11.元神童、ジオドラゴンと対峙する
最初の仕事から1ヶ月が過ぎ――
その間、何度も俺は大森林へと薬草を採取しに出かけた。
「ええええええええええええええ! ま、またしても高品質な薬草ですか!? ああああ、あなたは神の手の持ち主ですか!?」
薬草を売りにいくたびにギルドの買取員が驚きの目で俺を見る。
神の手って。
……今では珍しいとされる高品質な薬草ばかり売りに来ているんだから無理もないか。……いや、それでもやっぱり神の手って。
さすがに高品質な薬草ばかり集めていると俺のことが噂になりつつあるらしい。
おかげで、大森林に出るとちょくちょく俺の後をつけてくる冒険者に気がつく。俺が『秘密の群生地』を知っていると思っているのだろう。
気持ちはわからないでもないのだが……別に俺はそんな謎の群生地なんて知らない。本当にそこら辺の薬草を引っこ抜いて回収しているだけなのだ。
なので結局その謎の気配たちも諦めて、そこら辺の薬草を引っこ抜いて消えていく。
ギルドの買取員が俺にこっそり教えてくれた。
「イルヴィスさんの後をつけている人たちがいるみたいですね」
「ああ、気づいているけど――どうしてギルドがそれを?」
「本人たちが教えてくれるからですよ」
にっこりと笑って買取員が教えてくれる。
「わたしたちが『これは普通の薬草ですね』と鑑定すると、イルヴィスさんと同じ場所で採取しているからそんなはずはない! と言われるんですよね」
「……なるほど」
「でも、同じ場所で採取しているのに品質が違うのは不思議ですね?」
「それは俺も不思議だな」
「やっぱり神の手じゃないんですか?」
「別に普通の手だと思うんだがな……」
俺は手をまじまじと見た。働けども働けども我が暮らしはぐうたらゴロゴロにならず……。
どうして俺の薬草だけ高品質になるのだろうか。俺が学生時代に編み出した採取前の『栄養の補充』と『表面のコーディング』なんて社会人なら誰でもやっているだろうしな……。
さっぱりわからない。
まあ、気にしないでおこう。
「あ、そうだ、イルヴィスさん、気をつけてくださいね」
「何に?」
「そこのポスターにもありますけど、大森林でジャイアント・リザードが増えているらしいんですよ。薬草集めをしている冒険者にも被害が出ていて」
ああ、壁に貼ってあったな、それ……。まだ続いているのか。
「気をつけるよ」
そんな感じで薬草の採取を進めつつ――
俺は日に日に少しずつ大森林の奥へと進んでいった。当たり前のことだが、薬草は1日では生えない。おまけに俺の後をつけて同じ場所で採取していく連中までいる。そうなると新しい薬草を求めて森の奥に進むのは当然のことだ。
奥に進めば進むほど、モンスターの出現率が高まるのだが――
俺の場合は特に問題ない。
モンスター払いの魔術を使っているからだ。これを展開しておけば低レベルなモンスターは近寄ってこない。
どれくらい強いのか不明だが、ジャイアント・リザードなんて名前からしてザコだろう。いくら数が増えようと俺には近づいてこれない。
ふはははははは! 採取がはかどるなあ!
そんな感じで俺が薬草を集めていると――
ばきばき、みし、めきめき!
と木のへし折れる音が聞こえてきた。はて、なんだろうか、と思って俺が音の方に目を向けると木をなぎ倒して巨大な何かが姿を現した。
……え?
それは一言で言えば巨大なトカゲだった。
ギルドの買取員の言葉が俺の脳裏に蘇る。
――大森林でジャイアント・リザードが増えているらしいんですよ。
なるほど。こいつがジャイアント・リザードか。俺はそう思ったが、気になることもあった。
頭が大きすぎる。体を支える手の大きさも。象とかそんな生易しいものじゃなくて――これ、頭から尻尾の『根元』だけでも20メートルはありそうなんだが……。ジャイアント・リザードにしてもさすがにジャイアントすぎやしないだろうか。
思うんだが、トカゲのジャイアントってせいぜい2メートルくらいじゃないだろうか。
……いや、まあ、話の流れからしてジャイアント・リザードなんだろうけどさ。
ジャイアント・リザードって名前でザコだと思い込んでいたが、俺のモンスター払いを突破してくるほどだ。それなりの強さなのだろう。
これは気を引き締めないとな……。
巨大トカゲの目は明らかに敵意に満ちている。
俺に恨まれる理由はないのだが――まあ、モンスターとはそういうものだ。濃厚な瘴気から生まれる存在であり、人間や動物のような通常の生態系とは異なる種。
彼らは無条件に俺たちを憎み、敵視する。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ジャイアント・リザードが咆哮をあげた。
びりびりと肌が震える。いや、それは肌どころではなく、俺の心臓にすら冷たい感触をもたらした。恐怖が全身を――
ちっ、バインド・ボイスか!
「はっ!」
俺は大きな声を上げてトカゲの咆哮を弾き返した。心に恐怖を抱かせて動けなくする咆哮――最近のトカゲはこんなことまでできるのか……。
ジャイアント・リザードが俺へと向かってくる。鈍重そうな巨体だが、反面、一歩がバカでかいため意外な速度で距離を詰めてくる。
その勢いのままに巨大な前脚を俺へと振り下ろした。
どぉん!
地面が揺れるような衝撃、そして、その大質量に耐えきれずに地面が沈み込む。
が、すでに俺はそこにいない。
トカゲの足を避けて移動――そして、足元に転がっている太い木の枝を拾い上げる。ちょうど片手剣くらいの長さで扱いやすそうだ。
そんな俺に再びジャイアント・リザードが前脚で踏みつけようとしてくる。
俺は足を止めた。俺を包み込むほどの巨大な影――そして、巨大な前脚が迫ってくる。
俺は持っている木の枝に魔力を注ぎ込んだ。
「エンチャント――硬化」
木の枝の表面に魔力の輝きが宿る。
すぐそこまでトカゲの大足が迫っていた。
俺はトカゲの足の裏めがけて枝を振るう。
俺の一撃は容赦なくトカゲの大足を切り払った。俺の一撃を受けて巨大トカゲの足が――まるで滑空したかのように位相をズラす。
どしん!
空振った足が地面を踏み鳴らした。
なるほど、どうやら学生剣聖、学生賢者ごときでも剣技と魔術を組み合わせればジャイアント・リザードの足くらいなら払いのけられるらしい。
俺の装備は『布の服』と『木の枝』だけだが、どうにかなるかな?