38.謎の人物が描いた絵、大賞をとって王城に飾られる
その夜、フォニックは着飾った姿で馬車に乗っていた。
王城へと向かうためだ。
今晩、オルフレッドが主催する立食形式の晩餐会があり、幹部であるフォニックも出席の必要があった。
何のための晩餐会かというと――
ブラドラ絵画大賞の、受賞作をお披露目するためのものだ。
さらに言うと、各受賞作をオークションにかけるためだ。その売上金の多くは『黒竜の牙』に渡る。
オルフレッドは美術界に貢献しようとして絵画大賞をしているわけではない。ただのキャンバスと絵の具に受賞作という箔をつけて高値で売るのが主目的だ。
なので、今日のように『芸術に目がない特権階級者』への営業は重要なのだ。
王宮につき、フォニックは会場へと向かっていく。
「あ、フォニックさま!」
「きゃー! 流星の剣士よ!」
貴族の娘たちの黄色い声が飛んでくる。20半ばと若い美男子、おまけに身体も鍛えていて引き締まっている。どこからどう見てもカッコいいので女性からの人気は高い。
ひとりひとりに丁寧に会釈しながらフォニックは奥へと向かった。
(……なかなか慣れないな……)
これでも昔に比べればずいぶんマシになったが。
ずっと剣を振り回していたので、宮廷での礼儀作法など知るはずもない。だが、王族との付き合いもある『黒竜の牙』の8星となった以上、できませんは通じない。
ようやくフォニックは会場に入った。
会場には無数の貴族たちがいて歓談を楽しんでいる。会場のあちこちに『ブラドラ絵画大賞』の受賞作が貼り出されていた。
(……さて、どんなものか見させてもらうか……)
順にフォニックは絵画を眺めていく。
もちろん、フォニックに芸術などわからない。だが、どれも上手な絵で感心してしまう。
そして、ついに大賞作が目に入った。
それは完全に『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』の絵だった。
(……これが、大賞作、なのか……?)
フォニックには1ミリも理解できなかった。
何が素晴らしいのか、まったくわからない。
そのとき、
「フォニックさま、お久しぶりです」
いきなり背後から声を掛けられた。
振り返ると40くらい男――知り合いのミルシー伯爵が立っていた。
「お久しぶりです、ミルシー伯爵」
「どうですかな、大賞の絵は?」
「ははは、そうですね――」
フォニックは苦笑いを浮かべながら言葉を探した。
「その、独創的と言いますか。なかなか理解が難しいですね」
「ふふふふ、どうやらフォニックさまは芸術が苦手なご様子」
自慢げな笑みを浮かべてミルシー伯爵が続ける。
「そう、確かにこの作品はとっつきにくい。私も一目見た瞬間、うっと思いました。ですがね、あの天才ソルタージュさまに、英雄オルフレッドさまがお認めになられた絵――それを信じてじっと見つめて心で対話すれば、感じられるのです」
「感じ、られる?」
「はい。この絵から伝わってくる律動が。情熱が。絵画にて世界を改変しようとする作者の強い意志が!」
どこにあるのだ、そんなものが?
フォニックはじっと絵画を見てみたが、何も感じなかった。それはどこまで眺めても『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』の絵だった。
「どうですか、フォニックさま。感じられましたか?」
「いえ、その、どうでしょう……?」
「恥ずかしがらなくても大丈夫です。他の貴族たちも同様でした。ですが、ひとり、またひとりと『わかった!』と賛同するたび、他の誰かがこう言うのです。『俺もわかった!』と」
それは周りからの強迫観念で単にわかった気になっているだけでは……? とフォニックは思った。
「どうですかな、フォニックさま? そろそろ、わかったのでは?」
「う、うーむ、ど、どうなんでしょうなあ……」
チラッと再び見てみるが――やっぱり『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』の絵でしかない。
ミルシー伯爵がにやりと笑った。
「やはり、オルフレッドさまと比べるとまだまだですな」
「オルフレッドさまと?」
「はい。私はブラドラ大賞の審査員も務めていたので審査当日、会場にいたのです。そのときのオルフレッドさまは実に堂々としていらっしゃった。美の天才、ソルタージュさまと互角に渡り合っていたのですから!」
「……ソルタージュと……!」
もちろん、同じ8星である以上、フォニックはソルタージュを知っている。
そして、その訳のわからなさも。
「正直、この絵はすぐに賛同は得られませんでした。それでも、皆がいぶかしがるソルタージュさまの一言一句に動揺することなくオルフレッドさまは理解を示されたのです」
ばっと手を絵画に向けてミルシー伯爵はこう言った。
「ソルタージュさまはこう言われました。この絵には、人類が脈々と築いてきた芸術史、そのものに匹敵する――いや、それすらをはるかに凌駕する膨大なパッションがあると!」
「パッション」
どうやら、伯爵の話によるとオルフレッドはそれを感じたらしい。
フォニックは困ってしまった。再び目を向けても、その不気味な絵からは何も感じなかった。
そんなフォニックの様子を見て、伯爵は肩をすくめた。
「まだ、何も感じるには至られていないようですね」
「……そうですね」
「ソルタージュさまはこう言いました。芸術とは狂気と正気のアウフヘーベンだと。オルフレッドさまは即座に理解されておられました」
「アウフヘーベン」
まず、そこがフォニックにはわからない。何の意味かは知らないが、普通の言葉ではダメなのだろうか。
あまり使わない言葉だと思うのだが、それを理解しているとはさすが『黒竜の牙』リーダー、オルフレッドだとフォニックは素直に尊敬してしまった。
剣を振り回すしか能がないフォニックとは明らかに格が違う。
(……私もまだまだだな)
気分を一新、フォニックはひとつ深呼吸をしてから再び絵画に向き直る。
すると――
やはりそれは『おどろおどろしく描かれた柳の木に張り付けられたタコの惨殺死体』の絵でしかなかった。
(……本当に、これのどこがいいんだ?)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ある日、家でゴロゴロしていると、アリサが俺に話しかけてきた。
「あのさ、お兄ちゃん」
「何?」
「暇だよね?」
「暇だな」
家でゴロゴロしているから、言い訳の余地がないな。
アリサが言葉を重ねる。
「じゃあさ、ここに行かない?」
そう言ってアリサが差し出したチラシは美術館のもので、こう書かれていた。
『ブラドラ絵画大賞受賞作展示中! 天才ソルタージュが『芸術の奇跡』と評した大賞作を大公開!』
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