13.流星の剣士、ジオドラゴン退治へと向かう
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」
巨大トカゲが咆哮する。
だが、それはさっきまでの咆哮とは明らかに違った。力強さの欠けた、終わりゆく命が吐き出す声だった。
その巨体がぐらりと揺れる。
「……っと!」
俺は倒木から手を離して地面へと飛び降りる。
まるで俺の後を追うように力を失った巨大トカゲの身体がずぅん……と音を立てて地面へと倒れ伏した。その巨体は一度だけびくん、と震えると二度と動かなくなった。
「……ふぅ……」
俺は息を吐いた。
どうやら終わったようだ。
どうにか丸腰――布の服だけの装備で切り抜けられた。相手がジャイアント・リザードでよかった。もしこれがドラゴン種であれば学生剣聖ごときの俺ではひとたまりもなくやられていた……。
「ま、運も実力の内だな」
そう俺は笑いかけたが、やめて首をひねった。
運がいいとはとても思えない。
そもそも、この労力によって得られる報酬はゼロなのだ。大量の肉? モンスターの肉は瘴気による汚染が凄まじく食べられたものではない。強靭な鱗や牙を武器や防具に転用? 確かにそれができれば便利だが、残念ながら人類の技術はそこに追いついていない。
そんなわけでモンスターの死骸はなんの役にも立たないのだ。
「あああ、もう! 働き損だ!」
俺は地団駄を踏む。命の危険を脱しただけ。マイナスがゼロになっただけ。なんの得もありはしない。
だけど、まあ……。
「リハビリにはなったか」
学生剣聖、学生賢者――別に自慢できるような肩書ではないけれど、さすがに2年もゴロゴロしていると感覚が鈍っているのも事実。今日の激闘はそれを取り戻すのに役立った。
おまけに――
買取員が言っていたではないか。薬草集めをしている冒険者にも被害が出ていると。
つまり、俺の頑張りで今後の被害は多少なりと減ったわけだ。
ふふっと笑いが俺の口から漏れる。
俺の力が役に立った感じがして、それは誇らしくて気持ちがいいものだった。
「ま、それほど悪くもないな」
そんな気分のよさを感じながら、俺は帝都へと戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、討伐隊を指揮していたフォニックは大森林の奥へと向かっていた。
オルフレッドに命じられていたジオドラゴン討伐を成すためだ。
「ギエアアアア!」
獣の、断末魔の悲鳴が響き渡る。ジャイアント・リザードを部下の戦士が切り捨てたのだ。
対ドラゴン用に集められた精鋭だ。8星のフォニックには及ばなくても、ジャイアント・リザードごときに遅れをとるはずもない。
全長2メートルくらいの大きなトカゲはあっさりと絶命、動かなくなる。
部隊は何事もなかったかのように進軍を再開した。
「……それにしても、モンスターの数が本当に増えたわね」
隣を歩く8星『紅蓮の』カーミラがそう言った。彼女もまたオルフレッドの指示を受けて副隊長として竜殺しに参加している。
「そうだな」
フォニックはうなずく。
ここ数年、カーミラの言うとおり大森林のモンスターは増加している。理由はわかっていて森を包む瘴気の濃度が高まっているからだ。
モンスターは濃厚な瘴気から生まれてくる。
瘴気が濃くなれば危険度は高まる。より強いモンスターが、より多く――単純な理屈だ。
その瘴気が極端に高まれば、ジオドラゴンのような危険度の高いモンスターが生まれることもある。つまり、この事態は起こるべくして起こったのだ。
(ここ数年――いや、ここ3年か)
3年前、ちょうど『黒竜の牙』の収入が大きく伸長した年だ。
帝都最大クラン『黒竜の牙』は、もはや冒険者の寄り合い所帯などではなく巨大な営利組織となっている。ここでは多くのものが『金を稼ぐための事業』とみなされている。
大森林での薬草採取も同様だ。
もともと薬草採取は収益の少ない部門だったが、この3年で大きく伸ばしてきた。
オルフレッドがずいぶんと昔に王族から与えられた大森林の専有地――この3年、なぜかそこでしか高品質な薬草が採取できなくなったのだ。おかげで『黒竜の牙』の独占状態となり、大手の取引先に高く売れた。
おかげでお荷物扱いだった薬草採取部門はクランでの存在感を大きく増している。
その立役者こそが8星の1人――『森林の賢人』ことヴァルニールだ。
薬師ヴァルニールは30半ばの男だ。4年前に急死した前任者の後を引き継いで8星となり薬草採取の責任者となった。
ヴァルニールは『実力はあるが影の薄い地味な男』と見られていたが、ここ数年で確かな手腕を示し、オルフレッドからも一目置かれる存在感を放つまでになった。
同僚の大きな成功――
だが、フォニックには引っかかる部分もある。
(……あまりにもうまく行き過ぎている……)
就任と同時に薬草の品質が上がったのは別に構わないのだが――
それと前後して瘴気が増してモンスターが増加している事実は見逃せない。おまけに、その影響を『黒竜の牙』の専有地は受けていないのだから。
ヴァルニールは、瘴気の影響を受けないように専有地は丁寧に管理している、と言っていたが――
一度だけヴァルニールに問うたときがある。
「ここ数年、大森林で起こっている変調についてヴァルニールどのは見解をお持ちか?」
「さあ、どうでしょうな……」
「すべてが我々にとって都合がよすぎる。何かあるのではないか?」
「私には見当がつきません……」
ヴァルニールは首を傾げつつ言った後、薄く笑みを浮かべて続けた。
「ですが、まあ、どうでもいいではありませんか。おかげで我らのクランは潤っている。それはオルフレッドさまの喜びでもある。『黒竜の牙』に忠誠を誓う我らにとって、それこそがもっとも大事なことでは?」
そう言われるとフォニックには反論できない。クランメンバーとして正しい考えだからだ。
帝都最大クラン――そこに至ってもオルフレッドの野望は燃え尽きていない。もっと大きく、もっと強く。さらなる拡大を望んでいる。
クランの重鎮たる8星としてフォニックはその達成を第一に考えなければならない――
「フォニックさま! 先遣隊が戻ってきました!」
部下の言葉にはっとフォニックは我に返る。
前に視線を向けると、軽装のクランメンバーたちが慌てた様子で戻ってくる。
何か不測の事態でも起こったのか? あるいはジオドラゴンを見つけたのか?
まず最初にフォニックはそう考えたが、すぐに違うだろうと思い直した。なぜなら、彼らの顔にあるのは焦りでも恐怖でも興奮でもなく困惑だったから。
それはそれで腑に落ちないが。
その評定をする理由がまったく予想がつかない。
先遣隊のひとりが大声で叫んだ。
「フォニックさま! 大変です! ジオドラゴンがいました!」
それは想定の範囲内だが。
しかし、続く先遣隊の言葉はフォニックの想像を大きく裏切った。
「ジオドラゴンはいましたが、死体、死体でした! 何者かに倒されています!」
「……!?」
誰が、どうやって?
フォニックの表情に困惑が浮かんだ瞬間だった。
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