16.元神童、珍しい薬草を探すことになる
ジオドラゴン討伐から一ヶ月――
その日、フォニックは『黒竜の牙』幹部として定例の報告会議に出席していた。と言っても、多忙な8星全員が揃うはずもなく、集まったのはフォニックとカーミラ、ヴァルニールの3人とオルフレッドだけだ。
薬草採取で稼いでいるヴァルニールの報告は堂々としていた。
胸を張れる売上と様々な施策を朗々と語った後、自信たっぷりにこう締めくくった。
「今月も順調です。特に問題はございません」
ヴァルニールの言葉に、黙して聞いていたオルフレッドが質問を返す。
「……市中に我々のものではない高品質な薬草が出回っているという噂を聞いているが、その点についてはどうなのだ?」
「お耳が早いですな!」
ヴァルニールは口元を緩めて感嘆の声を上げる。
「ですが、何も問題はありません。すでに供給は止まっており我々の独占状態に戻っております。おそらくはたまたま何者かが良質な薬草の群生地を見つけ出したのでしょう――そして、それも狩り尽くしたのだと思われます」
「……そうか。だが、気は引き締めておけ。油断はするな」
そう言ってから、オルフレッドは話題を変えた。
「ところでグランヴェール草の準備は大丈夫か?」
「もちろんでございます」
グランヴェール草とは、とある難病を治す薬の原材料になる植物だ。とても生育が難しい貴重な植物で、現時点では『黒竜の牙』の専有地でしか採取できない。
「ひと株だけですが、 生育は順調、お約束の日に間に合うのは保証いたします」
「保険はないのか。ふた株は無理だったのか?」
「……厳しいですな。管理の難しさは努力でどうにかなりますが、必要とする栄養の量が非常に多い薬草でして。ひと株を確実に育てるのが限界でございます」
「わかった。お前に任せよう。たが、失敗は許されぬこと、肝に銘じよ」
グランヴェール草の取引は重要な取引だ。取引相手がとても有力な人物で、クランの今後の発展を考えると大きな意味を持つからだ。それゆえにオルフレッドの要求も厳しい。
それでも――
「もちろんでございます」
ヴァルニールは笑みすら浮かべて応じる。己の失敗など考えてすらいないい様子だ。
次にオルフレッドの目がフォニックを見る。
「フォニックよ、お前に問いたいことがあるのだが」
「なんなりと」
オルフレッドはテーブルに置いてある紙を手にとった。フォニックがまとめた報告書だ。
たどり着いたときにはもうジオドラゴンは倒されていて、どうやら倒した人間が使っていた武器は――
「木の枝、だと?」
オルフレッドの口から漏れた声には不審の色が濃かった。
フォニックはうなずく。
「……はい。その可能性がもっとも高いと思われます」
「流星の剣士フォニックよ、お前の腕なら木の枝で硬い鱗に覆われたジオドラゴンを倒せるか?」
「もちろん無理です」
「そうであろうな。私でも無理だ」
剣聖の域にまで高めた剣技を持つオルフレッドがあっさりと言う。
「それでもなお、お前は木の枝と言うか?」
「カーミラの見立てではエンチャント――魔力付与した木の枝なら可能だと」
「エンチャントか――」
オルフレッドが天井を仰ぎ見て少し考える。
「だが、どれほどの使い手であれば木の枝で竜の鱗を断てるのだ? カーミラよ」
「……おそらくは当代最高峰の実力者であれば」
カーミラの言葉に、オルフレッドは即答しない。
会議室をしばらくの沈黙が続く。やがて、オルフレッドがぽつりと言った。
「……欲しいな」
「欲しい、と言いますと?」
フォニックの言葉に、オルフレッドがにやりと笑う。
「それほどのエンチャンターが帝都にいるのだ 。仲間に引き込まない手はない。『黒竜の牙』に招けば戦力のアップは間違いない」
このクランの発展こそが己のすべて――だから、当たり前のようにオルフレッドは続けた。
「望むならば8星の席をくれてやっても良い」
オルフレッドの言葉は部屋の空気に確かな圧を加えた。
新しい使い手を8星を加えるということ――それはつまり、今の8星のうちの誰かが外れるということ。8星には8つの席しかないのだから。それを本人たちの前であっさりというのがオルフレッドなのだ。
だが、彼らに不満はない。
8星でいるということは、それにふさわしい実力を示し続ける必要があるということなのだから。
それをフォニックたちは知っている。
「フォニックよ、エンチャンターについての情報を集めよ」
「承知いたしました」
ただ、オルフレッドが望む結果を出し続けるだけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから1か月――
俺は家でごろごろとしていた。薬草採取のおかげで当座の生活費は充分だ。そんな状況でガンバリンが欠乏した俺が働けるはずがない。
