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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】~ザンクトゥ・ロックハンスの場合~

作者: 保科寿明

エルリック・サーガの著者、マイケル・ムアコックに影響を受けた私のささやかな作品。今は亡きチャールズ・ブコウスキーに捧ぐ。短編ザンクトゥ・ロックハンスの物語。楽しんでください。

 これは、三大国のひとつのエギュレイェル公国に住まう青年、ザンクトゥ・ロックハンスの物語。そしてその狂気のなかに生きる者の人生の一部を切り取った物語でもある。


エギュレイェル公国内のはずれにあるカフェがある。そこには吸血鬼のハンターたちが集うコーヒーメーカーが存在する。それを経営しているのがザンクトゥ・ロックハンス、その人である。このコーヒーメーカーの名前はエレボス。ハンターならば誰もが知るギルドのような場所である。吸血鬼たちもその存在を知っており、あの大公ローゼンメイデンもそれについて認めている。言わば掃除屋の集う場所。手練れのハンターたちは皆ここを利用するが、それだけではない。経営者自体のザンクトゥはそこに集うハンターたちがいくら束になっても勝つことのできないハンターたちのトップに君臨しているということ。何故そのカフェに集うのか、それは彼に仕事を頼むからである。ハンターたちが彼に仕事を頼むのである。そういうレベルの仕事が、エレボスに舞い込んでくる。このエレボスのオーナー、ザンクトゥ・ロックハンスの右腕として働くのが、弟のアレイスティ・ロックハンス。そしてウェイトレスとして働くのが、メリッサ・ハングドサイン。スタイル抜群で、他のハンターたちから愛されている。このエレボスの目的は、吸血鬼の悪事者の殲滅。その一言に尽きるのである。人類解放区を平和にしたいという願いも込めて開かれた。ザンクトゥはこの日も変わらず、営業を続けていた。この日もハンターたちが集い、上級吸血鬼たちが店を訪れてコーヒーを嗜んでいた。


「メリッサちゃん、おいで。俺がいいことしてやるからさ!」


「ハメてやるよ!」


上級吸血鬼たちがメリッサをからかった。だが、ザンクトゥはそんな冗談が通じない人間だったので、その上級吸血鬼の頭を瓶で思い切り叩いた。自分の女に手を出されるのだけは我慢ならなかったのである。その点については傲慢であった。この上級吸血鬼の言葉には半分本気で半分冗談だったのが含まれていたのが、ザンクトゥにはよく分かっていたのであるが、しかし、メリッサだけには手を出されたくなかったのだ。彼女だったのだ。当然であるが、自分の女に手を出されて黙っていられるほど大人しい性分ではない。ザンクトゥは本気で瓶を叩き割った。


「いってえ!クソッ!何すんだよ!」


「おめぇの言うことは全部信用できねぇんだよ!メリッサになんかしてみろ!次は灰にしてやるからな!いいな!覚えておけ!」


「ちょっと……オーナー」


「気にしなくていいんだからな。メリッサ、いいな?」


「はい……」


何とも治安の悪いカフェである。周りのハンターたちも大笑いしていた。その様子はまさに吸血鬼と人間が共栄・共存しているそれと変わりなかった。これこそ理想とも言うべき光景、治安は悪いがなんでも許されるような雰囲気である。ザンクトゥは笑った。叩かれた上級吸血鬼もウィスキーまみれになりながら笑っていた。メリッサもクスクスと笑っていた。馬鹿をやると怒られるが、ある程度のことは許されるのだ。それを見ているアレイスティはまだその空気についていくのができないでいた。なので、隅っこで吐き捨てるように笑っていた。そうすれば今の空気に馴染めるのではないかとも思っていた。ザンクトゥはアレイスティのことをきちんと分かっていたので、後で自分の仕事の一部を見せてやろうと思っていた。そうすることで勉強にもなるし、気晴らしにもなるであろうと。


