表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/55

21.元神童、命を狙われる

 森を闇が包んでいる。

 獣よけとして絶やさない、たき火の炎だけが赤く輝いていた。ぱちぱちと弾ける炎をライオスは無言で眺めていた。

 モンスターのうろつく危険な森だ。誰かが見張りをするのは当然だ。

 だが――こんばんに限っては別の理由がある。

 ライオスの視線の先には眠りにつくイルヴィスが見えている。


「眠っている今ならばどうしようもあるまい……」


 小声でぼそりとライオスはつぶやく。その口元には笑みが浮かんでいた。

 きん、と小さい音がした。

 ライオスが腰の短剣を引き抜いたのだ。

 仕事は簡単だ。眠っているイルヴィスに近づき、この短剣を胸に突き立てるだけ。さっきは並外れた洞察力にしてやられたが、今度は『単純な死の押し付け』――防げるはずがない。

 ライオスは足音を忍ばせて近づく。

 イルヴィスは静かに寝息を立てて瞳を閉じている。その様子を見下ろしつつ、ライオスは短剣を握る手に力を込める。

 その刃を振りかざした。月の光を浴びて銀色の短剣が鈍く輝く。


(……終わりだ!)


 一気に短剣を振り下ろした瞬間、視界の端で景色が変わるのをライオスは確かに見た。

 イルヴィスの目が、かっと見開いたのだ。


(――え!?)


 そう思った瞬間、ライオスの視界が大きく揺れた。天地が逆になったと思った瞬間、ライオスの背中は地面に叩きつけられていた。


「かはっ!?」


 大量の空気が肺からこぼれ、手からすっぽ抜けた短剣が地面に転がる。

 視線の先には上半身を起こしたイルヴィスが座っている。

 何が起こったのかライオスはようやく理解した。

 いきなりイルヴィスが起き上がり、ライオスの体を放り投げたのだ。


「……ん、ん?」


 だが、とうのイルヴィスははっきりとしない。寝ぼけた様子でふわっとしていたが、やがて状況に追いついたようで、その目は己がぶん投げたライオスに向けられていた。

 イルヴィスの表情が驚愕に変わる。


「あ、あ、あああああああああああああああああ!」


 イルヴィスが夜の森に響き渡るような大声をあげた。


「す、すみません! グランツさん、いきなりぶん投げてしまって!」


「あ、いや……そ、そうだな、びっくりしたな……」


 そう答えつつ、ライオスは心を落ち着かせて考えを整理する。イルヴィスの反応からすると、ライオスの行動に気づいていないようだが……?

 慎重な確認が必要だ。


「イルヴィスよ、き、急に起き上がって、ど、どうしたんだ?」


「……えーとですね、その殺気を感じたんですよ」


「殺気」


「それで自動防衛しちゃったんだと思います。どんなに眠くても反撃しちゃうんですよね」


 なんだそれは!

 とんでもない化け物だとライオスは内心でひるむ。


「あの、それでグランツさん……どうして殺気を俺に――?」


「う……!」


 ライオスは答えあぐねた。

 そう、普通は寝ている人間に殺気を向けたりしない。それを向けるということは――


「いや、わかってますよ、グランツさん」


 へらっと笑ってイルヴィスが続ける。


「あれでしょ、あっちにモンスターの影とか物音があってそれに気がついたんでしょ?」


「……そ、そうだ。そこに何かがいた気がしたんだけど――今の騒ぎで逃げられたようだ」


「うーん、すみません」


 イルヴィスは頭を下げた。


「どうやら、その殺気に反応しちゃったようですね。雇い主を投げ飛ばしてしまうなんて本当にすみません」


「い、いや、構わない。私も不用意なことをしたのだからね」


 どうやら毒スープのときと同じくうまく勘違いしてくれている。助かった、とライオスはほっとした。

 イルヴィスが口を開く。


「お詫びに、俺が見張りを代わりますよ」


「……そうか、なら任せよう。まあ、別に気にしないでくれ」


 目を覚ましていた護衛の2人にも寝るように指示し、ライオスは自分の寝場所に戻って瞳を閉じる。

 そして、そっと反省会をした。


(……あいつ、むちゃくちゃ強いじゃないか!)


