20.怪しいスープの正体は
「ライオス、お前に頼みたいことがある」
その後にヴァルニールが続けた言葉はこうだった。
「高品質な薬草を集める男、そいつを見つけ出し――殺せ」
それが、ライオスがヴァルニールから受けた指令だった。
ライオスに動揺はなかった。もとからライオスはこういった汚れ仕事をすることで名をあげてきた男だ。己の存在価値がどこにあるのかをライオスは理解している。
ライオスはグランツと偽名を使い、冒険者ギルドに接触した。
男は簡単に見つかった。
現れたのは――
「イルヴィスです。よろしくお願いします」
20くらいの若造だった。ライオスは拍子抜けした。達人のヴァルニールですら届かない領域に立つ男が、こんな飄々とした若者だと?
(……何かの間違いだったか……)
ライオスはそう結論づけた。
だが、ライオスの『暗殺』任務は何も変わらない。殺せと言われたのだから殺す。それだけだ。
ライオスが選んだのは毒殺だった。
毒草をベースにスープを作り、それを飲ませて殺す。冒険者ギルドにはイルヴィスが自分で作ったスープを飲んで勝手に死んだと報告するだけだ。
「よし、夕食は私がスープを作ろう。材料になる野草を採ってくる」
採ってきた毒草を使い、ライオスはスープを作る。
「ありがとうございます。おいしそうですね!」
イルヴィスは毒のスープなどと思わず、笑みを浮かべて食器に口をつける。
そんな様子をライオスは冷たい感情のままに眺めた。
(……悪いな、小僧。どうやら上の勘違いのようだが、お前は悪目立ちしすぎた。社会ってのはな、怖いところなんだぜ?)
間もなくイルヴィスは口から血を吐いて倒れるだろう――
ライオスはそう思っていたが、そうはならなかった。
「本当においしいですね!」
そんな風に絶賛してきた。
……え?
思わず漏れそうになる驚きの声をライオスは慌てて飲み込んだ。毒の量が足りなかったのだろうか、毒の効きが悪いのだろうか。
「グランツさんも早く食べられては? 冷めちゃいますよ?」
「……え、いや……私は、その」
勧められても困る。毒と知っているのに飲めるはずがない!
というより、どうしてこの男は死なない!?
対策としてライオスはおかわりをイルヴィスに渡してみたが――
「ぷはぁ、うまい!」
けろっとした様子で飲む。
意味がわからない!
確かに毒入りスープを飲んでいるのに!?
だが、状況は想像よりも悪化していた。
「本当に問題のない素晴らしい味です。グランツさんも早く食べてください。そうすればわかりますよ」
――!
飲めるはずがない。猛毒のスープなのだ。だが、飲まなければ疑われる。
「さあ、ぐいっと。一気にやってくださいよ!」
にこやかにそう言った後、イルヴィスは首を傾げた。
「どうしたんですか? 冷めちゃいますよ?」
目の前のイルヴィスがにこにことした顔でスープでうながす。
飲まずにすませることなど、できるはずがない!
(……どう言うことだ! あいつは毒入りスープを飲んでいるのに、なぜ死なない!?)
わからない。まったくライオスにはわからない。
わかっていることは、決断までの時間はさほど残っていないということだ。
部下2人が心配げな視線でライオスを見ている。
(くそおおおおおお! 馬鹿野郎! お前ら! 私に心配そうな眼差しを送るんじゃあない! 毒だと勘づかれたらぶちのめすぞ! このトンチキが!)
イライラを内心で吐き出した後、再びライオスは現実に向き合った。
己の手にある食器――そこにある琥珀色に輝くスープを。
(く、く、く、く、くおおおおおおおお!)
手が震えた。
一瞬、ここで部下たちともにイルヴィスを襲おうかと思ったが、すぐに思い直した。配置が悪く、2人の部下たちも準備ができていない。一撃で仕留められなければ逃げられる可能性がある。
ここはこれを飲んで、次のチャンスを待つしかない。
大丈夫――何かしらの理由で毒が消えただけだ。だから、あいつは飲んでも大丈夫なんだ。そうだ、そうに違いない。
(飲む! 飲んでやる! 飲んで何事もないことを示してやる!)
ライオスは覚悟を決めて食器に口に近づける。
その口が食器のふちにつこうとしたとき――
「あ、そうそう。言い忘れていましたけど、間違えて採取していた野草、あれって毒のあるガレオン草でしたよね? なのでガレオン草の毒を中和する魔術を鍋にかけておきました」
にこにことした笑顔でイルヴィスが言う。
――!
荷物整理をしたかったので、ライオスは一瞬だけ火の確認をイルヴィスに任せた瞬間があった。おそらく、そのときのことだろう。
「すみません、報告しようとして忘れていました」
「……あ、いや、大丈夫だ。次からは気をつけてくれ」
「はい!」
威勢よく返事をした後、一転、ふに落ちない様子でイルヴィスが尋ねる。
「ところで――どうして毒草のガレオン草を?」
その言葉はライオスの心臓を締め付けた。
その通り、普通は毒のある食べ物を食事には含ませない――何かしらの意図がなければ。
「あ、いや、その……」
必死にライオスが言い訳を探していると――
「わかっていますよ」
イルヴィスの目がじっとライオスを見つめていた。その目は静謐でまるですべてを見通しているかのように澄んでいた。
(……バレている……!)
ライオスは背中に冷たいものを感じた。
「わかっている、とは……?」
「本当は毒のあるガレオン草ではなくガネッチ草を採取したかったんですよね?」
「え?」
わかっていなかった。
そんなライオスのことを気にせず、イルヴィスが話を続ける。
「ガネッチ草は食用にも使われる植物です。ただ、問題があって、毒を持つガレオン草と似ているんですよね。冒険者がちょくちょく中毒になる事故が起こっています。うっかり見間違えたんですよね?」
「そうそう、それ! それだよ!」
ライオスは全力で乗っかることにした。ごまかせるならそれでいい。
「いやはや、植物を扱うものとして恥ずかしい限りだ。イルヴィス、君のおかげで助かったよ」
「やっぱりそうでしたか。そうですよね! だって、グランツさんが――俺とは初対面のグランツさんが、俺に毒を盛るなんてないですよね!」
「も、もちろんじゃないか……」
「よかった! 間違いは誰にでもあります! 気にしないでください!」
にこやかに応じるとイルヴィスはうなずき、食事に戻った。
ライオスは内心で安堵の息を漏らしながら、イルヴィスの評価を改めた。
確かにガネッチ草とガレオン草は似ている。だが、この男は遠目でちらっと見ただけでそれに気づいたのだ。その鑑識眼の鋭さは脅威に値する。そんなこと、ライオスにもできない。
(……薬草相場を小指で動かす男という評は伊達ではないか……甘く見るのはよそう。今度は確実に仕留めなければ!)
ライオスは注意のレベルを一段上へと跳ね上げた。
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