 ザンクトゥはこのコーヒーメーカーエレボスのオーナーになったのにはある経緯があった。まずは吸血鬼の悪事者の殲滅だったが、それ以前に目的があった。デザード・ロックハンスの始末の為の本拠地として開いたのだ。父であるデザードは、科学者であった。その科学は狂気に包まれていた。デザードには妻がいなかった。だが、人造人間の開発に着手していたデザードはあることを思いつく。“自分で子供を作ってしまえばいいのではないか”と。その壱号体がラーディアウス、弐号体がクリフォード、参号体がザンクトゥ、四号体がソーン、最終モデルがアレイスティであった。その兄弟を使って何を企んでいるのかは定かではないが、何かを企んでいるのは確かではあった。それもエギュレイェル公国の認可を受けて。だが、その野望は危険なものであることは兄弟揃って認知していた。そんな経緯があるわけで、このエレボスの存在している意味は大きかった。


 ひとりのハンターがザンクトゥに近づく。そして仕事の話を持ち掛けた。いつもそんな調子である。そのひとりのハンターはザンクトゥに対してある意味甘く見ていた。いつもなら商談に入るのだが、今回はそうはいくまいと高を括っていた。だがそれは間違いでもあった。ザンクトゥはビジネスの話に入ると絶対に退かない。自分のペースに確実に追い込む。それが彼の手法でもあった。


「なぁ、ザンクトゥよ。始末してほしい吸血鬼がいるんだが」


「いいだろう。場所を移すぞ。おい!メリッサに何かするんじゃねぇぞ!いいな!」


「分かってるって!」


念には念を入れて周囲の馬鹿な吸血鬼とハンターたちに警告した。そうでもしないと本当に何をしでかすか分からないのである。ザンクトゥは言いたいことを言うと、エレボスの奥にある部屋にハンターの男を通した。このハンターは確かに凄腕であった。だが、凄腕であっただけであった。狩ることしか考えていないので、その他のことについてはどうでも良かった。脳年齢が低いのである。哀れな男である。これから交渉に入ろうというのに、準備はお粗末だったし、何よりなぜ部屋に通されていたのかも分からないといった表情であった。そして自分の仕事を見せるために彼はアレイスティも呼んだ。こういう手合いは人数がいるだけで怯むものだ。戦場での度胸だけで生きてきたような男は、こういう頭を使う場面になると圧迫されるだけで怯む。ザンクトゥは話を始めた。


「さて、誰を殺したい?お前の腕なら上級吸血鬼が束になろうが……」


「違うんだ。上級吸血鬼じゃない、貴族だ」


「貴族だぁ?下級貴族でも相手にすんのか?お前だったら貴族ひとり何とでもなるだろうが。それともなんだ?何か武器の調達ひとつ間に合わなかったとか?」


「上級貴族のひとりでな。相手は真祖の血統だ、下手に手が出せねぇんだ。助けてくれよザンクトゥ」


「分かった。いいだろうだが……報酬次第だ。カネじゃもの足りねえからな。何か担保でも持ってきてもらえると嬉しいんだがよ」


「担保!?止してくれよ、俺には家族がいるんだ。気軽に代わりになるものなんてないよ。それに俺は腕一本で食ってきたんだ。食ってきたんだよ!分かるだろ?家族を食わせるには依頼をこなすしかないって。カネならいくらでもやる。何なら今まで狩ってきた上級吸血鬼の心臓のホルマリン漬けだったらいいのか?俺にはそんな大事なもんまでやる度胸はねぇよ。ザンクトゥ、助けてくれよ」


まずこうやって交渉相手の心を折ってやるのがザンクトゥのやり方だった。相手によって内容は変わるが、それでも一歩も譲らず、自分のペースに持ち込む。手合いの知能がたまたまお粗末だったから、今回は担保という言葉で心を折ってやったが、話のレベルが高くなると、ザンクトゥの持ち出す取引条件もより残酷なものになってくる。そんなことで、このハンターの男は一応観念したみたいだった。というよりは観念せざるを得ない状況に追い込まれた感じになる。そんな様子を見ていたアレイスティは、兄の恐ろしさにただじっと見ているしかなかった。


「それで?その上級貴族の吸血鬼がなにをしたんだって?」


「あの吸血鬼、俺の子供をさらっていったんだ。俺のいない間に、家に上がり込んで俺の子供を……まだ生まれて間もないんだ。赤ん坊の血は吸血鬼の力をより高めるとかなんだとか言って、俺はなにもできない。真祖の血統だと分が悪すぎるんだ」


