15.元神童、晴れてFランク冒険者となる
ジャイアント・リザードとの激闘を制してからしばらく――
やっぱり俺は薬草集めを続けていた。
「いやー、今回も高品質な薬草をたっぷりとありがとうございます!」
ギルドの買取嬢がにっこにこな笑顔で薬草を引き取ってくれる。
高品質な薬草は『黒竜の牙』の独占状態にあるため市中に出回りにくい。そこに俺が風穴を開けている状況なので業者からとても感謝されているそうだ。
「こちら、今回の買取料金となります」
「ありがとう」
「あ、そうだ!」
買取嬢がそこで話題を変えた。
「大森林のジオドラゴンが倒されたそうですよ!」
「ジオドラゴン? え、ドラゴン!?」
「はい、ドラゴンです!」
俺は内心で驚いた。ドラゴンといえばモンスターの中でも最上位の強さを誇る種族だ。そんな物騒なものが大森林にいるだなんて……。
さすがに学生時代は主席だった俺も、ドラゴンが相手ではひとたまりもないだろう。
「誰が退治したんだ?」
「そこは情報が降りてきていないんですけど、噂では『黒竜の牙』のフォニックさまが討伐部隊の隊長を務められたと伺っております」
フォニック!
その名前を聞いて俺は懐かしい気持ちになった。ニートである俺を立ち直らせてくれようとした――おまけに、うまくいかなかったときは心から謝罪までしてくれた男の中の男だ。
そうか、彼がジオドラゴンを倒してくれたのか。
やはり学生剣聖の俺とはひと味もふた味も違う――社会人とは強いものだな。
「ありがたい限りだな……いつか俺もそれくらい強くなりたいものだ」
「まずはジャイアント・リザードからですね!」
「おいおい、ジャイアント・リザードならさすがに倒したぞ?」
「え、すごいじゃないですか!」
「そうなの?」
「はい。駆け出し冒険者にとってジャイアント・リザードは脅威ですからね」
「そうなんだ」
なるほど……あの大きさだと駆け出し冒険者どころか中級冒険者ですら驚異のような気もするんだが、確かに俺が倒せるくらいだからな……。
「じゃあ、意外と俺にも冒険者の才能があるのかもな」
「ありますよ! 神の手ですし!」
「神の手は脇に置くとして――仮登録の卒業は早くしないとな」
「え?」
「え?」
「えええええええええええええええええええ!?」
買取嬢が大きな声をあげてのけぞった。
「イルヴィスさんって、まだ仮登録だったんですか?」
「そうだが?」
「てっきりもう本登録になっているものとばかり思っていましたよ」
「いや、まだだが……え、ひょっとして本登録できたりする?」
「薬草の納品で貢献されてますからね、充分だと思いますよ。あちらのカウンターで話をされてはどうでしょうか?」
……失敗したな、本登録ってこちらからアクションを起こさないとダメなのか……。てっきりギルドから言ってくるものだと思っていて、いつも薬草を売ったらとんぼ返りしていた……。
そんなわけで、俺は買取カウンターから受付カウンターへと移動した。
「仮登録中の冒険者なんだが、そろそろ本登録できるか教えてもらいたんだが――」
「仮登録の冒険者カードをご提示ください」
俺がカードを引き渡すと、受付嬢はそれをカウンターに置いてある機材へと入れる。彼女がぽちぽちと機材のボタンを操作すると、ぴろりん♪ と軽い音がした。
「おめでとうございます。本登録できますね」
おお……! つ、ついに……!
「登録料が5万ゴルドとなりますが、本登録いたしますか?」
……そうか……そういう話でしたね!
「もちろん、大丈夫ですよ」
高品質な薬草を売りまくっていたおかげで、俺のふところは温かいのだ。
いくつかの手続きが終わった後、俺は本登録の冒険者カードを受け取った。仮登録のカードは番号と所属する冒険者ギルド名が書かれているだけの簡素なものだったが、これは違う。
俺の名前『イルヴィス』が確かに記されている。
俺専用のカードで、俺が冒険者として認められた証だ。
大きな達成感と燃え上がるような高揚が俺の心に広がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夜、俺は妹のアリサを誘って外食に出かけた。
「うまいものでも食べにいかないか? 俺のおごりで」
そう誘ったとき、アリサは開口一番にこう答えた。
「ああ、あれ。初任給でお世話になった人に食事をおごるってやつ!」
お見通しでしたか!
