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19.元神童、怪しげなスープを飲む

 俺はグランツたちと合流した後、大森林の奧へと向かった。

 その途中、グランツが俺に話しかけてきた。


「神の手の噂は聞いているよ」


「いや、それほどのものでもないですよ」


謙遜けんそんする必要はない。それだけ高品質な薬草を集めているんだ、普通じゃないのはわかっている。一体どんな特別なことをしているんだ?」


「えーと……」


 俺は言葉を探した。特に出し惜しむつもりはないのだが、本当に答えが見つからない。俺は別に特別なことなんて何もしていないのだが……。


「何か特別な魔術を使っているとか?」


 グランツが試すような口ぶりで言う。

 特別な魔術――そう水を向けられても、何も思いつかなかった。採取の前に地面の栄養素を集めたり、それが漏れないように表面をコーティングする魔術なんて普通のことだからなあ……。


「いや、本当に特別なことなんて何もしてないんですけどね」


 俺は真心を込めて返答したつもりだが、グランツは満足していないのだろう、俺の顔をじっと見てから鼻を鳴らした。


「それが君の答えか。まあ、そう簡単には部外者に教えられないか」


 ……いや、そういうわけでもないのだが。

 グランツは少し機嫌が悪くなってしまったようだ。うーむ……やってしまったか。人間関係の構築もまた社会人の必須スキルのひとつ。相手はクライアントなのだからなおさらだ。俺としてはうまく関係を作りたかったのだが、初手でミスってしまうとは。


 難しいなあ……社会人。


 そんな微妙な空気の中、俺たちは大森林の奥を目指して進んでいく。

 モンスターは出てこなかった。俺がこっそりとモンスター払いの魔術を展開しておいたからだ。モンスター退治も仕事なのだから、事前の段階で仕事を減らす作戦だ。

 そんなわけで俺たちの歩みはすこぶる順調だった。

 道中、グランツがちょこちょこと立ち止まりつつ、そこら辺に生えている薬草を調査していく。


 そんな感じで最初の一日は終わった。


「さて全行程のまだ半分だ。今日はこの辺で休むとしよう。イルヴィス、野営の準備を行ってくれないか?」


「わかりました」


 雑務も俺の仕事である。アイテムボックスから出てきた全員分のテントを俺は設置していった。


「よし、夕食は私がスープを作ろう。材料になる野草を採ってくる」


 そう言うと、グランツは森の奥へと姿を消した。残った部下らしき2人の戦士風の男たちは喋りながらサボっている。俺は気にせず設営を進めた。特に腹立たしいことはない。彼らは雇い主の部下なので、俺よりは上位にいるのだから。

 俺の設営が終わる頃、グランツが戻ってきた。その手には採取してきた野草を持っている。


「さて、料理を作るぞ!」


 グランツが火を起こし、手際よく料理を作り始める。

 やがて、料理が完成した。

 甘やかなスープの香りが暗くなった――魔術による明かりに照らされた森に漂っている。


「中年の手料理で恐縮だが」


 グランツが持ってきていた食器にスープを注いでいく。

 俺はその食器を受け取った。


「イルヴィス、初日から頑張ってくれてありがとう。遠慮せずに食べてくれ」


「ありがとうございます。おいしそうですね!」


 俺は食器に口をつけた。温かい液体が喉の奥を通り、胃へと流れていく。 正直かなり腹が減っていたのでありがたい。我慢ができなくなった俺は一気にスープを飲み干した。


「ふぅ……!」


 満足の味わいだった。

 そんな俺の様子をグランツは口元に笑みを浮かべて眺めている。


「どうだろう、イルヴィス。味は?」


「本当においしいですね!」


 お世辞ではない。グランツの料理は格別だった。


「グランツさんも早く食べられては? 冷めちゃいますよ?」


「……え、いや……私は、その」


 グランツはぶつぶつ言いながら、はっきりしない表情のまま両手で食器をもてあそんでいる。

 ……? どうしたんだろう、自分で作ったものなのに食べたくないのだろうか?


「イルヴィス、その……何か気になることはあったりするか?」


 気になること?

 まったく質問の意図がわからない。自分の作った料理に自信がないのだろうか。


「いえ、何も気になることはありません。素晴らしいお味でした。グランツさんも食べてみてください」


「あ、ああ……」


 グランツは冴えない――どころか、顔が蒼白だ。護衛の2人も心配げな様子でグランツを眺めている。

 しばらくの沈黙の後、思いついたようにグランツが言った。


「そうだ! もう一杯どうかね!?」


「ああ! いただけるのでしたら!」


 まだまだ腹は空いている。お代わりしていいのだろうか――社会人的に。微妙に悩んでいたのでグランツからの申し出はありがたかった。

 俺は笑顔で食器をグランツに差し出す。

 グランツはややぎこちない動きでスープを食器に注ぎ、俺に差し出してくれた。


「さあ、召し上がってくれ! イルヴィス!」


「はい! ありがとうございます! 『毒を食らわば皿まで!』の勢いで食べます!」


 俺がそう言うと、なぜかグランツの身体がびくりと震えた。

 ……どうしたんだろう? ま、気にしないでおくか。

 俺はぐぐぐっとスープを飲み干した。


「ぷはぁ、うまい!」


 そんな俺をグランツが見つめていた。その目ははっきりと泳いでいる。


「え、その、本当に……味の方は大丈夫、かね?」


 何をそんなに心配しているのだろうか。そんなに味が不安なのか?

 自信をつけてもらわなくちゃな。


「本当に問題のない素晴らしい味です。グランツさんも早く食べてください。そうすればわかりますよ」


「あ、ああ……」


 グランツは煮えきれない表情のまま、食器に入っているスープをじっと見つめていた。

 その両肩が微かに震えている。


 ……少しでも不安を取り除いてもらわないと。俺は満面の笑みを浮かべてこう言った。


「さあ、ぐいっと。一気にやってくださいよ!」



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― 新着の感想 ―
[良い点] ペロリ! これは青酸カレーの味!(違う)
[気になる点] あっれー?何でイルヴィス君は平然と食べてられる? [一言] グランツさんの、ちょっといいとこ見てみたい!あそれ、一気、一気!!
[良い点] 毒を食らわば皿まで! [一言] かいしんのいちげき!
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