9 そうだ。俺は靴が無い
善は急げ。
さっそく街の人間に話をつけにいくぞと意気込んではみたものの、俺はそこではたっと気がついた。
安心し、腹も膨らんだ所でやっと気が付くなんてと、人間って正直なんだなと遠い目になる。
濡れた衣服を乾かす為に焚いていた火の元から、スニーカーソックスを取って履いてみたものの、さてどうするかと俺は首を傾げたのだった。
そう。俺は靴が無い。
自室の中から唐突に召喚されてしまった為、足元はソックスのままなのだ。
セトに頼んで、俺が出現した辺りに戻ってみることにしたのが、ついさっき。
幸いと言っていいのか、趣味のクラフト中だった為、クラフトの時に使用する愛用道具達は一緒に召喚されていた。
何か痕跡がないかと、セトの案内で現場に戻ってやはり正解だった。
草影に隠れるように放置されていた道具達に気付き、俺は思わずそれらを抱き締めるように拾い上げた。
「やったっ!」
感無量とはこのことだ。
サコッシュとヒップバッグの中には、クラフトに必要なものはすべて入っている。
右も左もわからない異世界。手に馴染んだ道具達との再会は、まさに言葉にならない安堵を覚える瞬間だった。
「レン様? あ、何か見つかったですか」
「おうっ。俺の愛用道具があった! マジ嬉しいよ、案内ありがとな」
身に付けると、心なしか気持ちまで引き締まった気がする。
「わああ、良かったです! なによりです! セトも嬉しいですっ」
茂みの中から顔を出したセトは「わあわあ」と喜びをあらわにした。
セトの髪の毛についた葉っぱを取ってやりながら、先程耳にしていた事を俺は口にする。
「あとは、この借りた革靴の件だけど……」
「あ、はい。そうですね。マヘスさんに頼みに行こうと思いますです!」
「マヘス? さっき話してた職人の名前か?」
今履いているのはセトに借りた革靴だった。
亡くなったばあちゃんの物ということで最初は気を遣って断ったのだが「使って頂いた方が、おばあちゃんも喜ぶと思うので」と言うので有難く頂戴することにした。
履いてみて判る質の良さ。表面も経年変化しており味がある。かなり年季が入っているのは確かだが、手入れもきちんとされていて柔らかく、履きやすいのだ。
(相当な腕前の革細工師が製作したものだ)
ただ、やはり他人のもの。
サイズが合わず、このまま無理に履き続けていてもせっかくの作品を傷めてしまうだけだと判断した俺は、セトに問うたのだ。
「はい。ここから少し歩いた所にいらっしゃいますので、聞いてみましょう」
言うなり、セトは道なき道を進んでゆく。
意外に近くに住んでいるんだな。
というか、もしかして案外顔見知りがいるのか、セト。
まさかさっきまでの話が嘘だとは思いたくないが、意外と『街の人間』と上手くやっていけているのでは?なんて。
「おう、なんだセト。若い男連れてついに蜜月か? 昼間っから勘弁してくれよこちとらオッサンだぜヒュー」
思った俺が間違いだった。
ΔΔΔΔΔΔΔ009