ぬかと思いましたけど、助けていただいたんですから! とても感謝しています!」
「だったらいいんですけどね……」
「それにね、もうあれの研究とか無理ですから。あんなおっかないもの、持ち帰るわけにはいきませんし。そういう意味では壊れちゃってよかったとも思います」
「なるほど」
確かにそういう考え方もあるか。
「じゃあ、解決ということで」
「そうですね!」
「フィオナさん、少しでも寝た方がいいので、どうぞ眠ってください。俺は見張りしておきますから」
「いやいや! もう今日はいいですから! イルヴィスさんも眠ってください!」
「大丈夫、1分刻みで起きたり眠ったりしてますから」
「だから! それ無理がありますって!」
「え、普通だと思うんですけどね?」
そんな感じで、俺の護衛任務は終わったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだ、あれは――」
しばらく言葉を失った後、トラバスはこう続けた。
「何が起こったのだ!?」
理解できない光景だった。トラバスの発動したメテオ・フォール――隕石がいきなり消えたのだ。
(……何か妙なものに吸い込まれたようにも見えたが――)
そこまで考えて、トラバスは恐ろしい結論に達した。
(まさか、冥界への門を開いて、そこに叩き込んだのか!?)
トラバスは背筋に冷たさを覚えた。
信じられない出来事だ。だが、目の前に起こったことを説明するにはそれしかない。隕石に向けて門を開き、隕石を処理した後、門を閉じた――
つまり、ターゲットは『冥府の目』の力を自由に操る技術を持つのだ。
そんなことが可能なのか!?
トラバスは驚愕を禁じえない。魔導具を作ること――使うことに関しては超一流のトラバスが3年研究してもその領域にはたどり着けなかった。
その技術を、持っている人間がいる!
己をはるかに超える存在に、トラバスの胸は苦い感情に染まっていた。
その感情を奥歯で噛み殺し、トラバスはぼそりと言った。
「……戻るか」
隣に立つユーリが、意外そうな目でトラバスを見る。
「……!? 戻る、ですか? 『冥府の目』はどうするのですか?」
「諦める」
きっぱりとトラバスは言い切った。
「手が出ない、というべきだろうな。相手は我々の力量をはるかに超えている」
息を呑むユーリ。
淡々とした口調でトラバスは続けた。
「開いた冥界との門を閉じ、さらには落ちてくる隕石まで対処してしまう。間違いなく化け物だよ」
そもそも、隕石落としという最強のカードまで対処されているのだ。
こちらに打てる手など存在しない。
「それに、もう『冥府の目』は存在しない可能性の方が高い」
トラバスはレーダーに目を落とした。
さっきまで輝いていた『冥府の目』を示す光点がきれいさっぱり消えている。力を使い果たして宝石そのものが消滅してしまったのだろうか。
「早々に帰還してオルフレッドさまに報告するしかあるまい」
「……回収に向かわせた5名は待たないのですか?」
「状況は不明、ただし、相手の力量は特Sランク。この状況で生死不明の部下を待つ選択はない。真夜中だが、急ぎ離れるべきだ。あいつらは死んだものと思え。もし生きていれば自力で戻ってくるだろう」
「……今回の件、報告が難しいですね」
「そうだな。だが、あちらに行けば間違いなく殺される。それほどの使い手があの場所にはいる」
トラバスは小さくため息をつく。
3年間、技術開発にかけた時間とコストを思えば、とてつもない打撃だろう。すべては『冥府の目』を実運用できる見込みのもとに湯水のように使われたのだから。
オルフレッドの機嫌はさぞかし悪くなるだろう。
それを思うと胃が痛い。
「殺されるくらいなら叱責されたほうがマシだよ。少なくとも、怒られても殺されはしないからな」
そう言うと、トラバスは旅の支度をするため、きびすを返した。
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