厳密には薬草を売って稼ぎ出したのは少し前なので初任給ではないのだが、正式な冒険者になってからにしようと考えていた。
「……まあ、その心配をかけたからな」
「うふ、お兄ちゃんは変人だけど、人の心があったんだね!」
「そう、ガンバリンはないけどオモイヤリンは少しあるんだ」
「少し」
うふふふ、とアリサが笑う。
「お兄ちゃん、心配をかけた慰謝料は基本的に倍返しだから覚悟しておいてね?」
そんなわけで、俺たちは少しお高いレストランに入った。
本当に倍返しを実践したいのか、アリサは容赦なく食べたいものを値段に糸目をつけずに頼んでいった。一度だけ、俺に確認してくれた。
「お金、大丈夫?」
「大丈夫だ」
高品質の薬草が高く売れたおかげで俺の財力には余裕があるのだ。
「すみませーん、『ブランドール産ふかひれステーキ、ラフレット蟹ソース』と『フォアグラと、たけのこのソテー』を追加でお願いします!」
俺の……財力には……余裕が……ある、のだ……。
食事がひと段落した頃、俺はアリサに新しい話題を振る。
「アリサ、とうとう俺は冒険者になっちゃったよ」
そう言って、手に入れたばかりの冒険者カードをテーブルに置いた。
「ほー、これが噂の! どれどれ?」
アリサは興味津々な手付きでカードを手に取り、しげしげと眺めた。
「……お兄ちゃんって『戦士』なんだ?」
「あんまり戦士って意識はないんだけどな……ギルドの人に勧められてね」
「いいんじゃない? 学生時代は剣術も1位だったじゃない? よ! 学生剣聖!」
「……それ、恥ずかしいからやめてくれ……」
学生剣聖くらいだとジャイアント・リザードを倒すのが精一杯なのだから。
「社会は厳しいからな。学生時代の栄光なんて忘れないとな」
「忘れなくてもいいんじゃないかな。お兄ちゃんって優秀だと思うよ? ぶっちゃけ、社会人ってそんなにたいしたことないと思うけどなー」
やれやれ、アリサは俺よりも社会人経験が豊富なのに社会を過小評価しているな。……いや、社会の荒波で俺の心が折れないように先回りしてケアしてくれているのかもしれない。
アリサは気が利く子だったからな。
「そうそう、お兄ちゃんにね、贈り物があるんだよ」
「え?」
そう言うと、アリサは持ってきていた小さなカバンをごそごそと漁った。やがて、ごとりとテーブルに置いたのは1本の短剣だった。
「……これは?」
「おめでとう、お兄ちゃん、正式に冒険者になったお祝いだよ」
「おお!」
嬉しかった。そんな心遣いをしてもらえるなんて思ってもいなかったから!
「お兄ちゃん、武器とか持っていなかったでしょ? せめて護身用くらいあったほうがいいんじゃない?」
短剣とはいえ、それなりの値段はする。アリサの給料も決して高くない。俺のためにコツコツとためた貯金を使ってくれたのだろう。
「大切に使わせてもらうよ」
俺は短剣を受け取ると、その鞘を丁寧な手つきでひと撫でした。
武器は必要だ。ジャイアント・リザードとの戦いもこの短剣があれば楽ができただろうに――
そうか、この武器があれば俺はもっと高く遠くへといけるのか。
そんな俺の様子をニマニマとした表情でアリサが見つめている。
「とうとうお兄ちゃんも社会人として働くんだねー」
「……そうだな。少し前までニートしていたのが嘘のようだ」
1歩目の挫折でどうなるかと思っていたが、2歩目にしてどうにかここまで。
それはまだ始まったばかりで、誇れるものでもないのだけれど。ついに俺はなれたのだ。冒険者――いや、社会人に。
社会のレベルの高さを考えれば身が引き締まる想いだ。
俺なんてまだまだジャイアント・リザードを倒すのが精一杯で、ジオドラゴンを倒す英雄たちの背中ははるか遠くに見えるだけ。
それでも、ようやく俺は仲間に入れたのだ。
社会という枠に入れてもらえた。
きっと俺は多くの挫折を知るだろう。先輩社会人たちの偉大さに心折れる夜もあるだろう。
だが、それでも歩き続ける。
今度は立ち止まらずに己と未来を信じて進み続ける。
アリサが満面の笑みを俺に向けてくれた。
「お兄ちゃん、無理はしなくてもいいけどさ、頑張ってね! 辛くなったら相談してよ!」
俺のことをこんなにも祝福してくれる人がいるのだから。
「うん、頑張るよ」
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