23 カデッシーナの朝
「んじゃ、行ってくるわ」
「はいっ、いってらっしゃいませ、レン様」
翌朝、結局俺は朝寝坊したんだけど、目覚めのコーヒーの香りならぬ、目覚めの焦げた卵の煙で起こされたわけで。
どうやったら焦がせるんだろうと思ったけど、まぁそこがセトなのかな?
焦げを落とした卵とパンをパクつきながら、セトに「大丈夫だよ」と笑う。
温めた白い液体『にゅーにゅー』が、ほっと一息させてくれる。
とりあえず明日の朝は俺が朝食を作ろう。
案内された洗面所で顔を洗って歯を磨く。これも俺が驚いたことの1つだった。
鏡もあるし、歯磨きが存在している。
ニームという名の木の枝に動物の毛を付けたものらしい。
目を閉じて指で毛を触ってみると、なるほど。俺の世界の歯ブラシの感触にかなり近い。
などと思いながら俺は、すぐ隣でせっせと身支度を整えるセトをつい観察してしまっていた。
洗面の為ポニーテールにした髪。くわえた歯ブラシが、なんだか違う人を見ている様だ。
「ほぅかされまひたふぁ?」
うん、セトだ。
歯磨き粉は昨夜トイレで見た紙代わりのスライムと同じに見えるが、恐る恐る口にしてみると無味無臭。洗い上がりもスッキリで悪くない。
というわけで、冒頭。
今日は街に行く用事があって、俺は一人準備していたというわけだ。
準備といっても、俺が元々着ていたパーカー、ジーンズと愛用品が詰まったヒップバッグ。そこにマヘス製の革装備が加えられた、昨日と何ら変わらないものだ。
振り返ると、玄関先でエプロン姿のセトに小さな包みとナスみたいな形の革水筒を渡された。
「うおっ、これ革水筒?」
本物は初めて見た。柔らかくしっとりした感触、たぷたぷと中に水分を感じる。
俺は革紐を頭からくぐらせると、身に付けた自分の姿をマジマジと色んな角度から見つめた。
「はい。以前マヘスさんに作って頂きました。レン様は本当に革細工がお好きなのですね」
マヘスんとこで興味津々に革靴の仕立て直しを見ていた時のことを言っているのかもしれない。
「作ったりが好きだからかな。職人が作り上げたものに、すごく興味があるんだ」
そんな俺に、セトは「ふふふ」と笑った。
「わたしには、レン様もそうなのです」
(そう?)
「まさか。俺はまだまだ職人の『し』の字にも入ってないペーペーだよ」
「ぺーぺー?」
「んー、新米ってことかな」
セトも外に出てくる。
「それでも、私にとってレン様は頼りになる職人様なのです。小屋の鍵も直していただきましたし」
「ああ、あれな」
2人、まじまじと家兼、大樹の横にある小屋を見つめる。
今朝早くに外に出た時の事だった。
何気なしに見た小屋の扉の鍵が劣化し、外れてしまっていたのだ。
幸い付けていたカンヌキ用のネジはまだ使えるようで、ネジを刺す部分の補強をするだけで大丈夫だった。
俺としては大したことはしていないのだがセトには違ったようだ。
「でも、思った以上にガタがきてるみたいだし、ちゃんと直す方がいいかもな」
「は、はい」
セトが珍しく項垂れる。
「どうした?」
「職人さんに頼む費用が……」
「そういえば、マヘスにもそんなこと言ってたっけ? 手持ちそんなに無いの?」
セトは答えにくそうにしている。なるほどな。
「ふーん」
この世界の事は無知に等しい。
通貨や物の価値については、早々に調べておかないとだな、これは。
「んじゃ、その辺も街の人に当たってみるわ。夕方までには帰るから」
「はいっ いってらっしゃいです!」
深い緑のワンピースがとても良く似合っている。
セトを残していくのは何となく心残りだけど、確めたい事がたくさんあるのだ。
1人のが動きやすい事もある。
クルミアの領地の森は、凶暴な野生生物はいないとセトにも言われたし、大丈夫だろう。
……たぶん。