「なるほど……」


「報酬はカネか?」


「それでいいよ。ただし、額は半端じゃなくなる。後で生活がひっ迫しても恨むなよ」


「分かった」


交渉はこれで終わった。ザンクトゥの勝利である。結局、担保もなにも要求しなかったのが功を奏した。信頼を得たのだ。最終的な依頼をこなすのはザンクトゥ。一番大事なのは信頼関係だ。それさえ分かっていればなにも言うことはない。目的はただひとつ。その信頼を崩さずにどれだけの、またはどれほどの仕事をこなせるかである。ひとまず脅しのような交渉を持ち掛けたのは、これが理由であった。ハンターのトップに君臨する“狂王”ザンクトゥに大きな案件を依頼するということの重さを、理解してもらうことが理由のひとつとしてあったのだ。これから先もそうなるであろう。そして、これから先の客もそうやって精神的に脅されていくことになるのだろう。唯一確かなのは、彼は信頼できる人物であるということ。そして、憎めない人物であるということ。後の判断はどうするか、それはクライアント次第である。


 この仕事にはアレイスティも連れていくことになった。アレイスティに上級貴族の吸血鬼の本物の恐ろしさを味わってもらうためである。下級貴族の上級吸血鬼ごときでは味わえない本物の吸血鬼の与える恐怖は、今までのものと格が違う。桁も違う。それを肌で感じ取ってもらうためである。ザンクトゥはエレボスの看板のネオンを消すと、早速準備にかかった。その準備の最中、彼はあることを考えた。真祖の血統がそもそも赤子を連れ去り、血を飲む必要があるのだろうか。位の高い吸血鬼なら、吸血せずとも人間の食すもので栄養が摂れるので、いらないのではないか。その疑問に答えるかのように、アレイスティが喋った。


「兄さん、この仕事さ。ちょっときな臭いんだが。だって、上級貴族の吸血鬼って言っても必ずしも真祖の血統ではないんだろう?」


「その通りだ。おそらくは本土の人身売買に手を貸している上級貴族だろう。だが油断はするなよ、連中は確かに上級貴族だ。情報筋を辿って調べてはいるが、不明瞭な点が盛りだくさんだ。ってことはだアレイスティ、これは連中にとって都合の悪い代物なのさ」


「人身売買……か」


「そうだ。行くぞ!アレイスティ!」


エレボスを後にしたふたりは、本土の上級貴族が住む地区、エスペランサへと向かった。そこは善良な上級吸血鬼の住む場所で、街は賑わっていた。永遠の夜を纏う国、エギュレイェル公国内でも最も平和な場所だったかもしれない。しかし、そこに疑いがかかっている限りは、気を抜けないでいた。ふたりは自分が人間であることを隠さずに堂々としていた。ザンクトゥがアレイスティにそう助言したからである。不自然に人間であることを隠してこそこそと動いていたら逆に怪しまれるので、それを防ぐための手段であった。人類解放区でそういう行動を取ったら逆に危険なのであるが、ここは基本的に善良な上級吸血鬼たちしかいない。そのおかげでこうして行動できるのだ。


 街は蝋燭の明かりで煌々としていた。永遠の夜を纏う国では風など吹かない。なので、明かりはすべて蝋燭であった。その明かりとともに上級吸血鬼たちが商いをしたり、ワインを飲んだりしていた。エスペランサに住まう上級吸血鬼たちのほとんどは下級貴族であった。そのエスペランサの一等地に居を構えるのが上級貴族であった。隣にブルゴーニュという地方があり、そこでワインは作られていた。ワインはエギュレイェル公国の名産品で、各国と貿易を繰り返していたことで国の経済は回っていたのである。ワインの香りはザンクトゥも好きだった。なので、少し寄り道をした。


「おっさん、ワインちょうだい。一杯だけひっかけたいのさ」


「お、いいよ。そっちのガキも飲むのかい?」


「アレイスティは未成年だ。俺だけでいい」


「はいよ」


ザンクトゥは一杯のワインを渡されて、それを一気に飲み干した。嗜みもへったくれもない品のない飲み方であるが、店主はその飲みっぷりを気に入っている様子であった。たしかに貴族のように礼儀作法を意識して飲むのも趣があっていい。しかし、酒は酒なのだから、例えばビールのように飲みほしたところで問題などあるまい。店主とザンクトゥの考えは似ていた。そして英気を養った彼は、アレイスティを連れてまた上級貴族の住む一等地に足を向けた。恐ろしいことに、上級貴族の住む一等地とは、警備という名の概念が存在しない。自分自身に力があるので、侵入者が来たとしても意に介さなかったのだ。それが吸血鬼の傲慢であり、誇りでもあった。ザンクトゥはそれをよく分かっていた。なので侵入という手口は使わず、堂々と正門から入っていった。


