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3.元神童vs流星の剣士フォニック

 試験の開始時間になると、まず『黒竜の牙』代表のクランマスター、オルフレッドが挨拶した。


 オルフレッドは銀色の髪に口ひげを生やした50前後の男だ。

 著名な冒険者には興味のない俺だが、さすがに『白銀の』オルフレッドは知っている。というか、一般人でも知っているレベルの有名人だ。

 剣を扱えば剣聖並み、魔術を扱えば賢者並み。生きる伝説のような男で多くの勇名を轟かせている。


 すごいな……。

 俺も学生時代は「すえは剣聖か賢者か!?」「いや、次代のオルフレッドだね!」などと学友から言われたものだが、実に恥ずかしい過去だ。


 学生剣聖、学生賢者。


 俺の評価は学生時代の空虚なもの。実戦で打ち立てた偉大なるオルフレッドの実績には遠く及ばない。

 オルフレッドが重々しいが――朗々と響き渡る声を発する。


「諸君、この『黒竜の牙』を志望してくれたことに感謝する。ここには君たちが望む、冒険者として最高の誇りと環境があることを約束しよう。帝都最大クランの名前は伊達ではない。その証拠に――」


 すっとオルフレッドが手を伸ばした。

 ほとんど誰もいない2階席の一角に着飾った集団が座っていた。


「偉大なる帝王ゾロスさまの第3王女フレアさまが見学にいらっしゃっている。『黒竜の牙』の将来を担う一翼が選ばれる瞬間を見てみたいとのことだ」


 おおっと冒険者たちがどよめいた。

 オルフレッドが誇らしげに両腕を開く。


「王族の目に入れていただける。これが帝都最大――その看板の大きさだ。力あるもの、才あるものを我々は拒まぬ。このクランにふさわしい人材であることを示し、仲間に加わって欲しい」


 オルフレッドの挨拶が終わり、試験が始まった。

 試験は受験番号ごとにわけられたグループ単位でおこなわれるらしく、会場のあちこちに人垣ができている。その中央で試験官である黒竜の牙のメンバーと受験者が戦っている。


 俺は受付で絡んだフォニックのグループに入れられた。

 ものすごい数の志望者がいるけど――これ、処理できるのか?

 そんな俺の心配は無用だった。


「次! 345番!」


 フォニックの鋭い言葉とともに、345番であろう戦士がフォニックと相対する。


「345番です! よろしくお願いします!」


 挨拶が終わり、あっという間だった。

 ほんの数合、戦士に打ち込ませた後――フォニックが踏み込んで横薙ぎの一撃を与える。鎧に身を包んだ戦士の身体は大きく吹っ飛び、ごろごろと床を転がった。


「あ、ありがとう、ございます……!」


 戦士はよろけつつ立ち上がると、試合場から降りていった。


「次! 346番!」


「はい!」


 威勢よく返事すると新たな戦士が前に立つ。

 ……あっという間だな……。

 1人あたりの試験時間も、フォニックの攻撃も。

 確かに『流星』の異名にふさわしい速度だ。

 戦闘中ではないので俺もぼーっとリラックスした状態で見ているのだが、本当に速い。他の冒険者がひとたまりもないのも納得だ。

 あんなもので攻撃されれば、俺ごときでは手も出ないだろう。

 いやー……世の中は広いな……。

 次々と試験が進み――


「次! 378番!」


 どうやら俺の出番が来たようだ。

 俺は戻ってきた377番から試験で使っているブロードソードを受け取るとフォニックの前に立った。

 フォニックが俺を見てにやりと笑う。


「待っていたよ、君が来てくれるのを」


 フォニックが持っていた剣を俺へと向けた。


「さて、君の実力を見せてもらおうか」


「頑張ります」


「ひとつ教えておこう――さっきの攻撃は手を抜いていた。私が本気を出すと素人には感じることすらできないからな。おびえてもらうために加減したのだ」


 そして、一拍の間をあけてフォニックが続けた。


「10%だ。さっきの斬撃は」


 ふぉん、とフォニックが剣を振るって空気を鳴らす。


「今度は100%全力の攻撃を、当てるつもりで放つ。この剣は君が持っているものと同じ試験用の刃を殺した剣だ。遠慮するつもりはない」


 俺は剣を構えた。


「お手柔らかに頼みますよ」


「いくぞ!」


 かけ声と同時、フォニックが俺に襲いかかる。

 俺は集中力のレベルを一気に押し上げた。俺の意識のすべてがフォニックの一挙手一投足に向けられる。

 反応速度が、加速する――!


