2 儀式の面を取った先には
「ぬわあああっ! 来るなあっ!!」
よく考えたら物覚えがついてから靴下のまま森の中を走った記憶はない。
木の根元辺りは根っこがもり上がっていて走りにくいとか、小石が意外と尖っているものなんだとか。
まさかその実体験が、こんなタイミングで訪れるなんて想像もしていなかった。
恐らくこれは夢ではなくて、突然のワープと共に放り込まれた、ここはいわゆる異世界。
それが証拠に、目に入る風景は見たこともない程に鮮やかで、初めて見る植物などがほとんどなのだ。物語の中でしか目にしたことのない世界。
信じたくはないけど、実体験しちゃったら、これはもう信じるしかないでしょ。
でも噂の異世界は、案外と優しくないらしい。
(とりあえず足の裏が飛び上がる位にめちゃくちゃ痛い)
「待って下さいいいい~! こわ、こわくっ……ないっですぅ~!」
2メートル程開けて追いかけてくる茶色の物体Xは面の下で何かを言っているが、焦っている俺の耳にはほとんど頭に入って来ない。
ふわふわっとした、へなちょこ声は間違いなく女の子だとは判っていたのだけれど。
一度スタートを切った走りは中々に止まれないものなのだ。
そんなことを思っていた時だっただろうか。
森の木々をおさめていた視点が、いきなりグルンと回った。
「ほえっ!?」
左足に何かが触れたのだ。それが判った時にはもう、俺は地面に頭から突っ込んでいた。
どしゃあああっ!
「ってぇー……」
地面とキスしていた俺の背後で、奇妙な風が吹いたのはその時だった。
一瞬後にドサリと重みのある音を耳がとらえる。
「?」
「ごめんなさい、仕掛けていた罠が……」
何だろう? という好奇心から何とか身を起こすと、ソレは俺の目の前にすくっと立ったのだった。
(茶色の物体X……)
俺を追いかけていた人物は太陽を背に立っていたので顔面は暗い。
「うっ」
表情が見えないわけの判らんお面って、どうしてこうも迫力があるのだろう。
蛇に睨まれたカエル。
恥ずかしい話だが、俺は微動だにすら出来ずに固まってしまっていた。
茶色い民族衣装の隙間から伸びる白い白い手。
その手が握り締めている得体の知れない動物には数本の矢が刺さっており、細い血液を滴らせている。どうやらまだ生きているらしく、その動物はぴくぴくと動いていた。
これも茶色かよ。
「あの、あの! 私、セトと言います」
そうして、俺の前でしゃがみ込んだ茶色の物体X、もとい人物は、植物がたくさん刺さった仰々しい面を取ると、微笑んだ。……のだろう。
ぼさぼさの髪は小枝や葉っぱが絡みついていてぐしゃぐしゃだ。
顔面も薄汚れているので識別は困難極まりない。
「お腹空いてませんか? 是非うちにいらして下さい」
女の子でここまで身なりを気にしない子を初めて見たかもしれない。
俺は呆気にとられ、言葉が出ない。
っていうか、まず思いっきりこけたから顔が痛いし足も痛い。
でもセトと名乗った少女の純朴さみたいなものは確かに伝わったんだ。
だから俺も、すぐ冷静になれたんだと思う。
「お、おう」
そういえば、言葉は理解できるし通じるんだな……なんて思いながら。
これが俺と彼女、セトとの出会い。
今でも思うよ。
この時も、いつも。俺は気の利いた言葉1つ返せない男なんだなってこと。
ΔΔΔΔΔΔΔ002