そんなわけで俺がソファーに寝っ転がってお笑い小説を読んでいると――
「あのさ、お兄ちゃん、あの夜のわたしの感動を返してくれないかな?」
妹のアリサが俺の頬をつんつんと突いてくる。
俺は小説を読みながら口を開いた。
「お兄ちゃんはね、むっちゃ働いたから今は休養中なんだよ」
「……あのね、社会人経験の浅いお兄ちゃんに教えてあげるけどね、普通の社会人は1週間で2日しか休まないんだよ。お兄ちゃんはどれくらい休んでるの?」
「……うーん……たくさん?」
俺はアリサの目を見ないように注意しつつ答えた。
アリサがおおげさなため息をつく。
「そろそろさあ、働こうよ?」
「いや、待ってくれ、アリサ! 俺が自由な冒険者の道を志したのは『少しだけ働いて、あとはぐーたらするため』だ! ここで働き続けたら、その崇高な決意はどうなる? 本末転倒もいいところで――!」
「はいはい、情けないことをカッコいい言葉で言わないの!」
妹が容赦なく俺の言葉を一蹴した。
「働きなよ、お兄ちゃん」
「いやー、休みたい! お金があるうちは休みたい! 無くなったらまた働くからさ、しばらくはダラダラさせてくれよ!」
「情けないことを情けない言葉で言わないの! 救いがないよ!」
そんなわけで俺は家を追い出された。
プチ追放である。
まー、だけど今の俺には薬草採取という無限に生えてくる仕事があるので以前のような切迫感は特にないのだが。
帝都近くの大森林へと向かい、ちょいちょいと薬草を集めて冒険者ギルドへと持っていく。
いつもの買取員に見せると――
「おおおおおおおおおお! 相変わらず素晴らしいです! なんですか、この意味不明な高品質さは! お休みしていても神の手は健在ですね!」
そう興奮してくれた。
興奮冷めやらぬ様子で買取員が話しかけてくる。
「イルヴィスさん、お久しぶりです! 最近、ギルドに見えられなくて、どうしたのかなーと思っていました!」
サボってゴロゴロしていました!
とは言えないので、キリッとした雰囲気を漂わせつつ俺はこう答えた。
「自己研鑽だな」
まだ俺の本性を知らない買取嬢は目をキラキラさせた。
「さすがは神の手の持ち主――薬草相場を小指で動かす男ですね!」
何やら妙な称号が増えているんですけど!?
「……なんだ、その『薬草相場を小指で動かす男』ってのは。さすがに言い過ぎだろ?」
「はははは! 確かに言い過ぎました。小指はさすがにね!」
そっちじゃねーよ。
「俺は相場を動かしたりしないぞ?」
「え? 動いてますよ?」
「ええええ……? 冗談だろ? どうしてそんなことになっている?」
「前にも言いましたよね、高品質な薬草は『黒竜の牙』さんの独占状態にあるって」
「言っていたな」
「そんなわけで、それ以外のルートの高品質の薬草がこれだけ供給されれば、いろいろと変わりますよ」
「これだけ供給ってね……。俺ひとりが集めた量なんてたかがしれているだろ?」
「いえいえ、あくまでも『高品質』ですからね。『黒竜の牙』さんに独占される前からそもそも量はそんなになかったんですよ」
「へえ」
「なので、これだけの量でも充分にインパクトはあるんですよ」
うんうんとうなずいて、買取員はこう続けた。
「正直、多くの治癒院が助かっています。『黒竜の牙』さんの売価は高すぎて、普通の善良な治癒院では買えないんですよね……。ありがとうございます、イルヴィスさん」
「はは、どういたしまして」
そんなことを言われると照れてしまうな。
……だけど、本当によかった。俺のしたことで喜んでくれる人がいる事実は単純に嬉しい。
俺は家に帰ると、その話を妹のアリサに伝えた。
「薬草を採ってきたらさ、ギルドの担当に言われたよ。俺さ、薬草集めがうまいらしくて。すごく助かってるってさ」
「ええー、本当にぃ?」
アリサがうさんくさそうな目で俺を見てくる。
その表情が不意に和らいで優しい笑みを口元に浮かべた。
「ま、信じてあげる! お兄ちゃん、人の役に立てて良かったね!」
「ありがとう。……まだあんまり実感はないけどな」
「お兄ちゃんは薬草集めをしているの?」
「そうだね。未熟な冒険者はそれをして稼ぐのがセオリーらしい」
「ふぅーん」
アリサが俺の顔を試すような目つきで眺める。
少し考えてから、意を決したようにこんなことを言った。
「あのさ、まあ、見つかれば――見つかればでいいんだけどさ……探して欲しい薬草があるんだけど」
「なんて薬草?」
俺の問いに、少し間を開けてからアリサが答えた。
「……グランヴェール草って名前なんだけど――知ってる?」
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