43.アリシット遺跡に隠された秘密
トラバスは豪華な内装の馬車に乗って移動していた。
目的地はアリシット遺跡――アイテム『冥府の目』を入手するためだ。
トラバスの対面には銀髪の若い女性、『黒竜の牙』を統べるオルフレッドの娘ユーリが座っている。父親と同じく冷たい雰囲気をたたえた若い女性だ。
オルフレッドは「私の娘だからと言って甘やかす必要はない。足手まといであれば捨ておけ」などと言っているが、もちろんトラバスは言葉通りに理解していない。
大切に、丁重に扱うつもりだ。
預けられた宝石に傷をつけるわけにはいかない。おまけに、その宝石には感情も記憶もあり――将来的には上司になる可能性まである。マイナスのイメージを与えるわけにはいかない。
ユーリが口を開いた。
「トラバスさま、質問をしてもよろしいでしょうか?」
「なんだろう?」
トラバスは敬語は使わずに応じた。最初は敬語で話そうとしたのだが、当のユーリ本人から「他のものに示しがつきません。わたしだけ特別な扱いを受ける理由がないので、他と平等に接してください」と言われている。
(君だけ特別な扱いを受ける理由は――あるのだがね……)
だが、本人の要望だ。それを無視すれば心象は悪くなるだろう。
ユーリが口を開いた。
「実はあまり『冥府の目』について存じていないのですが、教えていただけないでしょうか?」
冥府の目――それは『黒竜の牙』でも一部の幹部しか知らない秘匿事項だ。よって、ユーリが詳細を知らないのは仕方がない。
「『冥府の目』とはこぶし大の大きさの赤い宝石で、中央に瞳孔のような文様が入っているのが特徴だ。あまりにも強大で――冥界の力を宿していると言われている」
「冥界!」
ユーリが息を呑む。
冥界とは、この世ならざる世界のことだ。一説によると死者たちを統べる不死者たちの世界らしい。不死者たちはとてつもない力を誇ると言われている。
「……そんなものが、アリシット遺跡にあるのですか……!?」
「ああ。古代人が作り出したアーティファクトのようだ。なぜそんなものを作ったのかは知らないがな」
トラバスは淡々と説明を続けた。
「『黒竜の牙』は、たびたびアリシット遺跡の深層を探索していた。そこに貴重なアイテムを封じている――そんな情報を持っていたのでね。それで見つけたのが『冥府の目』、3年前の話だ」
「……3年前に見つけたものを、今から回収するのですか?」
「当時の我々では回収するだけの準備がなかった。それはあまりにも強大で危険な代物だったから」
「危険な、代物……?」
「ああ。具体的には――台座から外して外に持ち出せば、周囲の瘴気を取り込んで数日のうちに開いてしまうだろう」
「開、く――? 何が開くのですか?」
「冥界への門」
今度のユーリは声すら出せない様子だった。驚きのあまり目を見開いている。
遠い遠い過去の話だが、冥界への門が開いたとされる逸話は世界にいくつか残されている。そのいずれも世界にとんでもない被害を与えた。曰く、森が消滅した。曰く、都市から人が消えた――
「実に恐ろしいものだが、逆に言えば、その途方もない力は我々にとって垂涎のものだ。その力を御すことができれば――それは我々の大きなアドバンテージとなる」
冥府の目を組み込んだ魔導具。それはどれほどの力を誇るだろう。魔導具作成の担当者としてトラバスは3年間、構想の日々を送っていた。ついにそれが実現する日がやってくる。
あまり感情を表に出さないトラバスだが、さすがに愉悦の感情が頭をもたげる。
「だが、心配の必要はない。この3年の研究を経て、このトラバスが持ち出すための技術を開発した。そのメドが立ったので回収をおこなうことになった」
「……そう、なんですね」
動揺した心を落ち着けるかのように、ユーリは静かに言った。
「ひとつ確認したいのですが――それほどの超級アーティファクトの処遇を1クランが勝手に決めてよいものなのでしょうか?」
帝都の中心で門が開いてしまうと、とんでもないことになる。
最悪、帝都が吹き飛んでしまうことも――
「そうだな、正しくは冒険者ギルド、あるいは、帝国に相談すべきだろう。それが帝国民としての正しい在り方だ」
そう言ったが、トラバスは首を振った。
「だが、それは機会損失でもある。我々は力を得る機会を得た。途方もない力を。それを『黒竜の牙』の発展のために使うことこそ、正しきクラン員の在り方だ」
「……」
ユーリはすぐに反応しなかった。その美しい顔に少しの戸惑いを浮かべて口を引き締めている。
(……まだクラン員としての覚悟が足りていないな)
その青臭さがトラバスには面白かった。教育が必要だろう。おそらく、それこそオルフレッドから期待されていることだろう。
「考えすぎるな、ユーリ。クラン経営とは綺麗事ではなく、戦いだ。『黒竜の牙』は30年近く、帝都最強を誇っていたが、それは容易なことではない。この座を狙うクランは数多い。己の有利なることを積み重ねる――それを怠れば負けるのだ」
そう言ってから、トラバスはもっとも強力な言葉をユーリに告げた。
「これは、クランリーダーであるオルフレッドさま――あなたのお父上も了承していることだ」
「……わかり、ました」
ユーリは唇をかみしめて、言葉を押し出すように吐き出した。
ふう、と息を吐き、ユーリが話題を変えた。
「それでは、これからアリシット遺跡の最奥に向かうということですか? かなり深いと思いますが何日くらいの行程なのでしょうか?」
「あっという間だ。さすがに調査のたびに何度も往復するのは馬鹿げているのでな、上から下、下から上に直通する転送陣を設けている」
「そうなんですね」
そこでユーリが首を傾げる。
「え、ですが、それだと誰かが転送陣を使うと最奥まで行けてしまうということですか?」
「ははは、鋭いな」
笑ったが、トラバスは首を振った。
「だが、その心配は無用だ。物理的に隠蔽されていて、魔術によるさまざまな結界も張り巡らしている。さらには私特製のゴーレムも番兵として配置している。普通の冒険者に突破できるものではないよ。幸運にも突破できても、その先は遺跡深層。『黒竜の牙』の精鋭ですら手こずる強力なモンスターがいる。死んでしまうのがオチだろう」
「そうですか……」
ユーリはやや腑に落ちない様子で首を傾げている。
彼女を安心させるように、トラバスははっきりと断言した。
「この私が保証しよう。部外者は、決して、そこに、たどり着けないと」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなわけで、俺たちはアリシット遺跡にやってきた。
大昔に発見された遺跡で、帝都の近くにもあるのでポピュラーな遺跡である。そういう意味では探索し尽くされて『枯れている』らしいが、まだ未踏部分の多い最奥には何か秘宝があるのではないかと噂されている。
俺の横には緊張の面持ちの、メガネをかけた若い女が立っていた。
地味な作業服に身を包んでいるのは、野外調査のためだ。彼女が今回の依頼主フィオナ。まだまだ若手の研究者らしく、今回は執筆中の論文に使う調査のため、ここに来たらしい。
俺はフィオナに話しかけた。
「じゃあ、行きましょうか?」
「は、はい! よろしくお願いいたします!」
緊張した様子でフィオナがうなずく。
俺たちはアリシット遺跡へと踏み込んだ。
ランキング挑戦中です!
面白いよ!
頑張れよ!
という方はブクマや画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




