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43 クルミアの街の仕立て屋



 クルミアの街の仕立て屋の営業時間は朝9時から正午まで。

 店が開いている時間、えらく短いな? と首を傾げつつも、俺はマヘスの案内の元セトと一緒に仕立て屋を訪れていた。


 日がよく差し込むと思ったら、天井付近には大きな窓が4つもあった。

 明るい店内には様々な衣服が飾られ、布や装飾品が所狭(ところせま)しと置かれている。

 

(これは、楽しいな)


 先に店内奥へと進んでいたマヘスを追うどころか、ついつい異世界の服屋を俺の目は満喫(まんきつ)しようとしてしまう。

 それはセトも同じだ。一応俺の服をという名目(めいもく)で訪れたわけだが、女の子としては綺麗(きれい)だったり可愛い服は見ているだけでも楽しいのだろう。


「はううぅぅ~~」


 先程から声にならない声が半開きの口からもれ出ているセトは、紅潮した頬で息も絶え絶えだ。


(俺よりむしろセトの服を買う方がいいんじゃないだろうか)


「セトは、どんな服が好みなんだ?」


 俺が覗き込むと、セトはびっくりした顔をして俺を見つめた。


「これとか? 今見てたじゃん」


 俺が手に取ったのは薄い黄緑色のワンピース。

 初夏用なのだろう、涼しそうな薄手の生地で、袖がフリル状になっている。

 細やかなレースも使われていて、いかにも女の子が好きそうなデザインだ。


「きょ、今日はレン様の服を――……」


「せっかくだしセトのも選ぼう」


 今着ている茶色のブラウスとスカートも似合っているけど、多分RPGゲームなら布の服レベルというか。

 正直、華やかな色を身に(まと)ったセトも見てみたい。

 カデッシーナでの服の相場を店員に聞こう。と俺が思案していた時。


「いらっしゃーい! おっ、マヘスの旦那。今日もまた新しい服をお求めで?」


 よく通る声が店内に響いた。中性的な声がすごく印象的だ。


 俺は思わず、マヘスが話している相手に視線を向けた。

 マヘスの背中の向こうに見え隠れるする小柄な姿。あれはもしかして店主なのだろうか。


「いや、今日は知人の案内だけだ。ま、俺も見させてはもらうがな」


「なんですと! お連れ様がいらっしゃる!?」


 アーモンド色の髪は後ろで三つ編みにされているし、多分女の人なのだろう。

 マヘスの言葉に飛び上がった店主は、くりくりっとした瞳をキラキラと輝かせた。


「おー! ご新規さんっいらっしゃーいませませ? はじめましてだよ!」


 目にも止まらぬ速さとはこのことだろう。

 瞬間移動したかに見えた店主は、俺とセトを前に両手を合わせスリスリともみ手をしている。


 今にも壊れそうな眼鏡はレンズがとても小さく、眼鏡としての機能を果たしているのか(はなは)だ疑問だが、不思議と似合っていた。

 年齢は俺とさほど違わないくらい、いやもっと若く感じられるのは、恐らく鼻と頬にある薄いソバカスのせいだろう。

 

 しかし何より俺が注目したのは店主の恰好だった。


「そのつなぎ、いいな。俺も欲しいんだけど」


「ほえっ?」


 店主が身に付けていたのは黒のつなぎ。

 要所にポケットもちゃんと付いているし、丈夫そうな生地に見えたのだ。

 カデッシーナにおける色んな作業中に着るのにちょうどいい筈だと、俺の直感が告げる。


 じーっと店主(の服)を見つめていた俺以外のメンバーの目は、どうやら点になっていたようだ。


 あれ? もしかしてファーストコンタクト、まずったかな?


 (そういえば元いた世界でも、よく注意されてたっけ)


 ついつい人より、物に目が行くんだよな。


「あ、悪い。俺の名前はレン。あんたの名前は?」


「ええっとボクはラシャプだよ。い、いきなりのご注文ありがとーう!」


 ポケットから出したメモ帳にすらすらとペンを走らせるラシャプは嬉しそうだ。

 でもボクって事は、女の人じゃないのか。もしくはボクっ子か?


「あと、半袖のシャツを5枚ほど、通気性のいい生地で作って欲しい。で、あとはズボンなんだけどさ――……」


「というか、いうか!」


「ん?」


 ラシャプの目がキランと光る。

 その異様な迫力に俺は思わず息を呑んだ。


「キミの着ている服は一体全体どういったものなんだい!? ボクの感性にビビッとキューンが来ちゃったんだけどねっ」


(なんだろう、びびっときゅーんって)


 メモを書きながら迫ってくるな、セトがめちゃくちゃ怖がってるじゃねーか。

 何ていう俺の心情をよそに、ラシャプは鼻息をフンフンしながら俺の服を引っ張っている。


 そういえば、こっちでパーカーって見た事ないな。

 気分が良くなった俺は、咳ばらいを1つ。


「これ、こうやって被れるんだぜ?」


「ふおおぉぉっ!」


 ドヤ顔でパーカーを被った俺を見て、ラシャプは興奮しっぱなしだ。

 俺、人生の中で誰かにこんだけ注目されたことって初めてかもしんねー。


「ふぅむぅ――」


 形の歪んだ眼鏡を直し、ようやっと俺から離れたラシャプは、ブツブツと何かを言っている。

 マヘスに「こいつ大丈夫か?」的なアイコンタクトを送るが、苦笑され終わった。


「これは、うん。ボクとしては見逃せないんだっ」


「う? うん」


「ということで、キミ。少し奥の部屋でボクと2人っきりで、お茶でもしないかね?」


 やべぇ、男にナンパされたのも人生で初めてだわ。





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