15 クルミアの街
「そういえば、聞いてなかったな」
街までの行きすがら、俺はセトにこの世界の事を訊ねた。
この大陸の名前は『カデッシーナ』
『ゴート』と呼ばれる国、その中央辺りに位置する『クルミア』という街の領地の端っこに、俺は今いるらしい。
「クルミアは森に囲まれた街で、森からの恵み、森の生物と共存する街です。レン様と同じ容姿をしたヒューラーが領主を務めておられます」
ヒューラーねぇ。俺と同じというなら、先程会ったこの世界の住人であるマヘスも恐らくヒューラーという種族なのだろうか。
「クルミアには他の種族もいたりするのか?」
「はい。『グノム』という小人種族や『フェーダー』と呼ばれる有翼種族がいますです」
セトの言葉に開いた口が塞がらない。童話に登場する小人や羽の生えた人間が、この世界では普通に生活しているのだ。長い耳と美貌を持つ『エルフ』=セトを見た時も目を疑ったが、さらに驚かされた。
「ここは、本当に異世界なんだな……」
来た道。深い森を振り返る。
視界すべてに広がる、緑の景色。その中にはピンクや青の見たことのない花が茂り、これまた不思議な形をした小動物が、青い空を飛んでいたりする。
「レン様」
側にいたセトが、心配そうな目を俺に向けていた。
拾った小枝で生い茂る低木を分けていた手を止める。
「ごめんなさい。わたしのせいで……」
「私のせいで、何?」
「……」
「俺を呼んだ事なら、どっちかっていうとセトに出ていけなんていう奴が悪いと思うよ」
「え」
呆然とするセトの手を引いて、俺は再び歩き出した。
涙には、気付いていない事にする。
『これから』が不安なのはセトだけじゃない。本当はそう言いたかったけど、今の俺にはこれが精一杯。
ほんとは手を引っ張るのだってめちゃくちゃ緊張したなんてことは、俺の胸だけに仕舞っておく事案なのだ。
街に着くと予想外に、普通に街の中へと通された。
出入り口に立つ門番は、多少警戒の目で俺達を見ていた気がするけれど。
俺としては、街人全員から白い目で見られるレベルを想像していたので、ある意味拍子抜けだ。
森の街『クルミア』は、その周囲を囲む森だけではなく、街中にも花や緑が溢れていた。
そして至る所に水がある。街中に生えている植物の為だろう、命の源である水を行き渡らせる水路が細やかに走っているのだった。
メインの通りには露店が立ち並んでおり活気に満ちている。その奥にあるのが、恐らく街人の住居なのかもしれない。
外からじゃその全貌は判らなかったが、かなり大きな街なんじゃなかろうか。
「すごいな。ここまで発展してるなんて」
「クルミア周辺はお水もたくさん手に入るんです。綺麗ですよね、わたし、お花大好きです!」
セトがはしゃぐ。
まだ不安だろうけど、もしかしたら俺に心配をさせまいと、明るく振舞っているのかもしれない。
(でも、ウキウキする気持ちも判る)
多くの植物や花。そこに彩りを加えるものが他にもあったのだ。
街中の地面は舗装されていて、そこに使われているタイルやレンガも色鮮やかでとても美しい。人通りも多く、セトが話していた異種族が何人もおり、俺は高鳴る鼓動を抑えきれない。
(確か、『グノム』と『フェーダー』だっけか)
すごい。本当にいた。いるんだ。
……と、好奇の目で見ていると、その内の1人が近寄ってきた。
「セトじゃないかだね。久しぶり」
小人『グノム』
セトよりも低い身長でずんぐりとしている。
その顔のほとんどが茶色の毛で覆われており、表情は見えなかった。
長いひげを擦りながら、セトを見上げている。声からして男だろう。
「アドルフさん。お久しぶりです」
グノムと話すセトは嬉しそうに微笑んでいる。知り合いなのか?
というか、この毛むくじゃらを見て、よく区別がつくな、セトは。
「街にいるなんて珍しいだね。もしかして領主に呼び出されでもしたのかい」
話していると、他のグノムに続いてフェーダーの女性も近寄ってきた。
「セト、まさか無茶な取り立てにあっていないだろうね? 今日は締め日じゃないだろう」
取り立て? 締め日? 何のことだ。まさか俺の世界での税金みたいなもんがあるのか。
俺が難しい顔をしていると、フェーダーの女性が振り返った。
背中の白い羽が揺れる。もしかして、その羽で空を飛べたりするのだろうか?
衣服には上背辺りに2か所切れ込みがあり、そこから大きな翼が文字通り生えているのだった。腰には細剣を下げている。
明るい茶色の瞳とアシュグレーの髪。
さながら古代ヨーロッパ映画に出てくる女戦士を思わせる強い眼差しだ。
セトよりも良質な服を着ており、化粧をしている様にも思える。
「なんだい、この子は。見ない顔だね」
「あ、レン様です!」
そういえば、口裏を合わせていなかった。
誰が見ても焦っているセトに住人は訝し気な顔だ。
「俺が森で倒れている所を助けてくれたんです。それでセトに聞いたら、この土地で住むには領主様の承認が必要だと聞いたので案内してもらってました」
我ながら口からホイホイ出まかせが出るものだと思った。でも俺の機転は功を奏したようだ。
「そうだったのかい。それは大変だったね。セト、やるじゃないか」
「えへへ、です」
いつの間にアイコンタクトをマスターしたんだセト。
「どこの生まれなんだい?」
「……実は、それが思い出せなくて」
頭をさすりながら顔をしかめると、フェーダーの女戦士は瞳を瞬かせ、次の瞬間には顔を曇らせる。
「覚えていないのか、気の毒に。あたしはトゥルビネ。困ったことがあったらいつでも声掛けな」
「ありがとう。俺はレンと言います」
「オラはグノムのアドルフだね。宜しくだね」
寄って来ていた異種族の人達と自己紹介をし、俺達は足早にその場を後にした。
背中をぬるい汗が流れ落ちていく。
「き、緊張した」
「レン様、ご立派です!」
「はぁ?」
だが、俺の隣で鼻息を荒くしているセトはエメラルドの瞳をキラキラとさせている。
「初めて会う人達に、あんなに毅然と。わたしにはあんなこと出来ませんもの」
「俺も必死だったっての。マヘスに言われたし、色々バレたらややこしいからな。というわけで、俺の事は今後さっき話した感じでお願いします」
「了解です!」
セトの元気な様子にほっとする。
でも同時に疑問にも思っていたんだ。街に入った時にも感じた違和感。
セトの話から、ハーフエルフに対して中りが強いと思っていたのだが、今の時点では嫌われている風には感じない。
(むしろ友好的な方じゃないか?)
異種族同士だから、なのだろうか。確かに俺と同じ容姿を持つ『ヒューラー』は遠目にこちらを見ている風だが……。
「ま、今考えても仕方ないか」
俺は楽観的な性格で良かったと、こういう時に思う。
「どうされましたか? レン様」
いまいちセトの話も判らんし、何にせよ、今はまず領主とやらに会うのが先決だろう。
「よしっ、行くぞセト」
「はいっ!」
改めて気を引き締める。
とててっと付いてくるセトを振り返りながら、俺は先を歩き出した。




