31.元神童vs自称ヴァルニールらしきもの
まるで急激に筋肉を鍛えたかのように、自称ヴァルニールの身体が盛り上がる。ひと回り大きくなったかのようだ。
「ふはあああああああ……」
ヴァルニールが剣を構える。
「ふざけた男だ……! お前だけは許さない――!」
言い捨てると同時、ヴァルニールが俺へと襲いかかった。その剣がとんでもない速度で振り下ろされた。
――!?
短剣で打ち払ったときに感じる圧がさっきとは比べものにならない。
「はーははははははははははは!」
自称ヴァルニールが高笑いを上げる。
「どうだ! この私の力は! 力も速度もさっきまでとは段違い! いつまで我慢できるかな!?」
「いや、別に我慢は必要ないかな」
俺は自称ヴァルニールを蹴り飛ばした。
「へっぼおおおお!」
またしても絶叫をあげながら自称ヴァルニールが吹っ飛んでいった。
……まあ、確かに『圧がさっきとは比べものにならない』のだが、それだけだ。強くても、俺の限界には遠く及ばない。
俺は自称ヴァルニールを指さした。
「それくらいで威張られても困るな。弱すぎるよ。そんなんじゃ8星と名乗るのは無理があるぞ、偽物さん」
「きき、き、貴様ああああああああああああ!」
自称ヴァルニールは絶叫した。
……? 確かに挑発してはいるけど、そこまで怒るほどなのか?
「許さん! 許さんぞおおおおおおおお! この私をコケにしくさって!」
言うなり、自称ヴァルニールは真っ赤な薬を取り出した。
「本当の、本当に! これだけは使いたくなかったが――構わない! お前を殺すためならば! 私も覚悟を決めよう!」
ぺきっと容器の先端をへし折ると、自称ヴァルニールはそれを飲み干した。
「私は人間をやめるぞ、イィィィルヴィイイイイイイイイス!」
瞬間――
自称ヴァルニールを中心に空気が爆発した。それは自称ヴァルニールの体内から溢れ出す生命エネルギーが爆発したかのようだった。
こ、これは――!?
自称ヴァルニールの身体がさらに膨張していた。身長は2メートル50くらい。ぱんぱんに膨らんだ筋肉でぱつんぱつんになった服の手足は、太さに耐えきれず引き裂けている。
白目をむき、頭や腕には太い血管が浮き上がっていた。
「ううう、ああああああ……」
口から、よくわからない音が漏れている。
「がああああああああああ!」
べきっ!
絶叫とともに――自称ヴァルニールが持っていた剣を両手で曲げた。その瞬間、剣はまるで枯れた木の枝のようにへし折れた。
ぶはぁ、と自称ヴァルニールが大きな息を吐く。その口から、チロチロとした火の粉が飛んでいた。
……あれは、人間なのか?
直後、自称ヴァルニールが俺へと飛びかかってきた!
さっきとは比べものにならないすごい速度で迫り、凄まじい速度のパンチを放つ。
それは――
「うお!?」
俺がぎりぎりで反応できるほどの速さだった。
いや、こう言うべきか――俺がぎりぎりで反応するのがやっとの速さだった。
俺は確かに自称ヴァルニールの攻撃をガードした。
――つっ!
鈍い痛みが腕の反対側から伝わってくる。
……これは、なかなかだ……!
「ぐがああああああああああああ!」
自称ヴァルニールは容赦なく連続して俺に殴りつけてくる。
肉と肉がぶつかる、重い音が響き渡る。その一撃ごとに俺の腕には痺れるような痛みが走った。
それでも――
「お前! お前は! お前だけは殺すうううううううううううう!」
「甘い!」
攻撃の隙をつき、俺は自称ヴァルニールに反撃する。身体が大きくなったことに、自称ヴァルニールはついていけていない。膨大な筋肉に振り回されて動きは雑になっているし、大きくなった身体の当たり判定の広さにも気付いていない。
ただ暴力を振るうだけ――いや、違うな。暴力に振り回されるだけの巨体では学生時代に少し優秀だった俺にすら届かない。
ボディが、ガラ空きだぜ!