そしてザンクトゥは己の得物を取り出した。“ジュデッカとメサイア”という大型の重火器。これ二挺を持つだけでも普通の人類なら不可能である。撃った後の反動などもはや逆に来る爆風である。そんな代物を持った彼は殺気に満ちていた。何なら垂れ流すように歩いていた。気付かれてもお構いなしといった表情で歩くのである。兄の狂気にアレイスティは凍り付いていた。それほどまでに恐ろしく、圧倒するものがあった。上級貴族の吸血鬼ならこの辺で気付いてもいいはずである。それなのにまだ出てこない。彼は見当がついていた。どの上級貴族の吸血鬼なのかを見定めるにはどうしたらいいか、それはまさしく彼の勘であった。勘で正門までたどり着いたのである。驚愕すべきことにその対象はドンピシャであったこと。アレイスティはこのハンターのトップの嗅覚がどうなっているのかよく分からなかった。


「ここだな。さすが上級貴族、宮殿みたいなところに住んでいやがる」


「兄さん、俺はどうすれば……」


「そのまま来い。死にたくなかったら俺の傍を離れるな、いいな?」


「あ、あぁ」


その時、その巨大な家からひとりの吸血鬼が出てきた。


「そこのふたり、お前たちは私の家になんの用かね?この家にはやましいものは一個もないよ」


「隠しているものを出せ。真祖の血統でもないくせに、このエスペランサで人身売買が行われていることはもう調べてあるんだぞ。いいか、俺は冗談は嫌いだ。早く出せ!さもなくば……」


「さもなくば?」


「脳髄から溶かしてやるよ。クソ野郎」


ザンクトゥが銃口を吸血鬼の脳天に定め、引き金を引いた。すると、吸血鬼の上半身がまるごと吹き飛んだ。彼は笑っていた。このままこの吸血鬼が終わるわけがない。こちらも引き金を引いた以上、引き下がるわけにはいかない。思い切り戦えるのだ、こんなに楽しいことはない。その予想の通り、吸血鬼は下半身から上半身を再生させると、そのままザンクトゥ目掛けて襲い掛かってきた。血獄の色が赤い。これは真祖の血統ではない証拠。分かっていたが、その戦闘能力は凄まじかった。アレイスティの反応速度を遥かに超えてザンクトゥに蹴りを入れてきたのである。彼はそれを半笑いで受け止めた。


「おい、上級貴族にしては気合が足らねぇんじゃねえかあぁ!!」


「こやつ!本当に人間か!?」


「オラオラオラオラオラァ!!かわしてみろぉぉ!!」


彼は吸血鬼に向かって銃口を再度向け、思い切り連射した。跡形もないほどに。そして懐に入っていた聖水を弾丸に仕込み、発射すると、吸血鬼の残骸はたちまち蒼白い炎に包まれた。この巨大な家には主人がひとりしかいなかったようである。それが分かると、ザンクトゥはその家の中を探し回った。アレイスティも手分けして探した。先に見つけたのはアレイスティだった。そこには培養タンクに入れられた人間の赤子がたくさんいた。それをザンクトゥに報告すると、ふたりは帰路についた。この事件のことは大公ローゼンメイデンに直接報告するとして、事後処理はエスペランサの統制支部に任せた。


上級貴族さえも歯が立たないザンクトゥ・ロックハンスという存在。彼がエレボスを経営している限り、エギュレイェル公国内での犯罪は許されない。ハンターたちがいつも目を光らせているからだ。アレイスティはこの兄のことを畏怖していた。


メリッサがエレボスの開店の準備をしていた。ザンクトゥとアレイスティはそれを見て安堵の表情を浮かべていた。


「ただいま。メリッサ」


「おかえり。ザンク……」



~ザンクトゥ・ロックハンスの場合~





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