4 水面の少女
「えいっ! やーっ!」
そうして見せられている、セトが腕をふるう所を。
かけ声は可愛い。そして妙に手つきがいい。この世界で生活しているのだから当たり前か、とも思ったが、それよりも。
皮を非常に丁寧に剥いでいたのだ。
もしかして、メオリオラビットとやらは毛皮部分も利用できるのだろうか?
銀細工のアクセサリーや革細工の小物作りなど、クラフト全般を趣味としている身としては、がぜん興味がわいてくる。
特に革に関してはだが、動物を解体する所はおろか、今は日本じゃ実際に鞣す場所も限られている為、見られる機会はなかなか無かったりする。
(こういうとこは、流石異世界だよな)
今後はもしかしたら、こうした様々な過程を見られたり経験したり出来るのかもしれない。
とりあえずセトは一体どこまで出来るのだろうか?
「って、そうじゃねーだろ、俺」
クラフトの事となると、つい周りが見えなくなるのは俺の悪い癖だ。
まずはここがどこなのか! とかさ、聞くべきだし。確かめるべきじゃん? みたいな。
ぼさぼさ頭の薄汚れた女の子、セト。
俺はまだこの子の名前しか、知らない。
「なぁ、水出るところ、ある?」
「お水ですか! それならお外ですね。たっぷりあります!」
活きのいい獣の返り血まみれのセトが笑う。
「あ、うん」
何故か一瞬見惚れていた俺は、次の瞬間はたっとした顔をする。
なるほど、そういうことか。水道が、無いんだ。
てかさ……
「あんたも、それ終わったら洗いに来いよ。顔もすごい汚れてっし?」
「あ、はい! わかりました!」
そういえば、まだセトにはどうしてあんな可笑しな面をしていたのかも聞けていない。
近くで見た衣服も質素なものだったし。とにかくそこら中、土汚れまみれで茶色い。
女の子で臭うとかマジ勘弁なんだけど。
(まるで、ボロ布みたいじゃん)
外に出る。
一応きょろきょろとするが、小鳥がさえずっている位で特に何かの気配はないようだ。
ちゃぷ……
湖のほとりに立ったり、生水で顔を洗うのも初めての経験だ。
セトはこの湖の水を、生活水として恐らく活用しているのだろうが。
恐らく異世界に放り込まれた俺。
でも目の前の広大な景色と森の匂いは、確実に俺を現実逃避させる材料になっていた。
どうしよう? と悲壮感に包まれるよりも、高揚感の方が勝っている現状を一体どう説明すればいいだろうか。
「ひひ」
ジーンズをまくり上げ、ピンクのスニーカーソックスを脱いで足先を水に浸す。
途端に足裏を汚していた泥が溶けた。冷たくて、とても気持ちがいい。
……と、いちいちな新鮮さにのんびりとした気分に俺がなりかけた頃。
「お待たせしましたっ」
「ん?」
「てーいっ!」
「ふぁっ!?」
そんな俺の横で、いつの間にか外に出てきていたセトが走り幅跳びよろしく踏み切ったのだった。
「はっ!?」
どばしゃーん! と盛大な水柱と共に、水滴の粒が俺の頭上から降り注ぐ。
「……おい」
だがセトは一心不乱に顔をこすっている。
「おいって」
「はいっ! 何でしょう? レン様」
「……っ……」
振り返った、その様を。
それはまるできらきらと輝く湖面のようだった。
泥が落ちた肌は透き通るように白く。
美しいプラチナブロンドとエメラルドを思わせる碧緑の瞳を持つ、エルフ。
俺はこの時の事を、多分一生忘れることは無いと思う。
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