俺の渾身の一撃が自称ヴァルディールの脇腹を殴った。それは筋肉の鎧すら打ち砕き、肉体の奥深くへとめり込んだ。
「おっぼあああああ……!?」
かなりの激痛だったのだろう。脇腹を手で押さえて自称ヴァルニールの身体が後方へとふらつく。
さらに殴りつけて戦闘不能にするだけだ!
だが、それよりも早く――
ぼん! と自称ヴァルニールの筋肉がさらに大きく膨らんだ。
「ブルァァアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮とともに、自称ヴァルニールが俺に拳を叩きつける。
――!?
それは本当に速くて――俺の行動が少しだけ遅れた。右に体をずらすことも、腕を間に挟んでガードすることも間に合わなかった。
肥大化したハンマーのような拳が俺の胸を直撃する。
「――がっ!?」
とんでもない激痛が俺の身体を貫いた。景色が後方に流れる。俺の身体が吹っ飛んでいるからだ。それは――
「ごふっ!?」
背中が壁に叩きつけられた激痛とともに終わった。空気が激流となって肺から飛び出る。
……なんだ、これは……。
身体が痛くて動かせない。とんでもない威力だ。はっきりしていた意識が急速にボケていく。ああ、これで意識を失えば――
楽になる。
楽になれる。
俺は小さく口元で笑った。意外とそれはいいかもしれない。もともとガツガツと人生を楽しみたいと思うタイプでもない。無気力に流れるように生きてきただけ。生きるのも面倒だと思うことすらあるほどだ。
死んでたって別にいい。どうせ死んでいるような人生だ。
目の前の、人間をやめた化け物の大笑いが聞こえてくる。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 私を、私を怒らせるからこうなる! 私はヴァヴァヴァヴァヴァルニイイイイイイル! お前ごときに見下される存在じゃあない。ヒャヒャヒャヒャ!」
視界が暗くなってくる。
そうだな、別に生きていても死んでいてもいいのなら――
ここで死ぬか。
死ねば全てが終わる。何も考える必要もなくなる。恥の多い人生だと悔いることもない。
そうだな、それがいい――
「焼却! 焼却! 汚物は消毒だああああああああああああああ!」
化け物がすっと息を吸い込み、俺めがけて紅蓮の炎を吐き出した。
炎の渦が空気を焼き尽くしながら俺に殺到、動けない俺を燃やし尽くそうとする。
ああ、これに呑まれれば――
そのとき、誰かの声が聞こえた気がした。
――お兄ちゃん、お兄ちゃんは絶対に死んじゃダメだからね?
アリサの、声が。
瞬間――
俺の右手が短剣を引き抜き、炎を斬った。
「な、何いいいい!?」
化け物の声が聞こえる。だが、そんなことはどうでもいい。今の俺は、意識の奥底から流れる記憶だけをたどっていた。
それは俺の父が死んだ――4年前のことだ。
俺とアリサが、たった二人だけの肉親になったときのこと。
父の葬式が終わって、二人で家族の墓に祈った後、アリサは初めて泣いた。大泣きに泣いて、そして俺を見て言ったのだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは絶対に死んじゃダメだからね?」
「死なないよ」
「本当に? わたしを一人にしないでね? 絶対だよ?」
「もちろんさ」
そうか――だからアリサは決して言わなかったのか。
2年間ずっと死んでいたかのような、重荷でしかない俺みたいな穀潰しに――
あんたなんて死んでしまえ、と。
アリサは絶対に言わなかった。あんな状態の俺でもアリサは死んで欲しくないと思っていた。あんな俺でも生きていてほしいと思ったから。
生きているだけでもマシだと思えたのだ。
ああ、そうか。
アリサは死んで欲しくないと思っているのか。ずっと祈るように願うように過ごしながら、俺が立ち上がるのを待っていてくれたのか。
ならば――
「ふざけるなっ! 炎が切れるはずなど――!」
化け物が炎を吐いた。
俺の短剣が炎を切り捨てる。
「な――!?」
化け物が言葉を失う。
俺は小さく息を吐いた。
「今日ここで煉獄の炎に焼かれるのも悪くないと思ったんだ。恥の多い人生ごとな。だけど……悪いな――」
周囲に火の粉を撒き散らせながら、俺はこう続ける。
「口うるさい泣き虫の妹が言うんだよ。それでも生きていてくれってさ」
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