47.追うものと追われるものと
何も問題はない――
そう言い切ったトラバスだったが、問題しかなかった。
第一の隠し部屋に入りつつ、隣を歩くユーリに自信たっぷりにトラバスは語った。
「どうやら何者か運のいいものが隠しドアに気づいたようだが、心配はいらない。ここには3重のトラップが仕込まれている。第1が宝箱。第2が宝箱に仕込まれた爆弾。第3が壁に偽装した幻影の魔術。爆弾で死ぬか、宝箱の中身に満足して戻るか――いずれかがオチだな」
「……。宝箱が開いていて、さらに隣の部屋への出入り口も丸見えですが――大丈夫でしょうか?」
「ええ!?」
トラバスは部屋を見る――確かにユーリの言う通りだった。
しばらく額に手を当てて、感情を押し殺してからトラバスは口を開いた。
「どうやら、なかなか観察眼に優れた侵入者のようだな――だが、問題ない。さらに罠は用意してある」
今度は自信があった。
なぜなら――
「この魔導具作成のプロであるトラバスが作り出した強力なゴーレムが守っている部屋だからな! 今までのような幸運だけではどうしようもない!」
絶対の自信を持ってトラバスは隣の部屋に行き、思わず言葉を漏らした。
「ふぬあ!?」
木っ端微塵になったゴーレムの残骸が床に転がっていた。奥のドアは開いている。
「……どう見ても、突破されていますね……」
「……そ、そんなバカな!?」
トラバスは信じられない気分だった。トラバスの作り出すゴーレムはそこらへんのものとは性能が違う。それを打ち倒してしまうとは!
トラバスは胸に手を当てて大きく息を吐いた。
「どうやら、突破されたのは事実のようだな……」
奥のドアを通り、転送陣がある最後の部屋へとたどり着く。
ここまで来て、転送陣を使わずに帰ってくれた――と考えるほどトラバスは楽観的ではない。
「だが、まあ、それもここまでだ。なぜなら、転送陣の向かう先は遺跡の最深部。出てくるモンスターは、私のゴーレムを超える強力なものばかり。8星であるこの私と、『黒竜の牙』の精鋭たちがいてようやく突破できるレベルだ。不埒な侵入者は今ごろ屍となって己の不用意な好奇心を悔いていることだろう……」
トラバスたちは転送陣を使って遺跡の最深部へと転移した。
そして、しばらく歩き――
「あそこに転がっているのはハイ・ミノタウロスの死体では?」
「――!?」
牛頭の巨体がそこに転がっていた。真っ黒な筋肉を、吹き出した己の血で真っ赤に染めて。
「な、なん、だと……!?」
「かなりの使い手のようですね」
ユーリの懸念する通りだった。トラバスたちが進んでいくと、次々とモンスターの死体が転がっている。どれも鮮やかな手並みで、明らかに『一蹴』しているのがよくわかる。
トラバスは動揺した。
「バ、バカな!?」
「……いえ、現実のようですね。ともかく『冥府の目』を見にいきましょうか」
「そう、ですな」
だが、トラバスは嫌な予感がしてならない。
『冥府の目』へと至る道に、次々とモンスターの死体が転がっている。それはすなわち、侵入者たちは一直線にこの経路を突き進んだことを意味する。
(……『冥府の目』を狙っていたのか!?)
それしか考えられない。
誰が――いや、これだけの手口だ。個人レベルのはずがない。ならば国家レベルか。どこの国だ? そして、なんのために? どうやって?
さまざまな考えがトラバスの頭をぐるぐる回る。
そして――
『冥府の目』を安置してある部屋にたどり着き――
「おおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!」
トラバスは思わず絶叫してしまった。
祭壇に安置していた赤い宝石――『冥府の目』がなくなっているのだ。
「……どうやら、奪われてしまったようですね……」
ユーリがトラバスの横で厳しい目をしている。
トラバスは顔面を押さえた。
「ぬ、ぬおおおおおお……!」
とんでもないことが起こってしまった。3年だ。ただ3年待ったのではない。あの『冥府の目』を持ち出すために――魔導具として利用するために、さまざまな技術研究が行われた。そこで投じられた膨大なコストが無駄になってしまう。
いや、無駄になどできない。
そんなことをオルフレッドに報告などできない!
「許さんぞ……絶対に許さん……このトラバスを――いや、『黒竜の牙』のものに手を出したことを必ず後悔させてやる!」
「どうするのですか?」
「奪い返す」
あっさりとトラバスは答えた。感情はだいぶ落ち着いてきた。何を為すべきか整理できてきたので、いつもの冷静で明晰な頭脳が戻ってきた。
「……そもそも放置もできない。なぜなら、外の世界で瘴気を吸えば、あっという間に冥府への門が開いてしまうからな……」
そうなればとんでもない被害が周辺にもたらされるだろう。
トラバスたちが開発した『外に持ち出す技術』を相手が持っている――その考えは楽観的すぎるだろう。冥府の門が開くのだけは絶対に避けなければ。
「どうやって相手の居場所をつかむのですか?」
「……ふふふ。強力な魔導具を探し出すのにふさわしいアイテムがあるのだよ」
そう言って、トラバスは網目の線が緑色の画面に入った、円形の装置を取り出した。
「このレーダーを使うと、登録しているマジックアイテムが探せるのだ。『冥府の目』は強大な力を秘めたアーティファクトだ。かなり遠方でも捕まえられるだろう」
モンスターの死骸の様子からして、それほど遠くのはずがない。
トラバスがスイッチを入れる。緑の画面に現れた光点を見るなり、口元に笑みが浮かべた。
「どうやら奪われたのはごく最近――まさにタッチの差のようだな。ずいぶん近くにいる。急ぎ戻ればなんとかなるかもしれない」
「そうですか……なら急ぎましょうか」
「そうだな、だが、急がなくてもいいかもしれない」
そう言って、トラバスはくくくくと喉の奥で笑う。
「どういう意味ですか?」
「あの宝石はな、亡者を引き寄せて、さらに不幸を呼び寄せる。我々が追いつく頃には死体になっている可能性は高いぞ?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺たちは赤い宝石を手に入れた後、とりあえず今日は休みを取ろうというわけで遺跡近くで宿を取ることにした。
宿に向かって歩いているときのことだった。
通り道にある広場には大きなポールが立っていた。なんのためにそんなものが建てられているのか、旅人である俺にはわからないが、どうやら地元の人間の待ち合わせ場所によく使われているらしい。
そんな人だかりを横目に見ながら通り過ぎようとしたとき。
ギギッと耳障りな音がすると同時――
ポールの辺りから人々の悲鳴が聞こえた。
「危ない!」
そんな声が俺たちに投げつけられる。
反射的にそちらを見て、俺の心臓がひとはねした。半ばでへし折れたポールが倒れてきているのだ。
その影の下にいるのは――
俺ではなく、フィオナ!
異変に気づいたフィオナは、だが、足がすくんで動けないのか、目を丸くして固まっている。
俺は短剣を引き抜くと、柱の下へ飛び込んで一閃した。
キィン!
俺の切り払いを喰らうと、鋭い音を響かせて柱が横に転がった。
「あ、ありがとう、ございます、イルヴィスさん……」
固まったまま、口だけ動かしてフィオナが礼を言う。
もちろん、護衛の仕事の一環なので問題ないが――こんな絶妙のタイミングでいきなり柱がへし折れるものだろうか。
……まあ、不運だと言えばそうなんだが……。
俺は納得できない感覚に首を傾げた。
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