45 夏って一番季節の色濃いよね
今回はかまくら作品の中では少し長めかも
「暑いわね……」
「そうだな……」
家の近所にあるコンビニから出てきた俺たちは、ねっとりとした空気に触れてそう呟いた。
辺りは夕陽に沈んでいて、まるで別世界のように感じる。
俺と加恋は並んで、家に向かって歩き始めた。
「で、なんで加恋が負けたのに俺もコンビニについて行ってるんですかね?」
「そ、それはもういいじゃない……過ぎ去ったことよ」
負けたくせに清々しい表情を浮かべる加恋。
なんか勝者みたいな雰囲気出してますけど、あなた一周差つけられて俺にボロ負けしましたよね? 大敗者だよね?
「それに、ついてきたんだから文句は言わないで」
「いやあれはほぼ強制的」
「散歩に連れてほしそうに尻尾振ってたじゃない」
「俺は犬か! 振ってないしむしろぐったりしてましたわ!」
「はいはい散歩できてうれしいね」
「ムカつくな……」
軽くあしらわれた俺が、飼い犬かのように大人しくすることにした。
結局勝負をしたのだが、駄々をこねられてこうしてついてきているし、俺が自らついていったという設定にされている。
ご都合主義にも程があるぜ。
「はいあげる」
加恋がそう言って、俺にアイスを渡してきた。
敗者は勝者にアイスをおごるということだったのだが、俺に対する出費をケチった加恋は二等分できるコーヒー味のアイスを購入。
別に俺も「アイスが食べたくてたまらないっ!」といったほどに禁断症状が出ているわけでもなく、口答えすると何か言われそうなのでそれで了承した。
「ってこれふたのところじゃねーか! もう一つあるんだからそっちよこせ」
「ダイエット中でしょ?」
「なぜ俺がダイエットをするんだよ……どっちかって言ったらお前が言うようなセリ……すんません。ほんと、すんません」
危うく失言……というかほぼ言っちゃってるのだが、加恋の「今すぐにでもてめぇを殺せるんだぞ?」という視線のおかげでギリ気づいた。
俺ってデリカシーないなと思う。
いや、加恋が太ってるから言ったセリフではなくて、性別の観点からそういっただけなんだけどな。悪意はない。
「……私、そんなに太ってる?」
今度は心配そうに自分の細い腹をつまみながらそう呟いた。
やはり加恋も女子。さすがにさっきの発言は悪意がなかったとは言え、失礼だったなと自分を戒め、謝罪準備。
「全然そんなことないよ。ただ、男子がダイエットしてるっていうより女子がダイエットしてるの方がしっくりくるよなって思っただけ」
「ほ、ほんと?」
「まじまじ。俺が加恋さんに悪意向けるわけないじゃないですか~すりすり」
ごますりまくっとこう。
俺多分、将来は有望な社畜になれそう。
「な、ならいいけど……は、はい」
「ん、サンキュー」
今度はちゃんと加恋からもう一方を受け取り、すぐに口に運んだ。
口の中にひんやりとしたアイスが広がっていく。うーんたまらん。これこそ夏の醍醐味である。
「なんかもうすっかり夏ね」
「だな。季節が巡るのが早いな」
「じじくさ」
「すんごい罵倒⁈ そろそろ俺と和平でも結ばないか?」
「お金積んでくれたら」
「なんと現金な女だ……二百円ならいいだろう」
「……そしたら私安すぎる女でしょ」
「確かに……ぷっ」
「笑うな!」
笑うなと言われたらさらに笑いたくなる。
加恋はぷくーっと頬を膨らませて、非常に怒ってらっしゃった。
しかし、加恋はとげがなければただの乙女。全く持って怖くはない。
セミの鳴き声と、遠くから聞こえてくる弾んだ子供たちの声。
わきの家からは涼やかな風鈴の音が響いてきて、生ぬるい風が俺たちの肌を少し撫でた。
夏はせわしない。
ただ、それが夏というものであり、ここまで顕著に季節を感じられる季節は他にはないと思う。
俺は夏が好きだ。
こうもきっぱりしていると、夏というよくわからないものに、潔さを感じるから。
こうも外気はしつこくまとわりついてくるのに、それを恋しいと思ってしまう。
やはり好意的であり、不思議だ。
「なんか夏っていいよな」
「確かに。夏休みっていう長期休暇のイメージもあるしね」
「みんなからこんなにも好かれる季節はないだろうな。でも、クーラーみんな多用するから地球にとっては嫌な季節かも」
「ぷっ……変な視点ね。だけど、律らしい」
夕日に照らされて美しく輝く加恋の笑顔は昔に比べて大人びていて、印象的だった。
たまに「これは絶対に忘れないであろう」と思う言葉や匂い、味や景色、表情がある。
まさにそれが、今の加恋の笑顔だった。
「夏、最高だな」
「日焼けしたくないけど」
「加恋も女子になったんだなぁ」
「ムカつく……!」
「グーはノー!」
「じゃあパー‼」
「手を出すな!」
結局けられた。確かに手を出しているわけではないけど……そういうことじゃないんだよなぁ。
それに俺の足は無防備にさらされているため普段の二倍は痛かった。
だけど、なんだか昔に戻ったような感覚に陥って、悪くない。
でも今生きているのは紛れもない今なのだから、過去は懐かしむ程度でいい。
むしろそれこそが、思い出の最高のたしなみ方だと思う。
「なんだか仲いいな」
ふとそう呟く。
これは本当にぽろっと零れ落ちてしまった言葉だった。
「ちょ……急に何よ……」
遠く彼方に見える夕陽よりも真っ赤なものが、俺の隣にある。
しかしそれはみるみる赤くなっていって、俺もそれに当てられて、赤くなってしまった。
こういう時に、「夏だから熱いせいだ」と言い訳できるのも、夏のいいところかもしれない。
「でも、これからも律と仲良くしてあげるわ……!」
「お、おう……」
今の発言めちゃくちゃツンデレぽかったな……と思った。
まぁ実際『ツン特化型ツンデレ』なのだけど。
そんなことを思いながら、様々なものに溢れる夏にどっぷりとつかって、加恋と二人で家へとまた歩いていく。
夏はまだまだこれからだ。




