32.元神童vs自称ヴァルニールらしきもの・決着
「ふざけるなァッ!」
化け物が三度、炎を吐き出した。
結果は同じだ。
斬。
俺の短剣が空気とともに炎の渦を引き裂く。化け物が炎を吐き続けるが――無駄だ。俺は次々と右に左に短剣を振るい炎を切り捨てる。
そのまま大股に化け物へと近づいていった。
炎を吐くのをやめて、化け物がわななく。信じられないような声色で。
「なぜだ!? ほ、炎を切り裂くだと!? そ、そんなことが、なぜ!?」
俺は不思議で不思議でたまらない。
何を驚くことがある?
「そんなに難しいことなのか?」
初めてやってみたが、あっさりできた。きっと剣を手にとった初日でもできただろう。
「できないのか? 本当に? この程度のことが? 何をどうすればできないんだ? 呼吸をするようにできるだろう? 歩くようにできるだろう? 呼吸の仕方がわからないのか? 歩き方がわからないのか? なぜ? どうして? できないはずがない。世界はそうなるように作られているのだから。1+1=2と同じ理屈だ。リンゴを落とせば地に落ちるのと同じ理屈だ。なのに、お前はできないと言う。俺には理解できないな。こんなにも簡単なことが? こんなにも幼稚なことが? こんなにも単純なことが? こんなにもくだらないことが?」
俺は、はあ、とため息を吐いてこう続けた。
「これくらい、普通だろ?」
「くおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
化け物が部屋中に響き渡るような絶叫をあげた。
「ふううううううううううざああああけええええるなああああああああああああ!」
突進しながらこぶしを振りかぶり――
俺に振り下ろす!
突進速度、打撃速度。全てが圧倒的だ。破壊エネルギーそのものの強さすら感じさせる。
どうやらこれを超えるには――
俺も本気を出すしかないようだ。
別に今まで手を抜いていたわけではないが。俺はもともと本気を出せなかった。本気を出す必要がなかったし――本気を出すためのホンキトチウムもなかったからだ。
だが、今この胸の中に少しばかりのホンキトチウムがある。
――お兄ちゃん、お兄ちゃんは絶対に死んじゃダメだからね?
アリサの声とともに少しだけ、それが生まれた。
1秒だけなら、俺も本気になれるだろう。
さあ、魂よ――燃えろ!
俺は化け物の攻撃を紙一重でかわしつつ前進、すれ違いざまに短剣を走らせた。
閃。
1秒にも満たない一瞬の後、俺は化け物の背後に立っていた。俺の右手には短剣が握られていた。移動する前と同じ状態で。
刃を振り抜いたポーズで立ち止まっても良かったが――
意味がないからな。
1000の斬撃を喰らわすために1000の攻撃を繰り出した。それだけ剣を振るっておいて、振り抜いたポーズで止まることに意味などない。
俺は短剣を振って、刀身を真っ赤に染める液体を床へと払い落とした。
同時――
「ぶえええええええええええええええええええええええええええ!」
化け物が絶叫する。
その身体に無数の裂傷が開き、鮮血を撒き散らせる。化け物は呻き声とともに床に倒れた。
きん、と俺は短剣を鞘に戻す。
そんな俺を見て、化け物――自称ヴァルニールが言った。
「ば、化け物……」
「ん? 今ごろ自分の姿に気がついたのか? そうだよ、お前は化け物だよ」
俺は普通のことを普通にしているだけだしな……。
俺の言葉を聞くなり自称ヴァルニールがイラだった様子で身を起こそうとしたが、それを果たせず再び床に倒れ伏す。
その口から漏れてきた声は呪詛ではなくて――笑いだった。
「ふふふふふ……」
「何がおかしい?」
「お前を道連れにできることがだ!」
自称ヴァルニールの身体に刻まれた裂傷から炎があふれ出した。炎だけではない、光まで漏れ始めている。
俺は直感で理解した。
爆発する――
「ははははははははは! お前だけは許さん! 死ねえええええええええええ!」
絶叫とともに、自称ヴァルニールが爆ぜた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
闇に落ちていた意識が浮かびあったとき、鼻につく焦げ臭いにおいを感じた。
咳込みながら身を起こすと、ガラガラっと俺の周囲にあった瓦礫がパラパラと崩れ落ちる。
俺たちのいた『黒竜の牙』の屋敷は見事に吹き飛んでいた。吹っ飛んだ俺はその瓦礫の上に寝転がっていたらしい。
なぜ助かったのか――
単純に魔力障壁を展開したからだ。おかげで道連れ攻撃は回避できたわけだが――
「なかなか状況は厳しいな……」
焦げたにおいの正体は明白だ。周りを見渡せば、森が燃えている。
……当たり前といえば当たり前だが。
この屋敷を中心として真っ赤に森が燃えている。
このままここにいれば、さすがの俺も蒸し焼きになるか、汚染された空気にやられるか、時間の問題で動けなくなってしまうだろう。
もちろん、俺の命も大事だが――
森も大変な状態だ。
大森林の名前は伊達ではない。膨大な量の自然資源がここにはある。このまま放置すれば森は炎に焼き尽くされてしまうだろう。
どうにかする方法は?
なくもない。
俺は立ち上がり、空を見上げた。
からからに晴れた、雲ひとつない青空が広がっている。
――ようは雨が降ればいいのだ。
ランキング挑戦中です!
面白いよ!
頑張れよ!
という方はブクマや画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




