4.元神童vs紅蓮の魔術師カーミラ
魔術の試験もまた同じ会場でおこなわれていた。
壁際に的がずらりと並んでいて、その的めがけて対面の壁際から魔術で狙い撃つのだ。
「マジックアロー! マジックアロー! マジックアロー!」
順に受験者たちが代わる代わる3発のマジックアローを打ち込んでいく。
マジックアローは白い矢を放つ初歩中の初歩の魔術だ。俺だって使いこなせる。
それを眺めている中年の試験官に俺は声を掛けた。
「マジックアロー3発でいいんですか?」
「……ああ、そうだ」
「みんな勝手に魔術を撃っているだけのように見えますが、どうやって評価しているんですか?」
「的には魔術によるセンサーが仕掛けられていてね、当たった場所や威力から評価を自動で計算しているんだ」
……志望者たちは的を狙う前に、渡された受験者カードを横にある機材に突っ込んでいる。あそこで番号を読み取って結果と紐付けているのだろう。
「あんなにバンバン攻撃魔術を打ち込んで大丈夫ですか?」
「心配ないよ、うちの優秀な魔術師が防護魔術をかけているからね。志望者くらいの魔術ではびくともしないさ」
試験官の目がちらりと動く。
その先にはローブを着た真っ赤な髪の女が立っていた。全身から『すごい魔術師オーラ』が漂っている。
なるほど、それなら問題ない。
俺は試験官に礼を述べるとテストを受けることにした。
他の受験者たちがやっているように、受験者カードを横にある機材へと差し込む。
そして、右手を的に差し向けた。
「マジックアロー」
白い矢が的に命中した瞬間――
どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
轟音とともに的が壊れた。
周りにいた受験者たちが手を止めて俺を見ている。
……また、やっちまった……。
俺は頭を抱えたくなった。学生時代から同じだった。学生時代も的を壊しすぎて教師から「満点をつけておくからイルヴィスは何もしないでくれ……」と言われたものだ。
なので、さっき聞いたのだが。的は大丈夫かと。
学生時代は少しばかり誇らしい気持ちもあった。おや、俺の魔術はちょっと強いんじゃないか? と。
だけど、これじゃダメなのだ。
社会人とは『言われたとおりのことをする』のが仕事だ。今回のタスクは『的を狙う』なのだ。『的を破壊する』ではない。
そもそも備品を破壊したら怒られるのは道理だ。
俺の魔力の制御に問題があるのだろうか……。
「おいおいおいおい! 君、何が起こったんだ!?」
さっきまで話していた試験官が俺のもとにやって来た。
「マジックアローを撃ったら壊れてしまいました」
「いや、それはわかるけど……え、えええええ!?」
試験官は頭を抱えた後、隣のレールを指さした。
「……うーん、的にかけていた魔力が消耗していたのかな……。すまないが、そっちでテストしてくれ」
「わかりました」
俺は受験カードを隣の機材に差し替えると、再び右手を向けた。
今度は威力を弱めて……制御に最大限の注意を払って――
「マジックアロー」
どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
「いやいやいやいやいやいや! おかしいだろおおおお!?」
試験官が叫んだ。
「マジックアローごときでどうしてこうなる!?」
……まずいな……。
このままだと魔術の制御ができない男と判定されてしまう。
そもそも的に仕込まれたセンサーによって点数化しているらしいので、的を壊してしまうと点数がつかない。
このままだと……失格もありえるのでは?
どうしよう!?
「このまま的を壊されると困る、君はもういいか――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は勢いよく試験官の言葉を遮った。
「俺はまだ3発目を撃っていません!」
失格は勘弁して欲しい。
ここは残った3発目を盾に粘るしかない。
試験官は露骨に顔をしかめた。
「え、いや、しかし、また壊されると――」
「何をやっているの?」
声が割り込んできた。
振り返ると、さっき『すごい魔術師オーラ』を放っていた赤い髪の女魔術師が立っていた。
「あ、これはカーミラさま!」
試験官が女魔術師カーミラに報告する。
「的が2つ壊れてしまいまして――彼のマジックアロー、何かがおかしい気がします。なので、もう試験はいいと言っているのですが、3発目が終わっていないと言い張っておりまして」
「ふぅん……」
カーミラは壊れた的に視線を向けた後、じぃっと俺を見た。
「あなたがねぇ。わたしの防護魔術を……」
「すみません、カーミラさま! この男を追い払いますから!」
「え、いや、3発目! 3発目を!」
「まだ言うか! 試験の邪魔だから――」
「まあ、いいじゃない?」
試験官の言葉を遮ったのはカーミラだった。
「どうせ、あと1発。やらせれてあげれば?」
「いや、しかし、また的を壊されたら――」
「じゃ、わたしが受けてあげようか?」
まるで試すかのような目で赤髪の美女が俺を見てくる。
「そ、そんな! ダメです!」
試験官が真っ青になった。
「万が一にもお怪我をされでもすれば――!」
カーミラは薄笑みを浮かべたまま、その目がじろりと試験官をとらえた。
「はっ! この『紅蓮の』カーミラであるわたしがケガをすると?」
「い、いえ! そそ、そういう意味ではないのですが……」
「億が一もないんじゃない?」
ふふっと笑うと、カーミラはすたすたと的のあった壁際へと向かい、振り返って右手を前に差し出す。
「ハード・プロテクション」
カーミラの右手を中心に真円の盾が出現した。
「さ、いつでもどうぞ」
紅蓮だかなんだか知らないが、俺は俺でほっとしていた。
よしよし、とりあえず3発目のマジックアローが撃てる。カーミラが適当に点もつけてくれるだろう。これで失格にはならない。
やっぱり俺は運がいい!
流星の剣士フォニックの試験だけで合格は堅い。ここは無理に点を取らず、機嫌よく終わってもらおう。
まあ、あなたもやるじゃない? わたしには及ばないけど?
それくらいのコメントがもらえればいい。将来性のあるルーキーくらいの感じで。
今度こそ威力を弱めて弱めて――
最小限の威力にして――
俺は右手をカーミラへと差し向ける。
軽く。
軽く……軽く、な?
「マジックアロー」
どっごおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!
轟音とともにカーミラが吹っ飛び、背後の壁に叩きつけられた。
「カーミラさまあああああああああああああああ!?」
試験官の悲痛な叫び声が会場に響き渡った。