10.元神童、巨大トカゲについての注意を知る
俺が持ち込んだ薬草――カールスグッド草を見てギルドの買取員が驚きの声を上げた。
「こんな瑞々しい薬草が持ち込まれるのは本当に久しぶりです!」
「ほう、そうなのか」
薬草の品質が良ければ、作成するポーションの効果が高くなったり、生成量が増えたりする――ので歓迎されるのは事実だ。
だが――
「そんなに珍しいのか?」
それほどとは思わないのだが。あの大森林ならいくらでもありそうな気がするのだけど。
「昔は、ちょくちょくと出てたんですけど――この数年はさっぱりで……」
「どうして?」
「えぇと、その――」
買取員がぼそぼそと小声になって話を続ける。
「帝都最大クラン『黒竜の牙』さんが独占しているんですよね……」
まさかその名前をここで聞くことになろうとは。
「『黒竜の牙』が?」
「はい。『黒竜の牙』さんは大森林に専有地をお持ちになっていらっしゃって、そこからは高品質の薬草が出るんですけど、他からはさっぱりで」
ふぅん……?
少し腑に落ちない感じだった。高品質な薬草は確かに生えやすい場所、生えにくい場所があると思うのだが、その専有地でしか生えないというのは妙な話だ。あれほど大きな森なのに。
「専有地以外だと生えていないのか?」
「昔はそうでもなかったんですけどね。ここ数年は確かにそうですね。森の奥の方に行けば違うかもしれませんが、近年は森のモンスターが増加していて、薬草集めをするような冒険者ではいけないんですよね」
モンスターが増加している……?
気にはなるが、あまり話を深堀りしても深まりそうもないので話題を変えることにした。
「『黒竜の牙』が独占していると問題があるのか?」
「『黒竜の牙』さんは冒険者ギルドを通さず、自分たちの取引先に直接卸しています」
「なるほど、冒険者ギルドとしては儲からないので困ると」
「だけ――だったら深刻でもないんですけどね……」
買取員が困ったような笑みを浮かべた。
「『黒竜の牙』さんは自分たちの取引先に『だけ』、いい条件で高品質な薬草を卸しています。ですが、高品質な薬草を欲しているのは他にも多いです。わたしたち冒険者ギルドの場合は公的な機関としての立場がありますから、公平に分配しています――その違いがありますね」
……なるほど。あのクランはそんなことをしているのか。営利組織なのだから儲かる方向に全力なのは理解できなくもないが。
「状況はわかった――他にも高品質な薬草があればいいんだが」
そう言って、俺はアイテムボックスから残りのカールスグッド草をどさどさと取り出した。
きらきらっと買取員に目が輝く。
「鑑定させていただきます!」
買取員はひとつひとつ手にとって――
「えーと……え、え、え、え!? これも、それも、あれも! すごい! すごい品質ですよ!」
興奮の声を上げた。すると他の買取員がどれどれとやってきて俺の薬草を見る。そして――
「お、おおお! 本当だ、すごい!」
「こんな高品質が!?」
「しかも、大量に!?」
口々に驚きの言葉を口にする。そんなにすごいのか、このカールスグッド草。運が良かったな。
偉い雰囲気を漂わせた中年の男が俺に話しかけてくる。
「君、これ、どこかに群生していたのか?」
「え?」
群生? ……ああ、全部の品質がいいから同じ場所で生えていると思っていたのか。
「いや、別に群生していたわけではなくて……森の入り口に生えているのを適当に採ってきただけだが」
「大森林の入り口付近で採れるものがこんな高品質なはずがなかろう!」
むっちゃ怒られた。
……そうなのか? だけど本当に森の入り口周辺で採ったものなんだが。
最初に、俺の相手をしていた買取員が中年の男に声をかける。
「あの、やはり冒険者としては『秘密』にしたいのかもしれません」
「むぅ……そうか、まあ、彼らの飯の種だからな……」
勝手に変な憶測をされて、勝手に納得してくれた。
派手に脱線したが、最終的には普通の薬草の2倍の金額で買い取ってくれた。
薬草集めっていいお小遣い稼ぎになるな。本登録に必要な5万ゴルドも自力で集められそうだ。
まだ仮登録だけど、悪くはないスタートだ。
俺は少しばかり未来への明るい展望を見た気がした。
気分よく冒険者ギルドを出ていこうとしたとき――
ふと壁に貼ってあるポスターに気がつく。
『大森林でジャイアント・リザードが増えています。採集活動をしている新人冒険者は警戒してください』
巨大トカゲか。……気をつけることにしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
採用試験が終わってから2週間後、流星の剣士フォニックは慌ただしい日々を過ごしていた。
「ピギャ!」
フォニックの一撃でジャイアント・リザードが絶命した。大きさ2メートルほどの巨大なトカゲだ。大森林で増加傾向にあり、8星のフォニックまで駆除に駆り出されている。
「おおお! さすがはフォニックさま!」
周りの部下たちが褒め称える。フォニックはふっと小さく笑ってみせるが――仕草だけだ。心は焦りに包まれている。
8星として、失ってしまったオルフレッドからの信頼を早く取り戻さなければ!
そう思っているからだ。
そのためには大きな仕事がいる。オルフレッドが注目する大きな仕事が。だが、実際のフォニックは森で巨大トカゲを狩っているだけ。
実にままならない状況だ。
そんなある日、ギルド本部に戻ったフォニックにオルフレッド直々の呼び出しがかかった。
(……なんだろう?)
執務室を訪ねたフォニックの顔を見るなり、オルフレッドはこう言った。
「大森林の奥でジオドラゴンの目撃例が増えている」
「ジオ、ドラゴン――!」
ジオドラゴン。その名のとおり、全長20メートルを超えるドラゴン種のモンスターだ。空は飛べない代わりに強固な灰色の鱗と耐久力を持つ。
Sランクの冒険者でなければ倒せない厄災級のモンスターだ。
ジャイアント・リザードどころか、そんな大物まで現れるなんて!
オルフレッドが話を続けた。
「冒険者ギルドからジオドラゴン討伐の依頼が『黒竜の牙』にきている。……もちろん、受けるつもりだ」
そう言ってから、オルフレッドはフォニックに訊いた。
「フォニックよ、竜殺しの経験は?」
「ありません」
「そうか」
軽く受け流した後、オルフレッドはこう続けた。まるでちょっとした買い物を頼むような気楽な口調で。
「ならば、やってみるか?」
「やります」
フォニックは即答した。そこに迷いはない。
竜殺し――そんな言葉にフォニックは臆しない。むしろ胸に昂ぶりすら覚える。一流の剣士である以上、竜とは怯えるべき存在ではない。倒すべき存在であり、倒したことを誇る存在なのだ。
そのチャンスがついに今――
剣士としての誉れよ!
それに、フォニックにはわかっていた。
これが失地挽回のチャンスであることを。オルフレッドは言っているのだ。この任務を着実に遂行し、色あせた8星としての輝きを示してみせろと。
だから、フォニックははっきりと言い切った。
「お任せください。この流星の剣士フォニック、必ずや期待に応えてみせましょう!」




