51 薄幸の錬金術師
いつのまにか俺達の背後に立っていたのは、馬車に乗って、俺やセトと一緒にグノムの里に下りたローブ姿の人物だった。
しかし驚いた。全然気配を感じなかったからな。
「誰だ、お前」
「……」
声を掛けるも、その人物は無言で俺の横を取り過ぎ、浮かぶ石ころにひざまずいた。
確か『マグマグさま』とかなんとか言ってたけど、この世界での妖精の存在と立ち位置に、俺は今更ながらに驚く。
「ようやくお会い出来ました。ああ、マグマグさま、どうか私と共に」
「つーか無視かよ」
するとミンが土下座の態勢のまま、スススッと高速で俺の足元に寄ってきた。
こえぇよ……。
というか、ただでさえ小さなグノム族が縮こまってさ、そのままじっとしてたら土と同化してわかんねーし。
「レン! レン! マグマグさまは気難しいんだなも! 失礼があったら力をお貸し頂けないんだなも!」
「ふーん」
妖精にも、色々性格があるってことか。まぁ、確かに。
(えっと、俺が今まで会ってきた妖精は――)
・水玉さま 歌ってる
・火の粉さま 常に臨戦態勢
・アルラウネ 甘えん坊
「なるほど。まぁでも俺は別に力貸してなんて、頼んでねーしな」
言うと、また俺はツルハシを振りかぶる。
「なっ、ななな何を言うんだなも! マグマグさまは、めったと人前に出てこないんだなも? レンはすごくすごく運がいいんだなもー!」
「そうだぞ! 失礼な小市民め! 頭が高い!」
うるせーぞ、ローブ。
「つか、初対面のお前に言われる筋合いはねーっての。なんなんだよ」
やってられっか。
俺はツルハシを岩にぶっさし、踵を返した。
「もう中に戻るからな俺は」
と、歩きかけた俺の視界が突然回った。
ビターン!
思いっきり俺は地面に突っ伏す。
恨みがまし気にギロリと掴まれた足元を睨むと、なんと犯人は2人いた。
「…………おい」
危うく顔面血まみれになる所だぞ、勘弁しろよ。
咄嗟に両手をついたから良かったものの、手のひらや顔がヒリヒリと痛む。
「レン! マグマグさまと仲良しになったら、珍しい鉱石に出会えるんだなもー!」
友達より物欲か、ミン。
「ふぐうぅっ、た、頼むっ、頼むううぅー!」
さっきまでの威勢はどうしたローブ。
(あ~、もう……)
2人は離そうとしない。
ふかーい溜息。
観念した俺は地面に寝そべったままマグマグさまに顔を向ける。
「マグマグさまはじめましてナカヨクシテクレルトウレシイデス」
俺は人生初の棒読みを実践した。
「レン様!」
アドルフの家に帰ると、リビングのソファに座っていたセトが走り寄ってきた。
セトと一緒にいたアドルフの子供達も駆け寄ってくる。
「どうされたんですか、あうう……痛そうです」
俺の顔を見るなりセトは青ざめる。鏡は見て無いけど、そんなに傷酷いのかな。
「諸事情で、ちょっとな」
「お水と、消毒薬をもらってきますね」
「はぁーーー!」
セトの顔を見て安心していた俺の耳を突き破る大声。
入れ替わりに現れたアドルフは、顎が落ちそうなくらい驚愕している。
「あ、あ、マグマグ、さま……」
そんなに珍しいのか、と俺は側に浮かんでいる石っころに目を向ける。
「そう! マグマグさまだ。ついに、ついに出会えたのだ。この小市民がきっかけなのが気に食わないが、マグマグさまは付いてきて下さった!」
「何しれっと一緒に来てんだよ、ローブ」
「わたっ、私はそのような名ではない、小市民が!」
「俺もそんな名前じゃねーし。失礼な奴だな」
痛む頬をさすりながら、俺はローブを睨んだ。
アドルフに促されソファに座ると、ローブも慌てて付いてくる。
というか普通にアドルフの家に上がり込んでるけど、こいつは一体何者なんだ?
「この怪しい奴、知り合いなのか? アドルフ」
「お? ああ、先生だで」
「?」
先生?
「はっはぁ! そう、私はこの辺りでは知らぬ者がいない程の知名度を誇る偉大なる錬金術師ジェフティ!」
いや、知らないけど。と、喉まで出かかったが、慌てて言葉を飲み込む。
異世界人の俺だから知らないのかも、と咄嗟に思ったのだ。面倒ごとは避けたい。
どうやらそんな俺を、ローブ改めジェフティは都合のいいように解釈したらしい。
ふふん! と鼻高々に腕を組んで何やら語り出した。
だが俺の頭には何一つ入ってこない。
戻ってきたセトに治療されながら、冷たいドリンクで喉を潤す。
あ~、生き返る。
「って、聞かんか!」
「いや、お前が勝手に喋ってるんじゃん」
「いいだろう! ならば私の偉大さを見せてやろうではないか!」
えっと、人の話を聞かない系のかたですか?
あっけに取られている俺達の目の前で、ジェフティは頼んでもいないのにシュバババっと何かをテーブルの上に並べ始めた。
幾つかの小さな瓶だ。ガラスなので中の液体も見える。
何だか怪しいニオイがプンプン漂ってくる気がするが、それはただ単に俺の先入観からなのか、どうなのか。
ジェフティは流れるような動きで、それらを調合し、無色透明となった液体を小さな布に振りかけた。
「失礼する!」
「ほえっ!?」
その布で鼻柱と頬をポンポンとされた俺に、驚くべきことが起こった。
あっという間に痛みが消えていったのだ。
「マジか……」
「ふわぁ、すごいです! レン様の傷が、治りました!」
セトが感動している。その様子を見たジェフティは両手を腰に当てて胸を張り出した。
「どうだ、驚いたか小市民よ! これが私の発明の成果だ!」
確かに、これはすごい。
錬金術の定義などは全く知らないが、こんなことまで出来るなんてさ。
ふぅん……とこの時、俺の頭の中にはある1つの思い付きが浮かんでいた。
「なぁ、もしかして錬金術師って結構色んな事が出来るのか?」
「そうとも! 一般人には想像もつかない程にな!」
風呂の製作について何かヒントをもらえるかもしれないと思ったんだ。
錬金術師のジェフティに色々と訊ねてみるのもありだな。
「まぁでも、マグマグさまには響いてないみたいだけどな」
「…………」
「可愛いですぅ~、レン様、もしかしてこちらの方は妖精さまですか?」
いつの間にかセトの肩に乗っていた石っころ、もといマグマグさまの四角い無機質な目は嬉しそうに、そして石のくせに頬を赤らめて……なるほど、セトが可愛い。やはり可愛いは万物共通なのか。
未だ石になって固まるジェフティを俺はツンツン。
さて、ここからまたややこしい事になりそうだと、俺は頭を悩ませるのであった。




