5.元神童「俺の魔術の威力がおかしいって――」
……やっちまった……。
俺は真っ青になっていた。機嫌よく終わってもらうどころか、これ完全にアウトじゃん。試験官を思いっきり吹っ飛ばしてしまうなんて……。
フォニックも吹っ飛んでたけど、あれはフォニックの演出だからなあ……。
「いったー……」
壁に叩きつけられたカーミラは気を失っていなかった。
それでもダメージは深刻なようで顔は痛みに歪み、右手はだらりと垂れ下がっている。美人のそんな様子を見ると実に申し訳なく思う。
「カーミラさま、大丈夫ですか!?」
試験官の言葉に小さくうなずいたカーミラは、こちらへ戻ってくると俺の前に立つ。
「君、やるじゃないのさ?」
カーミラの声は意外としっかりしていたが、ダメージは隠しきれない。
「……あの、本当にすみません……」
「的はもちろん――わたしのハード・プロテクションまで砕いてしまうなんてね。威力がおかしいにも程があるわ」
「俺の魔術の威力がおかしいって……強すぎって意味ですよね?」
「ええ、そうよ」
やっぱり強すぎたか……。制御ができないことを大幅に減点する、そういう意味だろう。社会人は『ちょうどいい』ができなければならない。出る杭は打たれるのだ。やりすぎは評価されない。
「ねえ、あなたの受験番号を教えてよ」
……もちろん、俺はそれが何を意味するかよくわかっている。
こんなことをしでかしたのだ。落第させるためだろう。だが、仕方がない。試験してくれた相手を怪我させてしまったのだ。文句を言う筋合いではない。
「……378番です……」
「378番ね」
繰り返した後、カーミラが俺の顔を覗き込んだ。その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。まるで俺を値踏みするかのような。
「あなたの申込書、ゆーっくり見させてもらうわ」
「は、はい……」
お・ぼ・え・て・い・て・ね?
と言われたようにしか聞こえない。やっちまったなあ……。せっかく、流星の剣士フォニックがアシストしてくれたというのに。
そんなわけで、俺の試験は終わった。
「ありがとうございました」
俺はカーミラと試験官に頭を下げると、とぼとぼと会場を後にする。
初めての就職活動はどうやら失敗に終わったようだ。妹のアリサにどう説明したらいいのやら……。ま、もともと受かればラッキーだと思っていたくらいだ。あんまり深刻に考えないでおこう。
だけど、帝都最大クランへの入団かー……ふいにするには惜しかったなー……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
全試験が終わった後――
流星の剣士フォニックは大会議室へと入った。
ここには試験官として参加した『黒竜の牙』の全メンバーが顔を揃えている。試験結果をまとめ、誰を入団させるか決めるためだ。
合否の検討――試験の最後を飾る大きな節目だが、いつもは特に盛り上がらない。
さほど議論する内容がないからだ。
帝都最大クランである以上、入団するにはそれなりの実力や才能が求められる。なので、ほとんどの選出は『前評判どおり』の結果となる。
よって試験お疲れ様ムードの中、粛々と進行するのが『いつものこと』だ。
だが、今回は違う。
明らかにいつもとは違う空気が漂っているのをフォニックは感じた。
一枚の紙が次から次へと試験官たちの手から手へ流れていく。その紙がなんなのか――フォニックには容易に想像できた。
378番――フォニックを打ち負かした男の申込用紙だろう。試験官たちの目が、フォニックに声をかけたそうにちらちらと動いているのだから間違いない。
フォニックは特に反応を示さず、空いている席に座った、が――
「おい、フォニック。災難だったな?」
隣に座る古参メンバーが話しかけてくる。
「……ああ、そうだな」
「うっかり加減しすぎたのか?」
そう疑われるのも無理はない。
フォニックは帝都最大クラン『黒竜の牙』に所属する8人の最高戦力『8星』の1人なのだ。それがぽっと出の謎の新人にボコられたとあっては簡単に信じられないだろう。
強がってもよかったが――
「いや、本気だったよ」
そう、本気だった。
流星の剣士フォニックは己のすべてをぶつけて――無様に敗北したのだ。
そして、もう1人の8星もまた。
がちゃり、とドアが開いた。
全員の視線がそちらを向く。
