46.元神童、アリシット遺跡の奥で『謎の宝石』を見つけてしまう
足元で輝く、目のくらむような閃光が終わり――
俺たちは視界を取り戻した。
部屋にいるのは間違いないが、さっきの部屋とは明らかに違う。あと、足元にあった大きな魔術陣もきれいさっぱり消えている。
フィオナが口を開いた。
「ええと、何が起こったんでしょうか……?」
「そうですね、おそらく『飛ばされた』んだと思います」
「飛ばされた?」
「さっきの魔術陣は転送陣だと思います。中に入った人間を特定の場所に飛ばすんですよ」
「え、そうなんですか……す、すみません……! わたしが不注意で入ってしまったばっかりに……!」
「いや、俺も護衛なんだから、注意するべきでした。気が回らず申し訳ありません」
……ともかく、起こってしまったことは仕方がない。
ここから脱出しなければならない。
「どこをどう行けばいいんでしょうね?」
困った様子でフィオナが首を左右に振る。部屋の四方から道が伸びている。
「……そうですね……」
俺は、うーん、と考えてから、1本の道を指さした。
「あっちで」
「どうしてですか?」
「なんだかよくわからないんですけど、強いオーラを感じるんですよね」
「……なんだかよくわからないんですけど、普通、強いオーラを感じたら避けませんか?」
「そうなんですけどね――」
うーん、と考えてから俺は答えた。
「他に手がかりもありませんから。とりあえず、そっちに行ってみましょう。危なくなったら逃げればいいだけですから」
そんなわけで、俺とフィオナは『強いオーラを感じる方角』へと歩き出した。
途中、広間に出たときだった。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
俺たちを見るなり、広間のモンスターが興奮の声を上げた。
まるで墨でも塗ったかのように真っ黒な、筋肉質な肉体をむき出しにした半裸の人型モンスターだ。頭は牛で、両手で大きな斧を持っている。
「イイ、イルヴィスさん!? なんか強そうなのが出てきましたよ!?」
「大丈夫、下がってください」
牛頭が猛然と俺たちに襲いかかってきた。渾身の力を込めて、両手で持った斧を俺に振り下ろしてくる。
俺は引き抜いた短剣であっさりそれを弾いた。
牛頭が態勢を崩した隙をつき、一気に短剣で斬撃を叩き込む。……えーと、10発くらい?
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」
身体中から鮮血を撒き散らしながら牛頭は絶叫し、そのまま後方へと倒れて動かなくなかった。
俺はフィオナに振り返った。
「ね? 大丈夫だったでしょう?」
「……イ、イルヴィスさんって、強いんですね……」
「うーん、どうなんでしょうね。相手が弱いだけの気もしますが……」
そんなわけで、俺たちは再び進み始めた。
途中でいろいろなモンスターが出てくるが、何も問題ない。俺が順番に退けていく。
歯応えがない――弱いモンスターで助かった。どこに飛ばされたのかはよくわからないが、さっきまでいた層と同じ浅層なのだろう。これが深層だったら間違いなく危なかった。
「フィオナさん、そろそろ『強いオーラ』が近づいてきました」
「え、そうなんですか!?」
「はい。そこの部屋ですね」
俺たちは部屋に入った。
その部屋は今まで歩いてきた場所とは雰囲気が違っていた。赤いタペストーリや絨毯によって飾り付けられていて、荘厳な印象がある。
そして、部屋の中央には大きな祭壇があり――
そこに真っ赤な宝石が置かれていた。
……うーん、なんか知らないが、あの宝石から『強いオーラ』を感じるぞ。
「すごい宝石ですね、イルヴィスさん」
フィオナが宝石をまじまじと見つめている。
「……ええ、そうですね」
「これ、持ち帰ってもいいんでしょうか?」
「宝箱のときにも話しましたが、ダンジョン――遺跡もですが、アイテムは発見者のものなんですよ。なので、フィオナさんが持ち帰りたいのなら、それでも構いませんが……」
「持ち帰るべきな気がするんですよ。わたしは何も感じないんですけど、イルヴィスさんは強いオーラを感じるんですよね?」
「ええ、まあ……」
「イルヴィスさんほどの人が感じる謎の力! なんかですね! 学術的な世紀の大発見って感じがするんですよ!」
俺を振り返ってそう力説した。
え、俺のガバガバな直感を評価しすぎではないだろうか?
……ただ、まあ、もしフィオナの目に金のマークが光っていたら止めようという気にもなるのだが、おそらくは純粋にそう思っているらしい。ならば、しのごの言うのはお門違いだろう。クライアントの要求を叶えるのも仕事のうちだ。
「わかりました。じゃあ、フィオナさん、回収してください」
「はい!」
フィオナは慎重な様子で赤い宝石を手に取ると、肩掛けカバンの中に入れた。
「できました!」
「移動しましょうか」
「……問題はどうやって戻るかですね」
「とりあえず、あそこに行ってみましょうか」
俺が指差した部屋の奥、祭壇の向こう側には魔術陣があった。ぱっと見、さっきと同じ術式で組まれているようなので、おそらくは――
「転送陣です」
「どこに飛ばされるんですか?」
「わかりませんね」
「えええ!? そ、そんな!? 適当に飛んでしまって大丈夫なんですか!? 迷子になってしまいますよ!?」
「フィオナさん、忘れているようですが――」
俺は一拍の間を開けてから続けた。
「俺たちはもう……迷子になっているんですよ」
「あ!?」
そんなわけで再び飛んでみるのもいいだろう。さっきの場所からこっちに飛んでくる転送陣があったのだ。逆向きに飛ぶ転送陣があってもおかしくない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トラバスは部下たちを引き連れて、上機嫌な様子でアリシット遺跡を歩いていた。
(……ふふふ、もうすぐだ。もうすぐ『冥府の目』が手に入る!)
あの規格外の力を組み込んだ魔導具――その製作を思うだけでトラバスは気持ちが良くなる。
もうすぐだ。もうすぐ、その夢のような日々に手が届く。
隣を歩く、オルフレッドの愛娘ユーリが口を開いた。
「……楽しそうですね」
「ふふふ、やはり仕事柄、どうしても胸が弾む。子供の頃、新しいおもちゃを手に入れた気分を思い出すな」
あまり感情を表に出さないトラバスだったが、自覚できてしまうほどに浮かれている。思わず饒舌な口調で喋り始める。
「もうすぐだ、ユーリ。そこの部屋に隠し部屋があってね。そこから最奥直通の転送陣を使えるんだ」
トバラスたちは『そこの部屋』に入った。
同時、トラバスの口から間抜けな声が漏れる。
「へ?」
厳重に封印されているはずの、隠し部屋の入り口が開いていた。
(……え、そんな、バカな? 誰かが、気づいたのか?)
背筋に冷たいものを感じながら、だが、トラバスは首を振った。
そんなトラバスにユーリが尋ねる。
「……何かあったのでしょうか、トラバスさま?」
トラバスは即答せず、己を落ち着かせた。
(何も問題など起こっていない――起こっているはずがない。誰か運のいい奴がいただけだ。転送陣まで2重3重のガードを用意してある。たどり着けるはずがない)
余裕を取り戻したトラバスは、ユーリににこやかな笑みを浮かべて言った。
「何も問題はない。先に進むとしよう」
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