 どうやら薬草の知識だけではなく格闘の技術も相当凄いらしい。認めなければならないだろう、あの男は『黒竜の牙』のメンバーである自分の力を遥かに凌駕している。


(やはり、ドーピング・コボルトをけしかけるしかないか……)


 もともとヴァルニールたちが使っている秘密の実験場に連れていく予定だった。


 グランヴェール草を育てている場所であり――ドーピング・コボルトを実験している場所でもある。


 強力なオーガすら手玉にとる規格外の力――期待のルーキーといえど、ひとたまりもないだろう。


 絶対の勝利を確信しつつ、ライオスは上機嫌に瞳を閉じた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、俺たちは再び大森林の奥を目指してまた歩き出した。

 最終目的地にたどり着いたのは、ちょうど夕方になろうとしている頃だ。


 それは岩壁に穿うがたれた洞窟だ。


 この洞窟の奥には特殊なコケが生えているらしく、グランツはその調査のために来たらしい。

 俺たちは洞窟の奥へと入った。

 しばらく奥に進むと大きな空間に出た。そこから何本か道が伸びている。


「さて、ここでお別れだ」


 グランツがそんなことを言った。


「私はあちらの道を進んで、奥にあるコケを調べようと思う。君たちはあちらの道に行って、奥に生えている薬草を採取してきてくれ。ここで合流しよう」


 そう言うと、グランツは洞窟の奥へと消えていった。


「おら、行くぞ、お前!」


 護衛のふたりとともに、俺はダンジョンの奥へと進む。

 しばらくすると、通路の奥にまた大きな空間が見えた。


「おい、下っ端! モンスターがいないかチェックしてこい!」


「いるぞ」


「え?」


 俺の言葉に二人が眉をしかめる。

 わからないのか? こんなに明確な気配なのに。感じないのだろうか。

 ……いや、違うな。きっと俺を試そうとしているのだ。社会人とは本当に怖いものだ。俺はできる限り頑張らないと。


「その広間の奥に気配を感じる。それに――」


 さっき通りすぎた道の途中にある脇道からも、いくつか気配があった。それも報告しようと思ったが、そうする前に男が大きな声で俺の言葉をさえぎった。


「うっせー! 行けったら行けよ!」


「……え、いや、モンスターがいるのは確定的に明らかだが?」


「お前の思い違いかもしれないだろう!? 目で見て確認! サボろうとするな!」


 ……仕方がない。それなら奥に向かうとするか。

 俺は二人に先行して広間へと入った。なかなか大きな空間で、遠くは暗がりに沈んでいて先が見えない。だが、その濃厚な闇の向こう側にいくつか気配があるのは間違いない。

 その直後――

 ぴーっ! と甲高い笛の音が洞窟に響き渡った。

 背後を振り返ると、護衛の二人組が小さな笛を手に持っていた。


「なんだ、今のは?」


「こいつで、お目覚めになるらしいんだよ」


 などと意味不明な答えが返ってきた。だが、男の声に呼応するように、今まで静かだった奥から獣のようなものが聞こえる。やがて、濃厚な闇に無数の黄色い双眸そうぼうが輝いた。

 ひた、ひたと裸足の足音が近づく音が聞こえる。

 闇から何かが現れる。

 犬の頭を持つモンスター――


「コボルト……?」


「そうだ。お前を殺すためのな!」


「俺を……?」


「ああ! この薬草調査の依頼はぜーんぶ嘘さ! あのグランツって男はお前に死んでもらいたいらしい。ここでコボルトたちと連携して、お前を殺せってさ!」


連続で更新しています。そのまま次の話をお読みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コミック版無気力ニート、発売中です(2023/01)!

shoei


文庫1巻、発売します(2022年5月25日)! 
第0章『神童、就活してニートになる』を加筆。

shoei2

― 新着の感想 ―
[一言] 冥土の土産って、言った奴が冥土に行くのがテンプレ…
[一言] あーあ、言う必要の無いことペラペラと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