27.元神童、受け取る――大森林、深部へ
悲鳴を聞いて駆けつけると、ひとりの男が木に背中を預けて腰を落としていた。身体中のあちこちから、だらだらと血を流し、荒い息を吐いている。
男の周りを5匹の大きな狼たちが取り囲んでいた。
男は革の鎧に身を包み、ブロードソードを手に持っている。察するに戦士――冒険者だろう。
だが、もう力尽きる寸前なのは明白だ。腰は地面に落ち、剣を持つ手はだらりと地面に垂れている。手に持った剣を動かす様子もない。
助けたとしても死ぬだろう。
それでも――
「おい、何をやっている!」
俺は大声で叫び、短剣の柄に手をかけた。
死の間際のあの男に――ほんの少しの安息を与えることくらいの努力はするべきだ。
俺の声に反応し、狼たちが振り返る。
「どうせ言葉は通じないだろうが――消えるんだな」
案の定、言葉は通じなかった。
狼たちはぐるぐると唸りながら、殺意のこもった目で俺を睨みつけてくる。新しく現れた敵をどう料理してやろう、そんな様子で俺を取り囲もうとしてくる。
待ってやるつもりはないがな。
「マジックアロー」
俺の一撃で狼が消し飛んだ。
慌てた狼たちの動きに乱れが生まれる。
「マジックアロー 、マジックアロー 」
続けて2発、さっきのも含めて計3匹の狼が消し飛ぶ。
残った2匹が俺めがけて飛びかかってくるが――
「遅い」
俺は狼たちの牙をかわし、交差した瞬間に短剣で斬りつけた。2匹の狼は血を撒き散らしながら地面に落ちて動かなくなる。
終わったか……。
まあ、たかだか狼だ。この程度なら学生剣聖でも余裕だな。
俺は男に近づいた。
「安心しろ、狼たちは倒したぞ」
「……え……5匹のヘルハウンドを……? ひ、1人で? ありえない……」
ヘルハウンド? かなり強いモンスターじゃないか……いやいや、そんなはずがない。さすがにそんな化け物だと俺に勝てるはずがない。きっと、この男は負傷で動転しすぎて勘違いしているのだろう。
……死にかけている男に、そんな訂正をしても意味はないか。
「悪いが、俺の見たところ、あなたは助からない」
「……それは俺にもわかっているさ……うっ!」
男が口から血を吐く。
「……それでも、ありがとう。あんたが助けてくれたおかげで、死ぬ前に少し落ち着けるし――頼みごともできる」
「頼みごと?」
「申し訳ないが……こいつを……届けて欲しいんだ……」
そう言って、男は赤く染まった拳ほどの大きさの水晶を取り出し、地面に置いた。
「こいつを……大森林にある『黒竜の牙』アジトにいるヴァルニールさまに……届けて欲しい」
「……ヴァルニール? 誰だ、それは?」
「大丈夫……だ、アジトのやつに聞けばすぐ教えてくれる……」
男の視線が地面にある赤い水晶へと落ちた。
「俺は『黒竜の牙』の一員で……ヴァルニールさまに頼まれて……この水晶をそこの泉に浸しにきたんだが……帰りにヘルハウンドに襲われて……今、これが必要らしいんだ……」
「なるほど」
俺のような、見ず知らずの男に頼むようなことではない気もするのだが、この男にも時間がない。俺にすがるしかないのだろう。
であるのならば――
「確かに頼まれた」
俺は水晶を手にとった。
「ありがとう……。報酬は、ヴァルニールさまが払ってくれる……『黒竜の牙』だ、その辺は間違いないから、安心してくれ……」
そう言うと、男はまるで最後の命を燃やし尽くしたかのように力を失った。
やれやれ……。組織人とは本当に大変だな。最後の死ぬ瞬間にまで組織や仕事のことを気にするなんて。
だけど、それを――
俺は笑いはしない。
理解はできないけれど、自分ならそんな選択はしないけれど。
尊重はしたい。
俺のような人間もいれば、死ぬその瞬間までも仲間や組織のために頑張ろうとする人間もいるだろう。それはきっと、彼らにとっての誇りであり意地なのだ。
自分が止めてしまったバトンを、つなげたいという祈りは――
「やり遂げてみせよう」
俺はそう言うと、『黒竜の牙』のアジトへと歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この2ヶ月間、大森林内の瘴気の高まりはとどまるところを知らなかった。濃厚な瘴気は次々とモンスターを生み出す。
ごぽりと空気を揺らしてゴブリンが現れて――
ごぽりと空気を揺らしてリザードマンが現れて――
ごぽりと空気を揺らしてオークが現れる。
次から次へとモンスターが吐き出される。それでも瘴気は減らない。どこまでも高まり続ける。その結果――
やがて森の瘴気は臨界点を迎えた。
続々とモンスターが溢れだす。無数のモンスターが生まれてくる。
大森林でモンスター狩りをしていたフォニックもその異変に気づき始めた。
(……今日のモンスターの数は異常すぎる!)
斬っても斬っても、倒しても倒してもモンスターが湧き出てくる。これはなんなのか、フォニックには思い当たる言葉が一つだけあった。
「……フォニック隊長! こ、これは!?」
隊員の顔には疲労が濃い。彼ももまた気付いているのだろう、これから起ころうとしていることを。彼の表情には絶望の色が現れている。
「……ああ」
フォニックはうなずき――目の前にいるオーガを切り倒した。
まだまだひと息すらつけない。はるか視界の先から無数のモンスターたちが次々に進撃してくる。
終わることのないモンスターの発生――
「スタンピードだ」
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