22.元神童、グランヴェール草を見つけ出す
男の声は楽しくて楽しくてたまらない感じだった。
まったく意味が分からない。グランツという男に見覚えはなく、殺されるほど恨まれる覚えもないのだが。
「どうして、そんなことを?」
「さあな、俺だって知らないね。わりのいい仕事かどうかしか俺たちには興味が――!」
男のセリフを、突然の絶叫がさえぎった。
もう一人の護衛の声だった。隣に立つ男の胸から剣が飛び出ている。
ずっと剣が引き抜かれると、すでに死んでいる男の身体は人形のように倒れて動かなくなる。その背後には――やはり何匹かのコボルトが立っていた。
俺たちが来た方角からか……さっき脇道で感じた気配だな……。
生き残った男が興奮した声を発する。
「嘘だ! 笛を吹いてりゃ大丈夫だって聞いたのに……!」
男が慌てた様子でピーピーと笛を吹くが、意味などなかった。コボルトたちが襲いかかる。
「くそ! なめんじゃねえ! ただの犬が!」
男は引き抜いた剣を振るうが、それはあっさりとコボルトに弾かれる。
「なんだ、この動き、この強さ!? ふ、普通じゃねえ!?」
そんな悲鳴のような声が絶叫に変わる。
「あぎゃああああああああああ!」
その男もまた、コボルトの一撃であっさりと殺された。
二人の男たちの死体をまたいで、ずんずんとコボルトたちが部屋に侵入してくる。
前方にコボルトたち、後方にもコボルトたち。
どうやら、男の言う通り、少し普通ではないらしい。
コボルトたちは、うううう! と唸り、口元は唾液に濡れている。モンスターの生態はそれほど詳しくないが、目から伝わってくる感情は正気のかけらも感じない。
見逃してくれる感じはない。こいつらを倒さない限り、俺も二人組と同じ末路をたどるようだ。
……強いのか……?
ひょっとして、ただのコボルトではない?
危機感が俺の背中を蛇のように這いずり回る。
「ゴアアアアアアアアアアアアアア!」
絶叫とともに、コボルトの一体が襲いかかってきた。
俺は腰の短剣を引き抜く――アリサが俺に贈ってくれた短剣を。
俺は攻撃をかわすと同時、コボルトの喉元を短剣でかっ切った。盛り上がった筋肉はあっさりと裂けて、血を撒き散らしながらコボルトはあっという間に息たえた。
……ふむ。
「たいして強くない――いや、弱いか。普通のコボルトと変わらないな」
ただのコボルトなら、学生剣聖の俺でもなんとかなるか。
空間の空気は、あっという間に血の匂いで染まった。
俺がコボルトたちを全員やっつけたからだ。ごろごろと死体が転がっている。
……かわいそうな気もするが、むっちゃ俺を殺す気で来てたからな……モンスターだし、自衛のためだ。
「ふぅー……なんとかなったか……」
俺は大きく息をついた。
ただのコボルトが相手でよかった。
とりあえず難関は突破したが――
さて、どうしたものやら。
護衛の2人はコボルトに殺されてしまったので、事情を訊くことができない。
少し考えてから、俺は次の行動を決めた。
グランツの後を追いかけよう。
もう逃げられている可能性もあるが――何もしないよりはいいだろう。
方針を決めた俺はグランツと別れた最初の広間へと戻った。グランツが進んだ道を歩いていく。
先へ先へと歩いていると――
また小さな広間に出た。
どうやら天井の岩盤に穴が開いていて、そこから漏れた一条の月光が地面に差している。そこにはひと房の草が生えていた。
その草を見た瞬間、俺の背中が粟立つ。
――あれは、グランヴェール草!?
妹のアリサが俺にとってきてくれと頼んだ貴重な薬草だ。
見間違いかと思った。ギルドの買取員が言っていたじゃないか。とても珍しいものだと。だが、見間違いのはずがない。アリサに頼まれてるから絶対に見落とさないように何度も何度も図鑑で確認したからだ。
俺は近づいてつぶさに草の様子を眺める。
……何度見ても間違いない。これはグランヴェール草だ。
どうする?
もちろん、採取する。
妹から頼まれているものだし――この草があれば妹の友人の命が救えるのだから。
そこで別の言葉を思い出す。
ギルドで聞いた――今は『黒竜の牙』の占有地でないと採れないと。
とすると、ひょっとしてこれは『黒竜の牙』のものか? 俺はそれを盗もうとしていることになる?
だが、その点は大丈夫だ。
洞窟に入る前、俺はグランツに確認していたのだ。ここは『黒竜の牙』の占有地ではないのかと。だが、グランツははっきりと否定した。違うと。
である以上、ここは『黒竜の牙』の占有地ではない。
ならば、これは勝手に生えている雑草と同じで、誰のものでもない。ここで俺が見つけたものを、俺が採取しても別に問題はないはずだ。
俺はグランヴェール草を採取した。
よし。
洞窟の奥へと進むと――そのまま外に出てしまった。どうやら、洞窟には入ってきた場所以外でも外につながっているらしい。
ここからグランツは逃げ出したのだろう。
むちゃくちゃな状況だ。
依頼はキャンセルされたも同然、帝都に戻って冒険者ギルドに報告するとしよう。
……やれやれ、なぜグランツが俺を殺そうとしたのか結局わからずじまいか。すべては謎に包まれたまま、得るものはなかった。
いや、得るものはあった。
グランヴェール草だ。
死にそうな友人のために、妹のアリサが俺に願った。
――グランヴェール草を見つけてきてよ。そんな奇跡、起こせないかな?
その願いは正しく通じて――
奇跡は、起こった。
俺のこの手が、確かにつかみ取ったのだ。
これを渡せばきっとアリサは喜んでくれるだろう。
温かい感情が俺の胸に広がっていく。俺はやったのだ。妹の願いを叶えたのだ。
「待っていてくれよ、アリサ!」
俺は帝都に向かって歩き出した。早く家に帰り着きたい。
アリサの喜ぶ顔が楽しみだ!
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