23.なぜだ!? なぜ、グランヴェール草がない!?
(……くくく、イルヴィスという男、もう死んでいるかな?)
ライオスはイルヴィスたちと別れた後、洞窟を歩きながら上機嫌な様子でそんなことを考えていた。
できれば、護衛の2人も死んでくれれば後腐れがなくていいのだがな、とライオスは考える。あの2人もまた使い捨て――身分を隠して雇ったならず者だ。生きていようが死んでいようがどうでもいい。
歩いていると、月明かりが差し込む空間に出た。
月光を浴びて緑の薬草が輝いている。
グランヴェール草だ。
ここはヴァルニールの実験場のひとつ。なので、ドーピング・コボルトもいるし、生育されているグランヴェール草もある。
世にも珍しいその薬草は、月光を受けて静かにたたずんでいた。
「うまく育っているな」
ライオスは口元を緩める。
高品質な薬草を納品し続けている邪魔者は消した。再び薬草相場は『黒竜の牙』の独占状態に戻るだろう。そして、オルフレッドも注目しているグランヴェール草の取引を成功させれば、上司であるヴァルニールの立場はさらに強くなるだろう。それは部下であるライオスの栄達にもつながる。
「はははは……!」
すべてがうまくいっている。笑いが止まらない!
ライオスはそのまま奥へと歩いていき、洞窟の外へと出た。
その足で『黒竜の牙』のアジトへと戻る。
「ライオス、ただいま戻りました」
ヴァルニールはこんな深夜にも関わらず執務室で仕事をしていた。ライオスの仕事の正否が気になって待っていた――などとライオスは思わない。単純にヴァルニールの担当する仕事が多いのだ。
そんな疲れなど見せず、ヴァルニールがライオスを見る。
「ご苦労だったな。それで首尾は?」
「完璧でございます、ヴァルニールさま。すでにあの小僧は冷たい骸となっていることでしょう!」
己の成功を喧伝しようと、ライオスは力強く言い切った。
「予定どおり、コボルトたちがいる場所に誘い込みましたからな! 今頃はオーガですら倒すコボルトの群れに襲われてひとたまりもないでしょう!」
「今頃は……、ひとたまりも……、ないでしょう……?」
ヴァルニールは冷たい視線をライオスに向けて、こう続けた。
「仮定と憶測の言葉が多いが、お前は自分の目で見届けてはいないのか?」
「は、え――!?」
ライオスは慌てて言葉を探す。
「た、確かに確認はしておりませんが! それはその、あのコボルトの群れに近づけば、私も殺されてしまいます。さすがにそれは……!」
「コボルトをおとなしくさせるための笛の音を知っているはずだが? 終わった後、それを吹いてから近づけばターゲットの死体を確認できたであろう?」
「そ、それは、そうですが……」
「職務怠慢、だな」
容赦のない言葉がライオスにのしかかる。
上司からそう言われては、ライオスも言い返しようがない。俺なりに頑張ったんだよ、という言葉を押し殺して、こう答える。
「は、はい、そうですね……それでは、今から見て参ります」
「私もついていこう。グランヴェール草の様子も見たいしな」
そして、ライオスとヴァルニールは連れ立ってアジトを出た。
洞窟にたどり着く頃にはもう夜から朝へと変わっていた。
洞窟へと入り、まず最初にコボルトたちが大量にいる広間へと歩いていく。ぴーっとライオスが一定のリズムで笛を吹いた。これでコボルトたちは活動停止する。
広間に近づくと――濃厚な血の匂いが伝わってきた。
イルヴィスと護衛2人の死体だろうとライオスはほくそ笑む。
ほら、どうですか? ちゃんと死んでますよね、良かったです!
死体を見つけたら、ヴァルニールにそう言おうとライオスは思っていた。だが、広場でライオスが見た光景は想像とは全く違うものだった。
護衛2人の死体は想定どおりだが――
ドーピング・コボルトの死体がゴロゴロと転がっている。見かけはただのコボルトだが、一匹一匹はオーガにも匹敵する力を持つ化け物たち――
それが、全滅している……!?
おまけに、あの若造イルヴィスらしき死体がどこにも見つからない。
「ざっと見た感じ、お前から聞いていた話と死体の数が合わないような気がするな?」
「は、いや、その……!」
ライオスは言葉を探す。行き着いた結論は――
「あの、た、例えば! コボルトどもは正気を失っているので、あの小僧の死体を食べてしまったのかもしれません。そして、コボルトたちは闘争本能の赴くままにお互いを殺し合って、全滅してしまったのかも……」
ふふふとヴァルニールが笑った。
「それを、私に信じろと?」
「い、いえ、そそそ、そんなことはなくて! ただの、その、可能性のひとつといいますか!」
ヴァルニールは首を振った。
「そんな都合のいい結論を考えても意味などない。この数のドーピング・コボルトを相手にしてターゲットは生き残った、そう考えるべきだ」
「は、はい、そうです! その通りでございます!」
「帝都に戻っているのなら、また冒険者ギルドに確認すれば生死は分かるだろう。ここで考えても仕方がない。明日――いや、もう今日か。急いで調べよ」
「は、はい!」
平身低頭でライオスは従う。
とんでもないことが起こった、運がないと内心でため息をついたライオスだったが、さらにそれを上回る衝撃が彼を襲った。
血なまぐさい空間を後にして、二人はグランヴェール草を生育している場所へと向かった。
たどり着くなり、ヴァルニールがぽつりと言う。
「……グランヴェール草が、ない?」
ヴァルニールの声はひび割れていた。
言葉のとおり、その空間には何もなかった。ライオスが確かに見た薬草がきれいさっぱりと消えている。
数時間前まで、確かにあったのに――
ライオスは心臓が引き抜かれたかのような気分を味わった。寒気で足元が震える。
起こってはならないことが起こっていた。
厳格で名高い『黒竜の牙』リーダー、オルフレッドが言っていたではないか。
――失敗は許されぬこと、肝に銘じよ。
この事実をオルフレッドが知ったら――
隣からヴァルニールのうめき声が聞こえてきた。
「う、う、あ、ああ――」
ヴァルニールが頭を抱えてのけぞる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
それは付き合いの長いライオスですら聞いたことがない、絶望と怒りの咆哮だった。
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