6 理由が知りたい事ばかり
「レン様?」
エメラルドの瞳が俺を見つめている。
セトも食べているし、一応は食べられるものなのだろう。
男だろ! 俺。
意を決して一口、木のスプーンを口に運ぶ。
「あ……」
「お口に合いませんでしたか?」
食べたシチューは思いの外とんでもなくはなかった。
俺の世界で言えば日本人のおふくろの味、味噌汁の味噌を入れる前の、野菜だけ煮込んだ味というか。
さっきのウサギの肉もきちんと処理されているのか臭みも無くジューシーだ。
いやはや、思い込みとは恐ろしい。
(でも、もうちょっと何か欲しいかな)
「なあ、動物の乳てきなやつってある?」
通じるかな? と思ったが、セトはすぐ理解してくれたようだ。
「あ、にゅーにゅーのことですね。ありますです!」
にゅーにゅー……
「にゅーにゅー?」
衝撃のあまり、パードゥン? と同じ発音だけではなく意味も込めてしまった。
だがセトにはスルーされる。条件反射だったが今更恥ずかしい。
何とか平静を装う俺は滝の汗だ。
「これでよろしいですか?」
セトが膝高の小棚から、何かを出してくれた。
それはガラス瓶に入っている乳白色の液体。
発音からも、きっと俺のよく知る牛の乳、いや、牛じゃないかもしれないが、動物の乳のことなのは間違いない、だろう。多分。
「そ、そうだな。これこれ」
だがその発音は何なんだ……。
いや、もういい。これは牛の乳、牛乳だと俺が認定した。
俺の表情とは裏腹に、セトはにっこりと笑みを浮かべている。
「はい。にゅーにゅーです。わたし、にゅーにゅー大好きです」
連呼すんなし。
「レン様もなんですね」
セトはにこにこと嬉しそうだ。
「……ちょっと、炊事場借りるな」
「はい!」
気を取り直した俺は、小鍋に『にゅーにゅー』を、いや牛乳を注ぎ、温める。
側にあった調味料らしきものをパラパラ。匂いを嗅いだ感じ危険性は感じなかったので投入。
恐らくこれは塩コショウだ。
(よく考えて見たら、物質、その呼び名が違うことなんて『普通』であって、何も可笑しな事はないじゃないか。ここはそもそも異世界ってやつなんだろうし)
「しかし、それにしてもにゅーにゅー。慣れるかが問題か……」
「どうかされましたか?」
「いや。これ、試してみて」
2人のシチュー椀に、温めたそれを注ぐ。
乳白色に染まってゆくそれは、より俺の世界のシチューに近付いていった。
パクリ。
うん、味もそれっぽくなった。
「ん。旨い」
「ふわあああああっ美味しいです! まろやかで優しい味。レン様は料理人をされているかたなのですか?」
セトは感動しきりだ。大したことはしていないのだが、まさかここまで喜ばれるとは思わなかった。
「んーん。違うけど」
「すごいです。やっぱり違う世界のかたは皆さん優れているのですね」
(違う世界、ねぇ)
俺からすれば、セトの方がそう映るのだけれど。
年齢は判らないが、一見同年代に見えるエルフのセト。
容姿は文句の付けどころは無いし、性格も素直で可愛らしいだろう。
衣服や装飾品は地味じみだが、容姿という素材だけで言えば俺の世界の『普通』をゆうに飛び越えているのだから。
「そういえばさ」
「はい……」
俺の気配を察したのか、セトの表情が曇る。
判ったのだろう。今から俺が何を問うのかが。
「ま、とりあえず食べ終わってからかな」
「はいっ」
まだ少し緊張しているかのようなセトに、俺の方が悪い気がしてくる。
でも聞かないわけにもいかないんだ。
だってそうだろう? 誰しも、何事にも『理由』って必ずあるものなんだ。
だからちゃんと答えてもらう。
どうして俺が、この世界に来てしまったのかをさ。
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