「うおおおおおおおおおおおお!」


 咆哮とともにフォニックが流星のごとき――正真正銘、全力の力で繰り出された神速の刃を俺に叩き込む!

 神速の刃を!


 神速の――

 刃、を?


 勢い余って神速なんて描写してしまったが、そんなことはなかった。さっきと変わらない、のんびりした剣が俺へと向かってくる。


 ……え、これが100%?

 10%と何か違いがあるのだろうか?


 俺はよくわからないまま、フォニックの剣をかわす。フォニックは構わず2撃目3撃目を放ってくる。そのすべてを俺はゆうゆうとかわしていく。

 おおおお! と冒険者たちのどよめく声が聞こえた。


 フォニックの表情から余裕が消える。


「バ、バカな!? この私の剣を!?」


 俺は理解できなかった。

 フォニックの言動と手抜きっぷりに整合性がない。本気で行くと言って、あいかわらずの遅い手抜き攻撃。かわされるのは当然なのに焦った様子。

 剣をかわしながら俺は頭を働かせた。

 やがて、ついに結論にたどり着く。

 ああ、そうか……そういうことか! 俺は勘違いしていた……!


 フォニックは必死なんじゃない――

 フォニックは必死なふりをしているのだ!


 わざわざ大口を叩いて「全力の攻撃だ」とアピールした。その上で手を抜いている。

 なんのために?

 もちろん、俺を合格させるために。

 手を抜いていることが周りに知られてはいけない。だから、あれほどの高圧的な態度をとったのだ。


 問題はどうして初対面のフォニックがそこまで俺に気を使ってくれるのかということだが――

 それは同情だろう。


 俺は職業欄に『ニート』と書いた。それをフォニックは知っている。社会から脱落した男が再び社会に戻ろうとしている――その気高い一歩をフォニックは後押ししたいに違いない。

 大手クランにふさわしい、大きな器を持つ男!

 フォニック――あなたという人は!


 俺は目頭に熱いものを感じた。


「くそがあああああああああああ! なぜ当たらぬうううう!」


 フォニックは鬼気迫る表情で、俺を呪い殺すような声を発しているが――

 本当に素晴らしい演技だ。

 よし、その気持ちに応えよう。これ以上、フォニックに道化を演じさせるわけにもいかない。

 俺は剣を握る手に力を込めた。


 フォニックが叫ぶ。


「ならば! 我が最強最速の技を喰らうがいい! 奥義、流星斬!」


 フォニックの放った斬撃は――

 先ほどとは比べものにならない速さで俺に襲いかかった。

 それは圧倒的な速度で、またたきほどの時間で刃が大気をはしる。

 だが。


 それでも、なお――

 遅い。


 俺もまた剣を振るう。


 ――閃。


 刃が、音を置き去りにした。


 ほぼ同時に放たれた斬撃――だが、先に着弾したのは俺の剣!

 フォニックの剣が数センチ動く間に、俺の刃はフォニックとの距離をゼロに縮めていた。

 横薙ぎの一撃がフォニックの腹を打ち抜く。


「くっっぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 フォニックは絶叫ととも試合場の外へとすっ飛んでいった。

 俺は軽く払っただけなのだが、どうやらわざと吹っ飛んでくれたらしい。


 ふぅ……吹っ飛び方までどうに入っているな……。

 ありがとう、フォニック。

 俺は人生をやり直すことにするよ。


 ぴくぴくと動けない(ふりをしているのだろう)フォニックを見ながら冒険者たちが動揺している。


「……そ、そんな、フォニックが……?」


「あいつ何者なんだ……?」


「いや、そうじゃなくて! 担架たんかだ担架!」


 そんな感じで俺たちのグループの試験は一時中断となった。


 さて、と……。

 これはもう『黒竜の牙』への入団は決まったようなものだな。


 やったぞ、アリサ!


 心は充足感に満ちていたが、まだ俺にはやらないといけないことがあった。

 実は魔術のテストにもエントリーしていたのだ。

 どっちかだけでよかったが、学生時代はどちらも得意だったので片方でも引っかかれば……という気持ちで登録していたのだ。

 この結果だ。戦闘のテストだけでも大丈夫な気がするが、ドタキャンすると評価が下がりそうな気もする。

 穏便に終わらせるとするか。


 俺はそう結論づけると魔術の試験へと向かった。


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shoei


文庫1巻、発売します(2022年5月25日)! 
第0章『神童、就活してニートになる』を加筆。

shoei2

― 新着の感想 ―
[良い点] フォニックさんがフィルブス先生になりつつある…
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