12 黒豹と銀
「なんだお前、豹を見るのは初めてか。そいつは悪かった。こいつは俺の相棒の黒豹でな、アテフと言う」
座るマヘスの膝にしなだれかかる、黒豹『アテフ』はごろごろと喉を鳴らしている。
まさか猛獣をハーネスや檻も無しで飼っているなど、誰も思わないだろう。
流石は異世界というべきなのか。
よくよく考えて見れば俺はこの世界の生態系やらを何も知らないのである。
その辺は今後きちんと知っていなければ色々とまずいのかもしれない。
だが今は目下の目的である、ばあちゃんの革靴の事なのだ。
俺はセトとマヘスが座っている向かいの丸太に腰を下ろした。何となく視線は黒豹アテフを見てしまうのは、俺の生存本能ゆえだろう。
いくら飼い主であるマヘスが「大丈夫だ」と言っても、到底大丈夫に思えない。
「それは置いて、話があるのだろう? 異世界の者よ」
マヘスが俺を見やる。
てっきりセトが伝えていると思っていたが、なるほど。先程話していたのは俺という人物自体の事だったのかもしれない。それはマヘスの言葉からも何となく察することが出来る。
「この革靴を俺の足の大きさに仕立て直してほしいんだ。このまま履いていたら、せっかくの革靴を無駄に傷めてしまう事になると思って」
俺の言葉にマヘスは僅かに目を見開いたと思ったら、にやりと口元を歪ませた。
「それは俺が製作した靴だ。それなりに見る目は持っているようだな、セトの男」
「俺の名前は蓮だって言ってるんだけど……」
相変わらずの呼び方に「むう」とするものの、マヘス自身の口から『自作』との言葉が聞けたことに、俺の胸は躍った。
これほどの革靴を製作した職人が今、俺の目の前にいる。
よく見てみると、マヘス自身が身に付けているベストや装飾品も至る所に革が使われており、丁寧な仕事に目を奪われる。肩のファーも、この世界のものなのだからリアルファー間違いなしだ。
趣味で銀細工と革細工のクラフトをはじめて5年程経つ。
そんな俺がこれほどの職人に「見る目がある」と声を掛けられ、間近で仕事が拝めるかもしれないのだから、胸が高鳴るのは言わずもがな、察してもらえると思う。
「あ、あのっ」
俺がまじまじとマヘス(の装備)を見ていると、セトが挙動不審になりはじめた。
「どうした、セト?」
「マヘスさん! 私からもお願いします。お代金は今すぐは無理なんですけど、絶対お支払いしますので」
セトは見ているこっちが可哀想になる位、申し訳なさそうにしている。
そんな彼女の様子にマヘスの片眉がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。
やはりどの世界も、可愛いは正義なのか。
「仕立て直す自体は、すぐにしてやれる。代金は、そうだなぁ。俺はコイツが欲しい」
『!?』
長い指で俺を差す。
「俺っ!?」
黒豹のアテフ含め、マヘス以外のすべての生物が驚愕の表情をしていた……気が、した。
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