11 現れたもの
「俺の名前は斎藤 蓮。勝手に変な呼び名すんなし」
「はっはぁ! いーねぇいーねぇ。男はそうでなきゃなぁ」
マヘスと名乗った赤毛の男が笑う。
露出された肌を僅かに覆うインナーの布は黒。その上を走る細やかな細工が施された革のベストには片方の肩に毛皮が用いられており、この男の存在感をより表していた。
割れた腹筋を波立たせ豪快に笑ったマヘスは、ゆっくり丸太の上に腰を落ち着けセトに手招きをした。
俺はその様子を見て、大丈夫か? なんて思うだけで微動だに出来ない。
特別コミュ症というわけでもないが、咄嗟に動けない程に、俺はこの男に気圧されてしまっていたのだと思う。
「……ほお、なになに?」
たき火の周りに置いてあった丸太に向かい合わせで座って2人は談笑している。
何となく置いてけぼりにされた気がして「すん」としていると、何かが横目を掠めた事に気が付いた。
「?」
何気なしにそちらを向いた、次の瞬間。
俺は人生初の金縛り体験をしてしまったのだった。
「…う、そだろ」
そこにいたのは美しい毛並みをした黒豹。
写真でしか見たことのない生物がそこにいたのだ。
マヘスの拠点付近の茂みの中にいた黒豹は、俺の声や気配に気づいたのか足を止めた。
「!」
見ないでくれ! と願った祈りは天へ届かなかったらしい。
黒豹のしなやかな身体が俺の方に向けられ、思いっきり目が合ってしまったのだ。
そんなに大きくはないが、存在の圧がものすごい。
猛獣と至近距離で対峙するのは、こんなにも人の身体に緊張感を強いるものなのか。
だが、頭の片隅では別の事も考えている。
意外と脚が太くて、どっしとしてるんだな、なんて。
呑気なことを考えている場合かよ、俺!
マヘスと同じ金色の瞳が俺を見つめている。
「…っ…」
黒豹が前傾姿勢を取った。
(飛び掛かられる!?)
「おっ、なんだなんだ、手が早いじゃねーかアテフ。つれないねぇ、俺より好みか?」
お前の豹かよマヘス。
「レン様! わたし、わたしじゃ駄目なんですかっ」
これが喜んでいる風に見えるのかセト。
「……すん」
(いいから助けろよお前ら)
石のようになっている俺に全身を擦り付ける黒豹の図。
とりあえず今は、漏らさなかった自分を褒めたい。
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