赤い髪の女魔術師カーミラが入ってきた。いつもと違うのは、右腕を包帯で首から吊り下げていることだ。378番の魔術を受け止めようとして果たせず、カーミラが負傷した噂はフォニックも知っている。
回復魔法は存在するが、かければどんな傷でもたちまち治る! そんな便利なものではない。あくまでも傷を塞ぐ――応急処置の側面が強い。本質的なダメージはしっかりと残るため、カーミラの右腕が完全に回復するにはまだ時間が必要だ。
逆に言えば――
回復魔法で治る程度の浅い負傷ではすまなかった。
「それ、378番のよね?」
カーミラは試験官の1人が持っている紙をさっと奪い取ると空いている席に座る。
その紙をじっと眺めながら――
カーミラが美しい眉をひそめる。
何が書いているか知っているフォニックにすれば、彼女の考えていることが手にとるようにわかる。
職業欄に『ニート』としか書いていないのだから。
そんな謎の人間に『黒竜の牙』が誇る8星の2人があっさりと敗北した。
カーミラが読み終わった378番の申込用紙をテーブルに置く。
試験官の1人がカーミラに声をかけた。
「カーミラ、腕をやられたお前としてはどう思ってるんだ?」
「……あのね。この怪我は調子に乗ったわたしが悪いだけだから。試験官として下す評価に影響はないから」
「じゃあ、どう評価したんだ?」
「採用に決まってるでしょ? あれを逃す手はないわ……でしょ、流星の剣士さん?」
「そうだな」
いきなり話を振られたが、フォニックは冷静な口調で応じる。慌てるはずがない。その答えはフォニックの中で出ているのだから。
流星の剣士の剣に反撃し――
紅蓮の魔術師のシールドを打ち破る。
2つのことを成し遂げた以上、その結果は決してまぐれではない。いや、実力主義である冒険者の世界で、一瞬の油断が命取りになる世界で、まぐれなど存在しない。
あのイルヴィスという男は実力で8星の一角を打ち破ったのだ。
今までは遠慮があったのだろう。敗北したカーミラとフォニックが認める趣旨の発言をしたことで空気が緩み、試験官たちの会話が活発になった。
「やっぱり378番は規格外だな」
「合格だろう」
「オルフレッドさまと戦ったらどっちが強いんだろうな?」
それはフォニックにも興味のある話だった。
『黒竜の牙』のクランマスターにして、剣聖と賢者の両方の力を兼ね備える偉大なる冒険者。剣魔の双方を操るという点でも似通っている。
(……まあ、さすがにオルフレッドさまの足元には及ばないだろうがな……)
それから試験官たちの会話はさらにヒートアップ、378番vsオルフレッド談義へと移行した。
しかし、緩んでいた大会議室の空気は――
一瞬にして鎮静化する。
ドアを開けて、当の本人クランマスターのオルフレッドが姿を現したからだ。
五〇代に差し掛かってもなお『黒竜の牙』の、いや、帝都最大の戦力と評される存在。今でも充分に強いが、それでも全盛期よりは衰えているらしい。
二〇の半ばで『黒竜の牙』を引き継ぎ、すでに30年近くトップとして君臨している。
実力も、肩書も、功績も。
その全てが途方もない。生きる伝説のような人物だ。
水を打ったかのように静まった部屋にオルフレッドの足音だけが響く。オルフレッドは席の前に立つとフォニックたちを見下ろして口を開いた。
「諸君、ご苦労であった」
その言葉に、全員が頭を下げる。
それは社会人のマナーとしてではなく――心の底からの服従だった。オルフレッドの言葉にはそれをさせるだけの重さがある。
圧倒的なカリスマ――威圧と迫力がその言葉に宿っていた。
オルフレッドは席につき、話を切り出す。
「さて、会議を始めよう」
いつものとおり、会議は淡々と進んだ。合格するだろうと思われた冒険者は合格し、それ以外のその他大勢は不合格となった。
会議が終盤に差し掛かった頃、意を決して試験官の一人がオルフレッドに問う。
「……あの、378番をどうしますか?」
「378番?」
誰のことだと言わんばかりにオルフレッドは首をひねった。
「……えーと……」
試験官は口ごもって視線をフォニックに向けた。フォニックを打ち負かした受験生だ――と言いたいが、フォニックへの遠慮があるのだろう。
フォニックは試験官に目配せし、口を開いた。
「私とカーミラを打ち負かした受験生です」
「ああ、彼か」
思い出したかのようにオルフレッドは言った。
そして、こともなげに続ける。
何を当たり前のことを尋ねる、そんなことを決まっているじゃないか?
まるでそんな口調で。
「378番は不採用――失格だ」