26.パワハラ会議2
その日、帝都では『黒竜の牙』本部で幹部会議が行われていた。
出席者はオルフレッド、8星からはフォニック、カーミラ。そして――ヴァルニールの腹心ライオスだ。
ライオスが一礼する。
「申し訳ございません、ヴァルニールさまは業務多忙のため、部下の私が出席させて頂いております」
会議が始まった。
ライオスが所属する部門の報告をする。
なかなか堂々とした話しぶりだったが、やはりヴァルニールに比べると、まだまだ拙さと曖昧さのある報告であった。
黙して聞いていたオルフレッドは最後に一言、こう問うた。
「グランヴェール草のほうはどうだ?」
「はい、それこそまさに今、ヴァルニールさまが取りかかっているものでございます! 現在、急ピッチで作業されており、予定の期日には間に合う想定です!」
ライオスの口ぶりには自慢げな響きがあった。何も問題などなく、すべては完璧だ――それは評価を勝ち取ろうとするものの口調だった。
だが、オルフレッドの声はどこまでも冷めていた。
「現在……、急ピッチで……、作業を……、している……?」
そして、こう続ける。
「間に合う……、想定……?」
オルフレッドの目が針のような視線を飛ばした。
「何を言っているのかよくわからないな。『順調ではない』という意味に聞こえるが、どういうことかな?」
「あ、いえ、その……、わ、私の言い間違いでございました。言い方が悪くて! 何の問題もなく――トラブルもなく進んでおります!」
「ほう、そうか。であるのなら、お前の主人であるヴァルニールはなぜ来ていない?」
「そ、それは――」
「よい」
話しても無駄だとばかりに、オルフレッドはライオスの言葉を遮った。
「間に合わせよ。それだけだ。それだけをヴァルニールに伝えよ。前にも伝えたように、失敗は許されない」
「は……! わ、わかり、わかりました! かかか、必ずや――!」
一瞬の沈黙。
その後、オルフレッドの目がフォニックを見た。
「さて、流星の剣士よ。お前の報告を聞こうか?」
「承知いたしました」
フォニックは己が担当する案件について説明する。その最中、懸念している状況をオルフレッドに報告した。
「実は大森林に出没するモンスターの数が急増しております。直近2ヶ月だと、それ以前に比べて2倍を超えております」
どうやら急激に、大森林に立ち込める瘴気の量が増しているらしい。
なぜそんなことが起こっているのか、フォニックには理解できない。由々しき事態――と思うからこそ、次のオルフレッドの言葉を聞いて、フォニックは耳を疑った。
「そうか、素晴らしいことだな」
「……どういうことでしょうか?」
「モンスターが増えれば討伐依頼が増える。冒険者の仕事が増える。我らのクランの仕事が増える。フォニックよ、これはチャンスだ。冒険者ギルドに声をかけて優先的に仕事を回してもらえ」
獲物が増えて喜ばない狩人はいない。
確かに一理ある言葉だ。仕事は増えている。だが――
フォニックは首を振った。
「いえ、それはできません。すでに討伐依頼の受注は限界まで受けております」
フォニックが管理するチームは増大する依頼に必死の対応していて、かなり疲弊している。
だが、オルフレッドはフォニックの返答に満足しなかった。
「それは平時における限度だ。特需である。今は最大限の努力を示すべきだ」
「い、いや、ですが……」
フォニックの脳裏に、疲労で疲れ果てた部下たちの顔がよぎる。とてもではないが、彼らに『さらなる健闘を期待する!』とは言えない。
「この2ヶ月間、彼らはよく頑張りました。これ以上の無理は――」
「意味がわからないな、フォニックよ。無理? 『黒竜の牙』にそのような弱音を吐く人材はいないと思っているのだがな?」
その言葉は、フォニックの心臓を指し貫いた。
「『黒竜の牙』は帝都最大にして一流のクラン。よって、全メンバーは一流でなければならない。次々と流れてくる仕事に怯み、動揺するような弱者はいらない。そんな人間がお前の部下にはいるというのか、フォニックよ?」
「そ、それは――」
「受注量を1.5倍にせよ。お前たちが苦しいのなら、他の弱小クランはもっと苦しい。先に足を止めたほうが負けだ。やつらから徹底的に仕事を奪い取れ。ここで息の根を止めておけば今後につながる」
フォニックはこぶしを握りしめた。
自分は何かを言い返すべきだろう。
自分を信じて頑張ってくれている部下たちの姿が目に浮かぶ。疲れを感じていても、フォニックの指示とあれば笑顔を向けて「任せてください!」と応じる部下たちの姿が。
だが、言い返せなかった。
オルフレッドは帝都最大クラン『黒竜の牙』の神だ。その決定は絶対で、逆らうことなど許されない。
「わかり、ました……。全力を持って……ご期待に添います」
フォニックは喉の奥から絞り出すような声で言った。
自由のために冒険者になったというのに――組織に振り回され続けている。いったい、自分はどこに行こうとしているのだろうか……。
「そう、それでいい」
満足げな様子でオルフレッドはうなずき、背もたれに身体を預けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え、え、え、えええええええええええええええええええええええ!?」
俺が採取してきた薬草を見るなり、いつもの買取嬢が悲鳴を上げた。
「こここ、これ、どうしたんですか!?」
薬草を指でぴしぴしと指しながら買取嬢が続ける。
「イルヴィスさんにしては――神の手にしては、その、言いにくいんですけど! 言いにくいんですけど! 品質が、あの、その――」
「あまりよくないか……」
やはり、というか。
薬草の採取時、土中の栄養素を集める魔術を使ったら、いつもよりも、かかりが悪かったのは感じていた。どうやら土中の栄養素そのものが不足しているのだろう。
「『神の手』神話も終わりだな」
「いやいや! そんなことはなくて、まだまだ神の手ですよ!」
続くのかよ。
「だって、イルヴィスさんのはまだ中の上くらいはキープしてますけど、他の冒険者さんたちが持ってくる薬草の品質は下の上レベルですからね……大森林全体で薬草の品質が下がっているようです」
「ほー。何か理由があるのか?」
「うーん、どうなんでしょうね。でも異常事態なのは間違いないです。大森林に立ち込める瘴気の量がすごく増えていますからね!」
栄養素の欠乏、瘴気の増量か――
何やら面倒な状況になってきているな。
「おかしなことになっていますから、イルヴィスさんもお気をつけください!」
「そうだな、ありがとう」
俺は冒険者ギルドを出た。
いろいろ気をつけるか。
大森林で地道に薬草を採取していると――
「だ、誰か! 助けてくれー!」
そんな悲鳴が聞こえてきた。
捨てておくわけにもいかない。俺は声のほうへと走った。
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