18.元神童、指名で依頼を受ける
それから数日後――
ヴァルニールの執務室をライオスが再び訪ねてきた。
ライオスは禿頭でメガネをかけた30半ばの男だ。ヴァルニールの配下として10年以上の付き合いがある。
「ヴァルニールさま、こちらが市中に出回っている高品質の薬草でございます」
「ほう」
薬草を見た瞬間、思わずヴァルニールは息を呑んだ。みずみずしく、実に素晴らしい薬草だった。『黒竜の牙』が独占している高品質な薬草を上回る質の高さだ。
ライオスは持ってきた資料に目を通しながら報告を続ける。
「この薬草を解析した結果、異質な点が2つ発見されました。1点目が、この薬草には普通の薬草とは比較にならないほどの栄養素が満ちております。2点目が、その栄養素を外部に漏らさないための魔力によるコーティングが表面を覆っております」
大量の栄養を集めて、しかも漏らさない。
それならば理解できる仕組みだが――ヴァルニールは前提に納得できなかった。
「……大量の栄養だと?」
ありえないとヴァルニールは思った。
なぜなら、大森林の土中の栄養素は『黒竜の牙』の占有地に集まっているからだ――ヴァルニールがそうしているから。
占有地の外は栄養が欠乏しているはずなのに。
「なぜ、そんなことが?」
「成分を調査したところ、微細な魔力の痕跡を確認しました。何かしらの魔術によって採取前に土壌の栄養を注入しているのではないかと思われます」
つまり、2点とも魔術による効果だ。
だがそれはヴァルニールの常識に馴染まない。
そのような魔術が、薬草の品質を爆発的に高める魔術が存在するのなら、それは革命にも等しい事実だ。世界のありようが変わってしまう。
本当に存在するのなら。
だが、採取を極め尽くしたヴァルニールですら、そんな魔術を知らないし使えない。
「ライオスよ、お前は知っているのか、そんな魔術を?」
「いえ、もちろん存じ上げません」
己の理解を超えた異質な力に――ヴァルニールはぞっとしたものを感じた。
それからしばらく、ヴァルニールは館の最奥に身を隠して薬草にかけられた魔術の解析に全力を投じた。組織としての仕事は全て誰かに任せるか後に回した。謎の魔術を『知らない』状況にはできなかったのだ。
ひたすら調べて調べて調べて――
ヴァルニールの才能は答えに至った。
確かにその魔術は存在する!
だが、ヴァルニールですら使うことができない難度だ!
信じられない気持ちに支配され、ヴァルニールは呆然とした様子でイスに身を預けた。ヴァルニールは植物に関する魔術のエキスパートであり、その方面に限れば帝都でもトップに位置する実力だと思っている。
その自分が、構築できないほどの魔術とは!
己の才能の限界を突きつけられたようで、ヴァルニールは衝撃を受けていた。
ヴァルニールはライオスを呼びつけると、己の至った結論を聞かせた。
ライオスもまた信じられない様子でヴァルニールを見た。
「そ、そんな……。ヴァルニールさまでも手の届かぬ魔術でございますか」
「凄まじい使い手だ。同じ道を歩む者として純粋にその力には興味がある。だが――」
だが、ヴァルニールには立場がある。
帝都最大クラン『黒竜の牙』の重鎮『8星』としての立場が。
「私にも守らなければならないもの――示さなければならない意地がある」
手放しで『素晴らしい!』と喜んでいられないのだ。
8星として、部門の長として結果を出さなければならない。クランマスターであるオルフレッドが納得する圧倒的な結果を。
『黒竜の牙』こそが帝都の最高である事実を。
ヴァルニールはライオスに目を向けた。
「ライオス、お前に頼みたいことがある」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
いつも通り大森林で薬草の採取を終えた俺は冒険者ギルドへと向かった。
「いやー、今日も大漁ですね、大漁♪」
そんなことを言いつつ、俺が渡した薬草を鼻歌まじりで値付けしている買取員に俺は尋ねた。
「グランヴェール草って知ってる?」
「ええ、知ってますけど――え、ええええええええええええええええええ!?」
いきなり買取員が叫び出した。
「ままままままま、まさか、あのグランヴェール草までゲットしちゃったんですか!? その神の手は!?」
「違う違う。単に探しているだけなんだよ」
そう俺が言った瞬間、買取員が、はあ、とため息をついた。
「あー、驚いたー。そうですよね、さすがにイルヴィスさんの神の手でもグランヴェール草には届かないですよね」
うんうんと買取員がうなずく。
「グランヴェール草はですね、基本的に見つからないんですよ。ここ数年はめっきりですし、それ以前ですら、年に2、3度くらいの発見ですから」
「そうか」
やっぱり難しいものなんだな。
「でもですね、イルヴィスさんの神の手なら、いつか見つけ出すことができるんじゃないかと!」
その信頼感はどこからくるんだろうか……。
「ありがとう。頑張ってみるよ」
ともかくやるしかないか。
そこで買取員が話題を変えた。
「そうそう、実はですね、イルヴィスさんに『指名』の仕事が入っているんですよ」
「俺に指名?」
指名とは、そのままズバリ『この冒険者でお願い』と指名する依頼のことだ。
報酬が高くなるメリットもあるが、単純に『力を認められた』証でもあるので冒険者として誇らしい気持ちになれる。
……俺もそんなレベルの冒険者に――
いや、待て。
「薬草採取しかしていないのに? どうして俺の名前を知ってるんだ?」
「え? だってイルヴィスさん、そこそこ有名ですからね。名前そのものはまだ知る人ぞ知るレベルですけど、『神の手を持つ男』とか『小指で薬草相場を動かす男』みたいな感じで」
……その異名、みんな知ってるんだ……。
きっと俺をからかっているんだろう。新米冒険者である俺を。ただの園芸委員でしかない俺がそんな名人であるはずもないのに。
これは先輩たちからの『おちょくり』だろう――怖いものだ。これが社会か。
買取員が話を戻した。
「で、依頼の話なんですけど。大森林の植生を調査したいそうで、土地に詳しそうな冒険者をアサインして欲しいと。で、話題の『神の手』を指名されたんですね」
そう言って、買取員は取り出した一枚の紙を俺に差し出した。
「これが依頼の明細です」
俺は紙を眺めた。依頼内容がコンパクトにまとめられている。仕事内容としては道案内と道中に出てきたモンスターを倒すこと、か。依頼者の欄を眺めると――
「薬草商人のグランツさん、か」
そこで俺は買取員に尋ねた。
「この人は?」
「……よくわからない人なんですよね。初めて取引される方で。通常、そういう人からの指名はお断りするんですけど、有力な方からの紹介状を提示されたので特例で許可しました」
うーん、と呟いてから買取員が続ける。
「イルヴィスさんが嫌なら断ることもできますが。どうします?」
少し考えてから、俺はこう答えた。
「……受けてみようか」
協調性ゼロの俺としてはあまり気が乗らないのが本音だが、わざわざ指名してくれたのだ。そのチャンスは活かしておこう。冒険者としての経験を深めるチャンスだ。
それから数日後――
依頼を出してきた依頼人と俺は町はずれで合流した。
「薬草商人のグランツだ。依頼を受けてくれてありがとう、今日はよろしく頼むよ」
グランツは禿頭でメガネをかけた30半ばの男だ。
彼の背後には護衛だろうか。戦士風の男が2人立っている。
グランツが差し出した手を握り返しながら、俺はにこやかに――社会人は第一印象が大事だと聞かされたので、昨晩ずっと鏡の前で練習した笑みを浮かべてこう言った。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
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